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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 考えてみれば時間が悪かった。カウラの自爆で『あまさき屋』をさっさと引き払った時間は9時前。煌々と玄関を照らす光の奥では談笑する男性隊員の声が響いてくる。足を忍ばせて玄関に入り、床にカウラを座らせて靴を脱ぐ。カウラを萌の対象としてあがめる『ヒンヌー教徒』に見つかればリンチに会うというリスクを犯しながら自分のスニーカーを脱ぎ、カウラのブーツに手をかけた時だった。
「おっと、神前さんがお帰りだ。やっぱり相手はベルガー大尉ですか、隅に置けないですね」 
 突然の口に歯ブラシを突っ込んだ技術部の伍長の声に振り向いた誠。いつの間にか食堂から野次馬が集まり始めている。その中に菰田の部下である管理部の主計下士官達も混じっていた。
 『ヒンヌー教』の開祖菰田邦弘主計曹長に見つかれば立場が無いのは分かっている誠はカウラのブーツに手をかけたまま凍りついた。
「オメエ等!そんなにこいつが珍しいか!」 
 そう怒鳴ったのは駐車場から戻ってきた要だった。入り口のドアに手をかけ仁王立ちして寮の男性隊員達をにらみつける。助かったと言うようにカウラのブーツを脱がしにかかる誠。
「なんだ、西園寺さんもいたんじゃないですか……」 
 眼鏡の管理部の伍長の言葉を聴くと土足でその伍長のところまで行き襟首をつかんで引き寄せる要。
「おい、なにか文句があるのか?え?」 
 すごむ要を見て野次馬達は散っていく。首を振る伍長を解放した要がそのままカウラのブーツの置くところを探している誠の手からそれを奪い取る。
「ああ、こいつの下駄箱はここだ」 
 そう言って脇にある大きめの下足入れにブーツを押し込んだ。
「神前、そいつを担げ」 
 そのまま自分のブーツを素早く脱いで片付けようとする要の言葉に従ってカウラを背負う。
「別に落としても良いけどな」 
 スリッパを履いて振り向いた要を見つめた後、そのまま階段に向かう誠。
 食堂で騒いでいる隊員達の声を聞きながら誠は要について階段を上った。そのまま二階のカウラの部屋を目指す誠の前に会いたくない菰田が立っていた。
「これは……」 
 何か言いたげに誠の背中で寝入っているカウラを指差す菰田。
「なんだ?下らねえ話なら後にしろ」 
 要の言葉に思わずそのまま自分の部屋のある西棟に消えていく菰田を見ながら要は自分の部屋の隣のカウラの部屋の前に立つ。
「これか、鍵は」 
 そう言うと車の鍵の束につけられた寮の鍵を使ってカウラの部屋の扉を開いた。
 閑散とした部屋だった。電気がつくとさらにその部屋の寂しさが分かってきて誠は入り口で立ち尽くした。机の上には数個の野球のボール。中のいくつかには指を当てる線が引いてあるのは変化球の握りを練習しているのだろう。それ以外のものは見当たらなかった。だが、それだけにきれいに掃除されていて清潔なイメージが誠に好感を与えた。ある意味カウラらしい部屋だった。
「布団出すからそのまま待ってろ」 
 そう言って要は慣れた調子で押入れから布団を運び出す。これも明らかに安物の布団に質素な枕。誠は改めてカウラが戦うために造られた人間であることを思い出していた。
「ここに寝せろ……」 
 要の言うことにしたがって誠はカウラを敷布団の上に置いた。
「なあ、オメエもこいつのこと好きなのか?」 
 掛け布団をカウラにかぶせながら何気なく聞いてくる要。その質問の突然さに誠は驚いたように要を見上げた。
