遼州戦記 保安隊日乗 番外編
「いや、大変とかそう言う問題は良いから。さっきの破壊された町だけでも十分大変なことだから」
そう突っ込む要が握りこぶしを振り上げるのを誠は察知してかわしにかかるが、今度はそのまま避けた方向にこぶしが曲がってきた。そのまま顔面にぶち当たり、誠は椅子ごと後ろに倒れる。
「おう、大丈夫か?」
何事も無かったかのように誠を見下ろす要。仕方なく誠は今後は避けないことを決めて立ち上がる。
『分かったわ!お姉ちゃんも助けてあげる!二人でその機械帝国を倒しましょう!』
そう言って手を差し出す小夏。その上にシャムが、そしてグリンと名乗った小熊が手を重ねる。
「そう言えばさっき三人そろわないといけないとか言っていたような……」
楓が首をかしげる。
「いえ!こういう展開がいいんです!これぞ上級者向け!どう考えても前後で矛盾している設定!いいなあ、萌えるなあ……」
そう言って画面にくっついて見入っている誠に要が生暖かい視線を送っていた。
『じゃあ行きます!』
小熊は立ち上がると回りに魔方陣を展開する。三角の光の頂点にそれぞれシャムと小夏が引き込まれ光に包まれていく。
『念じてください。救いたい世界のことを!思ってください。守りたい人々のことを』
そんな小熊の言葉に誘われるようにして画面が光の中で回転するシャムの姿を捉えた。はじけるようにあまりにも庶民的小学生姿だったシャムの服が消えていく。
「あのさあ、神前。なんで魔法少女はいつもこういう時に裸になるんだ?」
画面に集中していた誠と頭を軽く小突きながらたずねてくる要。しかし誠は画面に集中して上の空で頷くだけ。それを見た要はカウラを見るが、カウラは係わり合いになりたくないとでも言うようにキーボードを叩き続けていた。
『カラード、サラード、イラード……力よ!集え!』
シャムの叫び声に誠は視線を画面にさらに顔を突き出す。そしてさすがに無視するのも限界に来た誠は要の質問にはそのままの格好で答えた。
「それは視聴者サービスって言うか……なんとなくかわいらしいと言うか……」
「このロリコンめ!」
要がそう言って誠をはたいた目の前で、今度は白いニーソックスとメタリックな靴がシャムのか細い足を包んだ。そしてそのまま腰に広がった白い布のようなものは光を振りまきながらシャムの下半身を覆い、赤い飾りの入ったロングスカートに変わる。
「あれ?神前の絵と比べるとかなり飾りが少なくないか?」
そんな要の突っ込みを無視して画面をじっと見つめている誠。そのまま上半身を光が包むと胸のあたりでリボンのようなものが浮かび、それを中心にぴっちりと体を包むアンダーウェアにシャムが覆われる。そして次の瞬間には目の前に浮かんだ杖を手にしたシャムがくるくるとバトンの要領でこれを回すと、清潔感のある白に赤い刺繍に飾られたワンピースをまとってポーズをとっていた。
「いい加減無視すんなよな……このポーズの意味はなんなんだ?」
「お約束です!」
力強くこぶしを掲げてそう叫ぶ誠に思わず一歩引く要。続いて画面の中では今度は小夏の変身が行われていた。同じように服がはじけて代わりに青を基調としたドレスとカマのような先を持った杖を振って同じくポーズをとる小夏。
「なんだよ、小夏の餓鬼には変身呪文は無しか?」
「おかしいですね、アイシャさんの台本では変身呪文は二人とも無かったはずですが……」
「オメエの突っ込みどころはわかんねえよ!」
呆れたようにそう言うと要も画面を見つめた。魔方陣が消え、それぞれのコスチュームを身にまとった二人がその自分の姿を確認するように見つめている。
『これであなた達は立派な魔法少女で……』
そう言って力尽きる小熊。
「おい、ここで死んじゃうのか?どうすんだよこれから!投げっぱなしか?」
「いちいちうるさいですよ。要お姉さま」
そんな声に驚いて要は楓を見てみた。楓と渡辺はまじめな顔をして画面に釘付けになっていた。
「おい、楓……」
「静かに!」
楓に注意されて仕方なく画面に目を移す要。その目の前では光を放っている小熊の姿が映し出されていた。次第にその光は収まり手のひらサイズに小さくなった小熊がそこにいた。
『グリン君!』
そう言ってシャムは小熊を両手で持ち上げた。ゆっくりと目を開く小熊。誠は再び楓と渡辺に目をやった。そしてそのあまりにも熱中して画面を見つめている二人に恐怖のようなものを感じて黙り込む誠と要。
『そんな……死んじゃ嫌だよ……』
そう言うシャムの手の中で力なく微笑むグリン。
「良い奴ですね!グリンは!まったく……」
思わず右手を握り締め目を潤ませる楓。
「まったくです……すばらしい……」
同じく涙をぬぐう渡辺。二人の反応の異常さに思わず誠は要を見た。
「まああれだな。胡州は子供向けのアニメとか少ないからな」
「そんなこと無いんじゃないですか?『小坊主点丸』とかあるじゃないですか」
「なんだそれ?」
東和のおいてその想像の斜め上を行く演出でコアなファンに大人気の胡州アニメの名前を出しても要は食いつかないと踏んだ誠はそのまま画面に目を向けた。
『グリン君!』
シャムの声にピクリと手のひらサイズの熊が動いた。そのまま手足を動かし、自分が生きていることに気づくグリン。
『ごめんねシャム。どうやら魔力が何者かに吸収されているみたいなんだ』
小熊はそう言うと立ち上がってシャムを見つめる。
『でもそれじゃあ……』
不安そうに姉役の小夏と一緒に小熊を見つめるシャム。
『大丈夫。僕の見立てに間違いは無かったよ。見てごらん、君の姿を!』
二人は小夏のものらしい簡素な姿見に自分の姿を映す。
『えー!これかっけー!最高!グッド!イエーイ!』
そう言って何度も決めポーズをとり暴れ回るシャム。さすがの小夏もこれには驚いてシャムの頭の上に手を載せる。動けなくなったシャムがじたばたと暴れる様。誠は頷きながらそれを眺めていた。
『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』
跳ね回るシャムを怒鳴りつけるアイシャ。そのまま疲れたというように座り込む小夏。そして画面にモニターが開いてアイシャの顔が写る。
『ったく……シャムちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら姉妹で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』
「馬鹿が!」
要はそう言うと立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「ヤニ吸ってくる」
そう言って手にしたタバコの箱を見せる要。誠はすぐに画面に視線を戻した。
「ったくああいうのにしか興味ねえのかな……」
ポツリとつぶやいて出て行く要。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついている。
『わあ、なんで?これがもしかして……』
画面が切り替わり撮影が再開したようだった。要がいなくなったことを良いことに楓と渡辺はさらに顔を突き出してくる。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけ二人はばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。
『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直