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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「そうね、それじゃあ楓ちゃんはかなめちゃんの車で移動。私達はカウラの車で四人と。足の確保とスタッフの確保は完了。それじゃあ朝食にしましょう。楓ちゃん達は食べたんでしょ?ああ、お腹すいちゃった、さっき誰かさんが追い回したりするから」 
 そう言いながらカウンターに向かうアイシャ。両手を広げてお手上げと言うようなしぐさをしてその後ろに続くカウラ。すっかり主導権をアイシャに取られて、要はただ不味そうに味噌汁をすする。
「休日。つぶれてしまいましたね」 
「ったく……何が悲しくて非番の日に隊に行かないといけねえんだよ」 
 いつものようにアイシャに仕切られたことに不満を吐き出す場所を探すようにぶつぶつとつぶやきながら要がそのまま味噌汁を飲み干す。島田とサラはそんな要を同情の視線で見守っていた。


 突然魔法少女? 10


「なんだよオメー等。非番じゃねーのか?」 
 保安隊実働部隊の待機室。要の始末書に目を通すランの顔を見て誠は頭を掻いた。小学生低学年にしか見えないランが耳にボールペンを引っ掛けて書類に目を通している姿は誠にもある意味滑稽にも見えた。
「仕事の邪魔しに来たんじゃねえんだからいいだろ?」 
 そう言うと自分の席に座って机に足を投げ出す要。ダウンジャケットの襟を気にしながら隣でデータの整理をしていたシャムを眺める。シャムは特に変わった様子も無くデータの入力を続けていた。
 保安隊の副隊長の地位が明石からランに移ると同時に実働部隊詰め所の内容も大きく変わっていた。
 それまで上層部の意向ですべての書類が手書きのみと言う前時代的雰囲気は一掃され、隊員の机のすべてにデータ入力用の端末が装備されるようになった。おかげで部屋の壁を埋めていたファイルの書庫は消え、代わりに観葉植物が置かれるなどいかにもオフィスといった雰囲気になっている。すべてのコンセプトはランが手配したものだが、落ち着いたオフィスと言う雰囲気は彼女の子供のような姿からは想像できないほどシックなものだった。
「で、アイシャの奴が……送ってきたんだよなーこれを……」 
 ランはそう言うと私服で席についている誠とカウラにデータを転送する。
「いつの間に……」 
 ファイルを展開するとすぐにかわいらしい絵文字が浮かんでいる。その書き方を覗き見た誠はそれが台本であることがすぐに分かった。細かいキャラクターの設定、そして誠の描いた服飾デザインが並んでいる。
「ああ、これってこのまえアイシャさんが書いたけど没にした奴ですね。確かに魔法少女が出てきますよ。寝かせてから出すって言ってたんですが……なるほどこれの設定だったんですか……忘れてました、これですか……」 
 誠は昨日キャラのデザインをしていて忘れていた以前アイシャに見せられた全年齢対象の漫画のプロットを思い出した。その言葉にカウラと要が反応して誠に生暖かい視線を向けてくる。
「なんだ、オメエは知ってるのか?」 
 ゆっくりと立ち上がって尋問するように誠の机に手をかける要。カウラは再びモニターの中の原稿に目を移した。
「知ってるって言うか……一応感想を教えてねって言われたんで。僕はちょっとオリジナル要素が強すぎて売れるかどうかって言ったらアイシャさんが自分で没にしたんですよ。そうだ、やっぱり先月見た奴ですよ。確かにあれは魔法少女ですね。ちょっとバトル系ですけど」 
 そんな誠と要のやり取りにいつの間にかシャムが立ち上がって誠の隣に来てモニターを覗き始める。
「ホントだ。これってどっちかって言うと魔法少女と言うより戦隊モノっぽい雰囲気だったよね」 
 シャムも見せられていたらしく、すでに自分の案が通らないことを吉田に言い渡されていたわりには嬉々としてモニターを覗きこんでいる。
「まあアタシはどうでもいいけどさ」 
「でも配役まで書いてあるよ。要ちゃんは……誠ちゃんを助ける騎士だって」 
 そんなシャムの言葉に要が急に机から足を下ろして自分の机の端末のモニターを覗き見る。
「引っかかった!」 
 シャムはそう言うとすばやく自分の席に戻る。要はシャムを一睨みしたあと苦虫を噛み潰したような表情で端末の細かい文字を追い始めた。
「オメー等なあ……仕事の邪魔しに来たわけじゃねーんだろ?もう少し静かにしてくれよ」 
 たまりかねたようにランが口を挟む。そしてシャムもさすがにふざけすぎたと言うように舌をだすとそのまま備品の発注の書類を作り始めた
「それにしても遅いな。吉田がグダグダ言ってるんだろうけど」 
 アイシャのいる運用艦『高雄』の運行スタッフの詰め所に行ったまま帰らない吉田の席を見ながら要はそんな言葉を口にする。カウラはそんな要の言葉など聞こえないとでも言うようにじっとモニターを食い入るように見つめている。
「非番なんだからそのままおとなしくしてろよな」 
 自分の作業を続けながらそう言ったランだが、その言葉は晴れ晴れとした表情で実働部隊詰め所のドアを開いたアイシャによって踏みにじられることは目に見えていた。
「皆さん!お元気そうですね!」 
 晴れやかなアイシャの言葉にランの表情が曇る。さらに彼女に連れられて戻ってきた吉田の疲れているような表情に部屋の空気が重くなる。
「そう言えば……楓のお嬢ちゃんはどうした?」 
 とりあえず仕事に集中しようと自宅待機の日にもかかわらず誠達に連れられて出勤してきた楓の名前を口にするラン。その言葉に端末のモニターを食い入るように見ていた要が大きく肩を落とす。
「いや、あいつのことは忘れようぜ。どうせ第四小隊が射撃レンジで訓練中だからそれを見に行ったんだろ?」 
 そう言う要の声が震えている。カウラと誠は生暖かい視線で要を見つめた。
「ああ、楓ちゃんはサラ達と一緒にコスチュームを考えるんだって。誠君の原画だけじゃ分からないこともあるからって」 
 何気なく言ったアイシャの言葉に反応して台本を見ていた要が立ち上がる。
「どうしたんだ?運行の連中のところに顔を出すのか?」 
 冷や汗を流さんばかりの要をニヤニヤしながら見上げるカウラ。
「お前はいいよな、普通なキャラだし」 
 要はそう言うとアイシャに目をやった。彼女は珍しく要をからかうわけでもなく自分の席に着いた吉田と小声で何かをささやき会っている。
 そんな状況の中、誠は久しぶりに見る台本を読んで一息ついた。シャムがヒロインの魔法少女バトルもの。確かに誠の『萌え』に触れた作品であることは確かだった。機械帝国に滅ぼされようとする魔法の国の平和を取り戻すために戦う魔法少女役のシャムが活躍する話と言う設定はいかにもシャムが喜びそうなものだった。
 そしてシャムの憧れの大学生でなぜか彼女の家に下宿している神前寺誠一というのが誠の配役だった。彼の正体は滅ぼされた魔法の国のプリンセスと言うと格好はいいが、アイシャが台本に手を入れるならシャム達の身代わりにぼこぼこにされるかませ犬役でしかないのは間違いなかった。誠としてはアイシャの趣味からしてそうなることは予想していたので、別に不満も無かった。むしろアンとの男同士の愛に進展しないだけましだった。
 問題は要とカウラの配役だった。