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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「そんなにしないわよ。まあ確かにかなり本格的な複製だけど……じゃあここから先はご自分でね」 
 そう言って主な結び目を解いた要を送り出す薫。すぐさまアイシャが立ち上がって薫に小手を外してもらう。
「模造品だって高けえんだぜ。さすがは嵯峨家。胡州一の身代というところか?」 
 要はそう言うと誠の隣で兜の鍬形を外していた。
「そう言えば叔父貴はどうしたんだよ。それに茜は?」
 流鏑馬で観客を唸らせた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐。彼は要の家の養子として育ったこともあり、要はいつも嵯峨を『叔父貴』と呼ぶ。しかしその口調にはまったく敬意は感じられない。 
「ああ、嵯峨君は外で整備班の胴丸を脱がせてたわよ。それに茜さんは自分で脱げるからって……」 
 ちょうどそんな噂の茜と双子の妹の楓が保安隊の制服で更衣室に入ってくる。
「なんだ、要お姉さまはもう脱いでしまったのか……」 
 ぼそりとつぶやいて瞳を潤ませて要を見つめる楓に思わず後ずさる要。
「神前君、あなたも着替えなさいよ。それと薫さんも私が代わりますから休んでください」 
 そう言ってアイシャの左腕の小手を外しにかかる茜。
「そうね、誠。外に出てなさい」 
「いいんですよお母様、私は見られ……ごぼ!」 
 満面の笑みを浮かべて話し出した胴を脱いだばかりのアイシャの腹に要のボディブローが炸裂する。
「邪魔だ!出てけ」 
 そう言ってまた部屋の隅に戻り、カウラが着ていた大鎧を油紙に包む要。さらに奥のテーブルで制服姿のカウラと談笑している大鎧を着たままのサラとパーラの冷たい視線が誠を襲う。
「それじゃあ着替えてきますね」 
 そう言って二月の寒空の中に飛び出した誠。
 先ほどまでの祭りの興奮で寒さを忘れていた誠だが、最高の見せ場の流鏑馬も終わって豆まきの準備に入った人々の中に取り残されると寒さは骨に染みてきた。テントを出るとさすがに明石も着替えに向かったようで、森の中で談笑しながら鎧を脱いでいる整備班の中に混じろうと誠は歩き始めた。
 観光客のあふれた石段の隣の閑散とした生垣の中に足を踏み入れると、誠の前にはどう見ても時代を間違えたとしか思えない光景が広がっていた。木に立てかけられた薙刀。転がる胴丸、烏帽子、小手、わらじ。
「おう!来たんか」 
 黒糸縅の大鎧を着込んでいた明石が技術部の隊員に手を借りながら鎧を脱いでいるところだった。
「まるで源平合戦でもするみたいじゃのう」 
 そう言って笑う明石。裏表の無い彼らしいドラ声が森に響く。
「沼沢!エンゲ!こっち来い!」 
 すでに着替え終えている島田が部下の名前を呼ぶ。ワイシャツを着込もうとしていた沼沢と、髪を整えていたエンゲが慌てて上官の下へと向かう。
「そう言えば吉田のアホは市民会館の方なのか?」 
 ようやく鎧を外して小手に手を移しながら明石が尋ねてくる。
「ああ、あの人は祭りが嫌いだとか言ってましたから」 
 吉田俊平少佐。映像音響関係の仕事もしていたことがある変り種の元傭兵は次のイベントの準備のために市民会館に詰めているはずだった。誠はうなづいている明石を見ながら脱いだ烏帽子と胴丸を地面に置いた。しばらく部下達の手で鎧をはずされた明石は自分で次々と鎧を脱いでいく誠に感心したような表情で視線を送る。
「あいつが祭りが嫌い?嘘じゃろ、そりゃ。どうせあのアホのことじゃ。あの作品の最終チェックで隊長が駄目出ししたシーンをいじったりしとるんちゃうか?」 