「嫌いなわけないじゃないですか、仲間ですし、いろいろ教えてくれていますし……」 
 要が聞いているのはそんなことでは無いと分かりながらも、誠にはそう答えるしかなかった。
「まあ、いいや。実は飲み足りなくてな……付き合えよ」 
 そう言うと要は立ち上がる。誠も穏やかな寝顔のカウラを見て安心すると要の後に続いた。カウラの部屋の隣。さらに奥のアイシャの部屋はしんと静まり返っている。要も鍵を取り出すとそのまま自分の部屋に入った。
 こちらも質素な部屋だった。机といくつかの情報端末と野球のスコアーをつけているノート。あえて違いをあげるとすれば、転がる酒瓶はカウラの部屋には無かった。
「実はスコッチの良いのが手に入ったんだぜ」 
 そう言って笑う要。そのまま彼女は机の脇に手を伸ばし、高級そうな瓶を取り出す。そしてなぜか机の引き出しを開け、そこからこの寮の厨房からちょろまかしただろう湯飲みを二つ取り出した。
「まあ、夜はまだまだあるからな」 
 そう言ってタレ目で誠を見つめる要。彼女の肩に届かない長さで切りそろえられた黒髪をなびかせながらウィスキーをそれぞれ湯飲みに注ぎ、誠に差し出す。
「良い夜に乾杯!」 
 そう言って笑顔で酒をあおる要。誠は彼女のそう言う飲み方が好きだった。
「お前も配属になってもう4ヶ月か。どうだ?」 
 珍しく要が仕事の話を振ってくるのに違和感を感じながら誠は頭をひねる。
「そうですね、とりあえず仕事にも慣れてきましたし……と言うかうちってこんなに遊んでばかりで良いんですかね」 
 誠の皮肉ににやりと笑いながら二口目のウィスキーを口に運ぶ要。
「まあ、それは叔父貴の心配するところなんじゃねえの?でもまあこれまでよりは仕事はしてるんだぜ。近藤事件やバルキスタン紛争なんかはようやく隊が軌道に乗ったからできる仕事ではあるけどな」 
 そう言って笑う要が革ジャンを脱ぎ捨てる。その下にはいつものように黒いぴっちりと体に張り付くようなタンクトップを着ていた。張りのある背中のラインに下着の線は見えない。
「やっぱりウィスキーは飲むと体が火照るな」 
 そう言って要は静かに誠ににじり寄る。そして上目がちに誠を見ながら髪を掻き揚げて見せた。
 そしていつもは想像も出来ないような妖艶な笑みを浮かべる要。誠はおどおどと視線を落として、いつものように飲みつぶれるわけには行かないと思って静かに湯のみの中のウィスキーを舐める。
「あのさあ」 
 要が沈黙に負けて声をかける。それでも誠はじっと視線を湯飲みに固定して動かない。
「オメエさあ」 
 再び要が声をかける。誠はそのまま濡れた視線の要に目を向けた。
「まあ、いいや。忘れろ」 
 そう言うと要は自分の空の湯のみにウィスキーを注ぐ。
「オメエ、女が居たことねえだろ」 
 突然の要の言葉に誠は声の主を見つめた。にっこりと笑い、にじり寄ってくる要。
「そんな……そんなわけ無いじゃないですか!一応、高校大学と野球部のエースを……」 
「そうかねえ、アタシが見るところそう言う看板背負っても、結局言い寄ってくる女のサインを見逃して逃げられるようなタイプにしか見えねえけどな」 
 そう言って要は再び湯飲みを傾ける。静かな秋の夕べ。
 誠と要の目が出会う。ためらうように視線をはずそうとする誠を挑発的な視線で誘う要。
「なんならアタシが教えてやろうか?」 
 身を乗り出してきた要に身を乗り出されて誠が思わず体をそらした時、廊下でどたばたと足音が響いた。
「要!」 
 誠がそのまま要に仰向けに押し倒されるのとアイシャがドアを蹴破るのが同時だった。
「何してるの!要ちゃん!」 
「そう言うテメエはなんだってんだ!人の部屋のドアぶち破りやがって!」