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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 たこ焼きを口に放り込もうとする要の姿を腕組みして感心しながら見入るカウラ。
「吉田さんらしいと言うか……さすがだな」 
「別に感心することじゃないだろ?楽器屋に行ったら廉価版のビデオクリップ作成ソフトとかで同じようなことができるはずだからな。まあ、画像の質とか修正の自由度なんかは吉田が使っているソフトがはるかに上なのは間違いないけど」 
 誠は珍しく穏やかに話し合う要とカウラの姿を見て安心しながらビールを飲み干した。
「ああ、神前。ビールだな」 
 カウラがビールの瓶を手にする。普段ならここで要の妨害が始まるはずだが、珍しく要はそれが当然だというように自分のグラスに酒を注いで杯を掲げた。
 そんなリラックスしていた三人は突然厨房から声が聞こえてそちらに視線を向けた。
「ジャーン!マジックプリンセス、キラットシャム!」 
「同じく!キラットサマー……」 
 小夏の名乗りに素に戻ったシャムが声をかける。
「小夏ちゃん!元気を出して!……それじゃあ!」 
「オメエ等、何しに来た?」 
 ポーズをとるシャムと小夏に冷めた視線を送る要。シャムと小夏は誠がデザインし、運行部で製作した衣装を着込んで立っている。
「いっそのことそのままその格好で暮らしてみたらどうだ?」 
 呆れたようにカウラがつぶやく。二人の冷めた反応にうつむくシャム。誠は仕方なく拍手をすることにした。
「馬鹿!こいつが図に乗るだろ?」 
 要の言葉通りすぐに復活したシャムが小走りで厨房に戻る。そして彼女は袋を持って誠の前に立った。
「はい、これ誠ちゃんの分!」 
 無垢な目を向けるシャムを誠は後悔の念に駆られながら見上げた。
「はい、神前。それ着て踊れ」 
 ざまあ見ろと言うような笑みを浮かべながら今度はウォッカの隣に置かれたラム酒をグラスに注ぐ要。カウラも自業自得だというような視線を誠に送ってくる。
「ナンバルゲニア中尉、ちょっと僕は……」 
「私もあのデザインは無いと思うのよねえ」 
 立ち上がった誠の背後からの声に翻ってみればそこには小夏の母、家村春子がいつものように紫の小紋の留袖を着て立っていた。今回の作品で恐怖薔薇女と言った怪物役に勝手に決められた春子がため息をつく。
「あれは……その。アイシャさんが……」 
「良いわよ、言ってみただけ。小夏もシャムちゃん暴れないで着替えてきなさい」 
 そう二人のワンパクに声をかけて厨房に消える春子。
「だから言ったんだよ。暴れるなって」 
 一人口の中の甘い酒を楽しむ要。そんな彼女にシャムが頬を膨らませた。
「そんなこと一言も言ってないよねー!」 
 誠に問いかけてくるシャムに頷いた誠の背中に要とカウラの視線を感じる。
「いいから着替えて来い」 
「了解!」 
 いつものように要には反発してもカウラの言葉には素直に従う二人。明らかに気分を害したというように要は灰皿を隣のテーブルから取ってくるとタバコに火をつけた。
「少しは周りを気にしたらどうだ?」 
 タバコの煙に眉をひそめるカウラの表情に機嫌を直す要。誠も要といれば受動喫煙になることを知っているが口が出せないでいた。
「でも、春子さんもよく引き受けたものだな、あのような役」 
 カウラの独り言を聞いた要がカウラの頭を引っ張る。抗議しようとしたカウラににんまりと笑った要は口を開いた。
「叔父貴の奥さん役ってのが良いんじゃねえの?」 
 カウラと誠は要の言葉に顔を見合わせた。
