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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 全員の視線を受けてよたよたと歩き出すカウラ。彼女はそのまま春子が持っていた盆を引っ張って取り上げるとそのまままっすぐにレベッカと西のテーブルにやってくる。
「おきゃくひゃん。つきだしですよ?」 
 そう言って震える手で二人の前に突き出しを置く。
「……どうも……」 
 そう言ったレベッカを今度は急に涙目で見つめるカウラがいた。
「どうも……ですか。すいましぇんねー。わたひは……」 
 そのまま数歩奥の座敷に向かう通路を歩いた後、そこに置かれていたスリッパに躓いて転んだ。思わず立ち上がった誠はカウラのところに駆け寄っていた。
「大丈夫ですか!」 
「誠……このまま……」 
 そこまでカウラが言ったところで要が立ち上がる。誠は殺気を感じてそのままカウラを二階へあがる階段のところに座らせる。
「おい!神前、帰るぞ」 
 そう言うと要は携帯端末をいじり始めた。
「でも運転は……」 
「だから今こうして代行を頼んでるんだろ?……はい、運転代行を頼みたいんですが……」 
 あっさりと帰ろうと言い出した要のおかげで惨事にならずに済んだということで胸をなでおろす春子。そして彼女にたこ焼きを注文する西。
 誠はただ呆然と彼等を眺めた後、カウラに目を向けた。彼女の目はじっと誠に向けられている。エメラルドグリーンの瞳。そして流れるライトグリーンのポニーテールの髪に包まれた端正な顔立ちが静かな笑みを浮かべていた。
「おい!もうすぐ到着するらしいから行くぞ!それとカウラはアタシが背負うからな」 
 有無を言わせぬ勢いで近づいてきた要はカウラを介抱している誠を引き剥がすと、無理やりカウラを背負った。
「なにするのら!はなすのら!」 
 暴れるカウラ。女性としては大柄なカウラだが、サイボーグである要の腕力に逆らえずに抱え上げられる。
「じゃあ、女将さん!勘定はアイシャの奴につけといてくれよ!」 
 そう言うと、突き出しをつつきながら談笑しているレベッカと西を一瞥してそのまま店を出て行く要。誠は一瞬何が起きたのか分からないと言うように立ち尽くしていたがすぐに要のあとを追った。
「別に急がなくても良いじゃないですか。それにカウラさんかなり飲んでるみたいですよ。すぐに動かして大丈夫なんですか?」 
 抗議するように話す誠を無視するように要はカウラのスポーツカーが止まっている駐車場を目指す。
「こいつなら大丈夫だろ?生身とはいえ戦闘用の人造人間だ。頑丈にできてるはずだな」 
「うるはいのら!はなすのら!」 
 ばたばたと暴れて要の腕から降りたカウラはそのままよたよたと駐車場の中を歩き回る。
「まったく酔っ払いが……」 
 要はそう言うと頭を掻きながらカウラを見ていた。
「こいつもな、もう少しアタシのことを気にせずにいてくれると良いんだけどな」 
 ポツリとつぶやく要。繁華街に突然現れたと言うような空き地を利用したコイン駐車場。真っ赤なカウラのスポーツカーが一際目に付く。
「要さん?」 
「なんでもねえよ!……すぐ来るって話だったけど遅いな!」 
 間が持たないというように腕の時計をにらみながら要がそう言ったところで運転代行の白いセダンが駐車場の入り口に止まった。
「誠、そいつから鍵を取り上げろ」 
 要の言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。じっと雑草を抜いてはそれを観察しているカウラ。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。
「カウラさん!そんなの食べないでください!」 
 そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草を叩き落す。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。
「まことー!まことー」 
 叫びながら強く抱きしめるカウラ。彼女は力の加減を忘れたように思い切り誠を抱きしめる。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げるカウラの抱擁に誠は息もからがら、代行業者の金髪の青年と並んでやってきた要に助けを求めるように見上げた。
「いいご身分だな、神前」 
 そう言って笑うと、要はカウラを止めもせずにカウラのジャケットのポケットに手を突っ込んで車の鍵を探り当てる。
「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシは帰るから」 
 そのまま立ち去ろうとする要。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。
「いやなのら!はなれないのら!」 
 暴れるカウラ。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながらなだめにかかる誠。
「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!」 
 カウラのスポーツカーの助手席から顔を出す要。
「そんなこと言って……」 
 その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていく。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。
「ったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」 
 苦笑いを浮かべる要に言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かう。
「本当に寝てるな、こいつ」 
 渋い表情の要が助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。
「お前が隣にいてやれよ」 
 そう言って要は誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのまま有無を言わせず助手席に座る要。
「運ちゃん頼むわ」 
 そう言って金髪の青年に声をかける。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられる。助手席で外を見つめている要の横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。
「大丈夫なんですか、あの方は?」 
 さすがに気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてくる。
「ええ、いつもこうですから……」 
 そう答える誠にあわせるように頷く要。だが、いつもならここでマシンガントークでカウラをこき下ろす要がそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまう。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。


 突然魔法少女? 14


 豊川駅の繁華街から住宅街へと走る車。つかまった信号が変わるのを見ると金髪の運転手は右折して見慣れた寮の前の通りに入り込む。
「ちょっと入り口のところで止めてくれるか?」 
 要はそう言うと寮の門柱のところで車を止めさせる。そしてそのままドアを開くと降り立って座席を前に倒した。
「おい、神前。そいつ連れてけ」 
 表情を押し殺したような調子で要が誠に告げる。
「カウラさん、着きましたよ」 
 そう耳元で告げてみてもカウラはただ寝息を立てるだけだった。誠は彼女の脇に手を入れて車から引きずり出す。
「ったく幸せそうな寝顔しやがって」 
 呆れたような表情でそう言ってそのまま車に乗り込む要。隣の駐車場にゆっくりとカウラの赤いスポーツカーが進んでいく。誠はそれを見送るとカウラを背負って寮の入り口の階段を上る。