遼州戦記 保安隊日乗 番外編
叫ぶ要を全員が指差した。ランに助けを求めようとするが背の低いランは要の視界から逃げるように動いた。
「神前!テメエ!」
「なんで僕なんですか?」
誠はずるずると後ずさる。要はアイシャ達から手を離してそのまま指を鳴らしながら誠を部屋の隅に追い詰めていく。
「オメエがはっきりしないからこうなったんだろ?責任とってだな……」
そこまで言ったところで要の動きが止まる。次第にうつむき、そのまま指を鳴らしていた手を下ろして立ち尽くす要。
「あ、自爆したことに気づいたね。誠ちゃんがなにすれば許すのかなあ」
小声でシャムがランに話しかける。その間にも生暖かい二人の視線に目が泳いでいる要が映っていた。
「そうだな……なんだろな」
「本当に素直よねえ、要ちゃんはだから面白いんだけど」
そうランに言ったアイシャの顔面に台本を投げつける要。
「ったく!やってられるかよ!」
そのまま要は走って部屋を飛び出していく。
「あーあ。怒らせちゃった。どうするの?アイシャちゃん。このお話、要ちゃんの役はやっぱり要ちゃんじゃないと似合わないわよ」
シャムの言葉にアイシャは台本をぶつけられて痛む頬をなでながら苦笑いを浮かべる。
「市からの委託事業の一つだからな。一応これも仕事だぞ。神前、迎えに行け」
小さな魔女の姿のランがそう誠に命令する。小悪魔チックな少女が軍の制服の誠を見上げて命令を出すと言う極めてシュールな絵に見えたが、誠には拒否権が無いことに気づいた。
「じゃあちょっと……」
そう言って頭を下げると誠は部屋を出て廊下に飛び出した。そして誠は立ち止まった。
『要さんの行きそうなところ……』
誠には見当も付かなかった。要はそのきつい性格からあまり他人と行動することが少ない。カウラやシャムと一緒にいるのはだいたいが成り行きで、誠も時々いなくなる彼女がどこにいるのかを考えたことは無かった。
「とりあえず射場かな」
そう思った誠はそのまま管理部のガラス張りの部屋を横目にハンガーの階段を下りる。整備員の姿もなく沈黙している05式を見ながらグラウンドに飛び出した。
突然魔法少女? 12
誠の予想通り響く連続した銃声。誠はそのまま駆け出した。積み上げられた廃材の山を通り抜け、漫画雑誌が山と積まれた資源ごみの脇をすり抜ける。
射撃レンジでは警備部の屈強な男達が見つめる中、弾を撃ちつくして拳銃のマガジンに弾を込めている要の姿があった。どう話を切り出せばいいのか迷う誠の目の前で、金髪の短い髪をなびかせながら要に見つからないように手を振っている警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐の姿が見えた。
一心不乱で弾を込めている要に見つからないように忍び足でマリアのところに近づく。声が届く範囲のところにまで来たところで部下達が気を利かせたように警備部の自動小銃AKMSの散発的な射撃を開始した。
「どうしたんだ?あいつ、いきなりうちの新人の射撃訓練をやめさせて自分の銃を撃ち始めて……」
不審そうに誠を見つめるマリアの視線が誠に向けられる。そんな二人の周りを手の開いた警備部員達がニヤニヤ笑いながら見つめていた。
「ちょっとアイシャさんにいじられてああなってしまいまして……」
申し訳ないというように誠は頭を掻いた。マリアは腑に落ちないと言うように首をかしげる。
「隊長もそっちの話はからっきしですからね」
古参のひげ面の少尉が笑っている。しばらく彼の顔を見つめていたマリアだが、ようやく気づいたように鋭い視線で少尉の顔を見つめた。ひげの少尉は含み笑いを浮かべながらこっけいな敬礼をするとそのまま手にした自動小銃にマガジンを差すとすばやく薬室に弾丸を装弾してフルオート射撃を始めた。
「まあ、私に助言ができないことは間違いないけどな。それにしても……」
そう言うマリアの視線には愛用の銃、スプリングフィールドXD?40に弾丸を込め終えた要の姿があった。すばやくマガジンを銃に差し込んだ要は一服したように周りを見て、そこに誠がいることに驚いたような表情を浮かべると、そのまま銃のスライドのロックを解除して弾薬を装弾してから彼に向かって歩いてきた。
「なんだよ。文句あるのか?今月の射撃訓練の弾にはまだかなり余裕があるからな……」
口元を震わせながら強がって見せるような要。木枯らしが吹いてもおかしくないような秋の空の下、上着をレンジの端に置かれた弾薬庫に引っ掛けた彼女は、上着の下にいつも着ている黒のタンクトップに作業用ズボンと言ういでたちで誠の前に立っていた。
「一応、今日は僕達はアイシャさんの手伝いをするために来たと思うんですけど」
「はぁ?あのアホの手伝いなんてするために来たんじゃねえよ、アタシは。あいつがアホなことしてうちの部隊に迷惑をかけないかどうか監視しに来たんだ」
そう言うと、アイシャは警備部の丸刈りの新兵をどかせてレンジを占領する。そしていつものように数秒で全弾をターゲットの胸元に叩き込むと空のマガジンを取り出す。
「そうか。じゃあここで無駄に弾を消費するのも目的とは反しているわけだな?」
不意を突かれたマリアの一言に要は戸惑ったように視線を泳がせる。周りのマリアの部下達も射撃をやめてニヤニヤと笑いながら要を見つめていた。そしてそのまま子供のように視線を地面に落とした要は拳銃をいじりながらさびしそうな表情を浮かべていた。
「姐御が言うんじゃしかたねえな。ちょっと待ってろ、片付けたら行くから」
まるで子供のように口を尖らせながら自分が使っていたレンジにとって返す要。そのまま保管庫にかけていた上着を着込み、素早くガンベルトを巻いてテーブルに弾薬が空の拳銃のマガジンを置く。
その動作を一通り見ていた誠はそのまま彼女の隣に座った。要は相変わらず拗ねた子供のような表情で、誠に視線を合わせようともせずただ弾薬の入った箱から40S&W弾を一発づつ取り出してはマガジンにこめていく。
その隣のレンジに置かれた丸椅子に腰掛けた誠は黙ってその様子を見つめていた。
「オメエもさ……」
突然いつもの棘のあるような言葉の響きとは違う力の抜けた調子で要が話を切り出した。いつもならタレ目で馬鹿にしたように誠をにらみつけるはずの要が悲しそうに自分の手元を見つめている。
「どうせ、カウラやアイシャがいいんだろ?アタシなんか……」
誠はただ黙って一発一発の弾丸を見極めながらマガジンに装弾する要を見つめていた。人口筋肉の強化が進んでいる今、か細い女性のように作られている要の体はいかにも脆く儚げに見える。
「いいんだぜ、私みたいな作り物の体の持ち主なんかに関わるのはごめんなんだろ?それにオメエも知ってるだろうが非正規部隊の女工作員の仕事なんて……体を売って何ぼだ」
最後の言葉を飲み込んだ要は装弾を終えたマガジンを握った拳銃に叩き込んだ。そして誠をにごった目で見つめた。誠は配属直後に起きた『近藤事件』の後、隊の人間の素性についてネットで調べて見たことがあった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直