「それは無いんじゃないかな?確か二人の付き合いは『東都戦争』のころからって聞いてるけど、見ていてリアナお姉さんみたいな兆候もなにも……」 
「鈍いねえ小隊長殿は」 
 首をひねるカウラを笑いながら酒を飲む要。だが、そんな要の表情が不意に険しくなった。
「オメエ等、黙ってろ」 
 そう言うと要は忍び足で外に暖簾のはためくガラスの引き戸へ向かう。
「要、何やってるの?」 
 着替えてきたシャムに静かにするように人差し指を立てる要。いつもなら突込みを入れる猫耳セーラー服姿のシャムをちらっとだけ見て頭を抱えた後、そのまま扉に手をかける。
 急に開いた引き戸。暖簾の下で一瞬、男女の影が映った。そのまま飛び出して追っていく要。
「まったく何がしたいんだ、あいつは」 
 そう言いながら自分の空の烏龍茶のコップにラム酒を注ぐカウラ。明らかに間違えている彼女の行動を注意しようとする誠だが、入り口付近で騒ぐ声に気を引かれて黙り込んでしまった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」 
 気の小さい技術部の技師、レベッカ・シンプソン中尉が謝っている姿が誠達の目に飛び込んでくる。
「良いじゃないですか!僕達がどこで食事しようが!」 
 同じく技術部整備班の最年少である西高志兵長が口を尖らせて襟をつかんでいる要に抗議していた。
「色気付きやがってこの熟女マニア!何か?19で酒飲んでいいのか?ここは胡州じゃないぞ、東和だぞ。お酒は二十歳になってからだぞ!」 
 要の声にしゅんとなる西。眼鏡をいじりながら身なりを整えたレベッカは一瞬だけ勇気を出して要をにらみつけようとするが、威圧感では隊でも屈指の要の眼光に押されておずおずと視線を落とす。
「そんな……僕達はまじめにお付き合いを……」 
「西。オメエ19だろ?で、レベッカが28……そんなに胸がでかい女が好きなのか?」 
 意味ありげな瞳を向ける要の後頭部をシャムが蹴飛ばした。
「だめだよ!要ちゃん。愛に決まりなんて無いの!それに要ちゃんも28で誠ちゃんが23でしょ?大して変わらないじゃないの!」 
 頭をさすりながらシャムに目を向ける要。その目は明らかに泳いでいた。
「な、何馬鹿なこと言ってるんだ?アタシがあのオタクが好き?そ、そんなわけ無いだろうが!」 
 あまりにも空々しい否定。声がひっくり返っての弁明。その姿に一同はただ生暖かい視線を向けた。
「はい、はい、はい。ご馳走様ですねえ、外道。お母さん!お客さんだよ!」 
 シャムとそろいの猫耳セーラー服にエプロンをつけた姿の小夏が厨房に消えていく。レベッカと西も愛想笑いを浮かべながらシャムに引っ張られて誠達の隣のテーブルに向かい合って座った。
「酒は……やめておけよ」 
 カウラが一語一語確かめるようにして口にするのを見た誠と要は、空だったはずの烏龍茶のコップになみなみと琥珀色の液体が満たされているのに気づいた。
「おい!お前、勝手に人の酒飲むんじゃねえよ!」 
 そう叫ぶ要をとろんとした目で見つめるカウラ。その様子に気づいてレベッカと西もカウラに目を向ける。
「大丈夫なんですか?アイシャさんもそうですけど『ラストバタリオン』の人ってあんまり飲めないんじゃ……」 
 そう言う西をじっと見つめるカウラ。だが、すぐにその瞳はレベッカの豊満な胸へと集中していった。
「……なんで私は……」 
 うつむくカウラ。誠も要もどう彼女が動くのかを戦慄しながら見つめていた。
「あら、西君。また来たの……って要さん!」 
 春子が明らかにおかしいカウラを見るとすぐに圧迫するような感じで要に目を向けた。
「アタシじゃねえよ!こいつが勝手に飲んだんだよ!」 
 そこまで要が言ったところでカウラは急に立ち上がった。