小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 番外編

INDEX|2ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 しかし、さすがに東都西部を代表する地球系住民の移住とともに立てられた格式を誇る豊川八幡宮の節分、観光客に囲まれれば他人の目もあることもあって楓は何もせずに抱きつこうとするフェデロを投げ飛ばし、そのままロナルド組を連れて運営本部に向かった。
「よかったわね、なにも起きなくて」 
 そう言うとアイシャはカウラの肩を叩く。カウラも気付いたように太刀を抜いたり差したりして遊んでいるシャムを取り押さえる。
「ちゃんと着替えましょうね」 
 微笑みながらアイシャはそう言うとシャムもようやく諦めたように舌を出してカウラについて時代行列を支える裏方達の群れる境内の裏手の広場に足を向けた。
 そこには仮装をしない裏方役の技術部の整備担当の面々や管理部門の女性下士官達が行列を終えて帰ってきた隊員の着ている鎧が壊れていないかチェックしたりすでに着替えを終えた隊員に甘酒振舞ったりと忙しい様子を見せていた。
「アイシャさん!」 
 そんな忙しく立ち働く面々の中からそう言って技術部整備班班長島田正人准尉と運用艦ブリッジクルーのサラ・グリファン少尉が駆け寄ってくる。二人ともすでに東和陸軍と同じ深い緑色の勤務服に着替えていた。
「早く着替えた方がいいですよ。何でもあと一時間で豆を撒きにきたタレントさんが到着して場所が取れなくなるみたいですから」 
 そう言うと島田はきょろきょろと人ごみを見回す。
「そう言えばクバルカ中佐、見ませんでした?」 
 島田の言葉にアイシャもカウラも、誠ですら首を横に振った。保安隊の主力人型兵器『アサルト・モジュール』を運用する実働部隊の最高任者で保安隊の副長でもあるクバルカ・ラン中佐。重鎮の行方不明に島田は焦ったように周りを見回していた。
「なんかあのジャリがいねえと困ることでもあるのか?」 
 にやけている要がランを『ジャリ』と呼ぶのにカウラは難しい顔をして要をにらみつける。そのとなりで立ち働く隊員に挨拶しているシャムも十分子供にしか見えないが、ランはどう見ても小学生にしか見えない。この雑踏に鎧兜姿の小さい子が歩き回っているシュールな光景を想像して誠は噴出しそうになる。
「いやあ、祭りの場には野暮なのはわかっているんですが……進藤が急ぎの決済の必要な書類をここまで持ってきてしまいましてね。それでなんとか見てもらえないかなあと……」 
 島田の言葉に要は大きなため息をつく。
「仕事が優先だ。神前曹長、探すぞ」 
 そう言うとサラに兜を持たせて歩き出すカウラ。仕方がないというようにアイシャも島田に兜を持たせる。
「私の勘だと……あの椿の生垣の後ろじゃないかしら?」 
 明らかにいい加減にアイシャが御神木の後ろの見事に赤い花を咲かせている椿の生垣を指差した。
 誠は仕方なく生垣に目をやる。その視界に入ったのは中学生位の少年だった。誠達はそのまま早足で生垣を迂回して木々の茂る森に足を踏み入れる。そこには見覚えのある中学校の学ランのを着た少年達が数名こそこそと内緒話をしているのが目に入った。
「ああ、西園寺さん達はそのまま着替えていてください。僕がなんとかしますから」 
 そうカウラ達に言うと誠は少年達の後をつけた。
 常緑樹の森の中を進む少年達。誠は彼のつけている校章から保安隊のたまり場であるお好み焼きの店『あまさき屋』の看板娘、家村小夏の同級生であるとあたりをつけた。
「遅いぞ!宮崎伍長!ちゃんと買ってきただろうな!」 
 そう言って少年を叱りつけたのは確かに小夏である。そして隣にメガネをかけた同級生らしい少女と太った男子生徒。そしてその中央にどっかと折りたたみ椅子に腰掛けているのは他でもない、緋色の大鎧に派手な鍬形の兜を被ったランだった。
「クバルカ中佐!何やってるんですか?」 
 声をかけられてしばらくランは呆然と誠を見ていた。しかし、その顔色は次第に赤みを増し、そして誠の手が届くところまで来た頃には思わず手で顔を覆うようになっていた。
「おい!」 
 そう言うと130センチに満たない身長に似合わない力で誠の首を締め上げた。
「いいか、ここでの事を誰かに話してみろ。この首ねじ切るからな!」 
 そう言うランに誠は頷くしかなかった。
「それと小夏!あの写真は誰にも見せるんじゃねーぞ!」 
「わかりました中佐殿!」 
 そう言って敬礼する小夏。彼女の配下らしい中学生達も釣られるようにして敬礼する。
「もうそろそろ時間だろうとは思ってたんだけどよー、どうも餓鬼共が離してくれねーから……」 
 ぶつぶつと文句を言いながら本部への近道を通るラン。獣道に延びてくる枯れ枝も彼女には全く障害にはならなかった。本殿の裏に設営された本部のテント。そこに立っている大柄な僧兵の姿に思わずランと誠は立ち止まった。
 その大男。どこからどう見ても武蔵坊弁慶である。
「なんじゃ?誠。アイシャ達が探しとったぞ」 
 武蔵坊弁慶がそう言った。保安隊実働部隊の前隊長で、現在は同盟司法局で調整担当のトップを勤めている明石清海中佐は手にした薙刀を天に翳して見せる。
「着替えないんですか?」 
 そう言う誠にしばらく沈黙した明石だがすぐに気が変わったとでも言うように本部に入っていった。
「それじゃあアタシ等もいくぞ」 
 ランの言葉につられるようにして本部のテントに入る誠。
「良い所に来たわね誠!とりあえず鎧を片付けて頂戴」 
 そう言ったのは誠の母、神前薫(しんぜんかおる)だった。剣道場の女当主でもある彼女はこう言うことにも通じていて、見慣れた紺色の稽古着姿で手際よく鎧の紐を解いていく。
「俺、この格好なんだけど……」 
「胴丸なら自分で脱げるでしょ?文句は言わないで手を動かして!」 
 そう言って要の小手を外していた。
「いつもお母様にはお世話になってばかりで……」 
 要の声に着替えを待っているカウラ達は白い目を向ける。いつものじゃじゃ馬姫の日常などをすっかり隠し通そうと言うつもりで要は同盟加盟の大国胡州帝国宰相の娘、四大公家の跡取りの上品な姫君を演じていた。隊で一番ガサツ、隊で一番暴力的、隊で一番品が悪い。そう言われている要だが、薫の前ではたおやかな声で良家の子女になりきっている。
 誠からの話で要の正体を知っているはずの彼女は笑顔で見上げながら手を動かす。そんな母が何を考えているのか誠には読めなかった。
「大変ねえ、なにか手伝う?」 
 呆然と上品なお姫様を演じている要を見つめていた誠にそう言ってきたのは小手を外してくれる順番待ちをしていたアイシャだった。
「ああ、お願いします。そこの打保を奥の箱に入れてください」 
「いいわよ」 
 そう言って弓を抜き終わったうつぼを取り上げたアイシャだが、まじまじとそれを覗き込んでいる。
「私はあまり詳しいこと知らないんだけど、高いんでしょ?これ」 
 そう言いながら手にしたうつぼを箱の仲の油紙にくるむアイシャ。
「まあな。それ一つでテメエの十年分の給料くらいするんじゃないか?」 
 脛当てを外してもらいながらにやにやと笑う要。地が出てはっとする要だが、まるでそれがわかっていたように薫は笑顔を浮かべていた。