 そう言いながら小手を外した明石は、部下を制止して自分で脛当てを外しにかかった。
「でも、あれで本当に良かったんですか?」 
 誠は恐る恐る明石に尋ねた。明石は明らかに『ワシに聞くな』というような表情で目を逸らす。
「おう!自分ひとりでやってる割には早えじゃねえか!」 
 その声を聞いて振り返った誠の視界には要とアイシャ、カウラが制服に着替えて立っていた。
「変態!」 
「痴女よ!痴女!」 
「スケベ!」 
 半裸の整備班員が要達に向かって叫ぶ。明石と誠はあきらめたというような顔で隊員の顔を眺めていた。
「急いで着替えろよ!上映会まで後2時間無いんだからな」 
 そう言って気持ちの悪い罵声を浴びせる整備員達を無視して、近くの石に腰を下ろして着替えている誠を見つめる要。
「あのー」 
 誠は脛当てを外す手を止めて要に目を向けた。
「なんだ?」 
「少し恥ずかしいんですけど……」 
 そう言って視線を落とす誠。すぐさまその頭はアイシャの腕に締められた。
「何言ってるのよ、誠ちゃん。同じ屋根の下暮らしている仲じゃないの!」 
 ぎりぎりと誠にヘッドロックをかますアイシャ。隣でカウラは米神に手をあててその様子を眺めていた。
「ちょっと!着替えますから止めてくださいよ!」 
 そう叫んだが、誠はアイシャよりも周りの整備員の様子が気になっていた。そこからは明らかに殺気を含んだ視線が注がれている。ようやく鎧を脱ぎ終えた明石も、その視線をどうにかしろと言うように眼を飛ばしてくる。誠の眼を使っての哀願を聞き入れるようにしてアイシャが手を離す。誠は素早くワイシャツのボタンをかけ始めた。しかし、周りからの恫喝するような視線に手が震えていた。
「大丈夫か?神前」 
 小隊長らしく気を使うカウラだったが、その声が逆に周りの整備員達を刺激した。着替え終わって立ち去ろうとする隊員すらわざと殺気のこもった視線を送る為だけに突っ立っているのがわかる。
「おう!皆さんおそろいで」 
 そう言って現れたのはロナルド、岡部、フェデロのアメリカ海軍組。一緒にいるのはレベッカと薫だった。
「やっぱり神前はもてるなあ、うらやましいよ」 
 そう言いながら兜の紐に悪戦苦闘するフェデロ。岡部は慣れた手つきで大鎧を解体していく。
「それにしてもシンプソン中尉。君も鎧を着てみればよかったのに」 
 そう言いながら脱いだ兜を足元に置く岡部。
「レベッカはスタイルがのう……。クラウゼみたいに当世具足なら着れるんちゃうか?」 
 明石は今日は休暇と言うことで紫色のワイシャツに黒いネクタイと言ういかにも極道風な格好へと着替えていく。 
「そういえばアタシも胸がきつくてねえ。良いなあカウラは体の凹凸が少なくて……」 
 そう言った要だが、いつもなら皮肉を飛ばすカウラが黙っているところで気づくべきだった。
「おー、言うじゃねーか。それにはアタシも当てはまるんだな?」 
 恐る恐る要が視線を下げるとそこにはどう見ても8歳くらいに見える制服姿のランが立っている。その手にいつもどおり竹刀が握られていた。
「いえ、姐御。そう言う意味では……」 
「じゃあどういう意味なのか言ってみろよ!」 
 ランの竹刀が要の足元を叩く。誠はうまいことそのタイミングを利用してすばやく上着を着込み、帽子をかぶった。
「じゃあ、クバルカ中佐。私達は先行ってますからその生意気な部下をボコっておいてください」 
 敬礼をしたアイシャが誠とカウラを引っ張って境内に歩き始める。その要の色気のあるタレ目が誠に助けを求めているような様子もあったが、満面に笑みを浮かべたアイシャは彼の手を引いてそのまま豆まきの会場に向かう観光客の群れに飛び込んだ。