遼州戦記 保安隊日乗 番外編
そう言うとアイシャを振りほどいて立ち上がる誠。だが、アイシャは名残惜しそうに誠の手を握り締めている。全男性隊員の視線に殺意がこもっているのを見てランですらはらはらしながら状況を見守っていた。
「ぜんぜん大丈夫に見えないんだけど……部屋で休んだほうがいいんじゃないの?」
「こいつ……部屋に連れ込むつもりだよ」
要に図星を指されてひるむアイシャ。だが、誠はふらふらと部屋を出て行こうとする。
「どこ行くのよ!誠ちゃん」
「ああ、カウラひゃんにあいさつしないと……こうへいらないれひょ」
要とアイシャは顔を見合わせる。こんなに泥酔していても三人の上官に気を使っている誠に、それまで敵意に染められていた周りから一斉に同情の視線が注がれることとなる。
「神前……苦労してんだな」
ランはそう言いながら他人事のように誠達を見つめていた。
「おい!上官だろ?介抱ぐらいしろよ」
要の言葉にランは首を振るとグラスの底に残ったビールを飲み干す。
「大丈夫なんじゃねーのか?いつもはオメー等にKOされて言えなかった神前の本音も聞きてーしな」
明らかに他人を装うランに要は頭を抱えて自分の行為を悔いた。
「それにちゃんとテメーの尻はテメーで拭けよ。知らねーぞ、あいつカウラにも同じことするつもりだぞ。そうなりゃこういうことに免疫のねーカウラだ……まあアタシはかまわねーけどな」
ランの言葉に要とアイシャは目を見合わせて立ち上がる。当然のように野次馬を気取るサラや島田が立ち上がってそのあとをつけていく。
「カウラひゃん!」
そんな誠の声に要とアイシャ、そして野次馬達は階段を駆け下りた。壁際に水を入れた瓶を持ったカウラを追い詰めて立つ誠。その姿を見て飛び掛ろうとする要をランが引っ張る。
「野暮なことすんな」
そう言うと先頭に立ち階段に伏せて二人を見つめるラン。アイシャもその意図を悟って静かに伏せていた。
「なんのつもりだ?神前」
冷たい調子で言うカウラ。だが、要もアイシャもその声が僅かに震えていることに気がついていた。完全に傍観者スタンスのサラがアイシャの顔を覗き込む。
「どうですか、クラウゼ少佐。このまま神前君はがんばれますかね」
「いやー無理でしょう。彼はどこまで言っても根性無しですから。根性があれば……」
島田との付き合いが公然のものであるサラの言葉に思い出されたさまざまな自分の誘いのフラグをへし折ってきた誠の態度にこぶしを握り締めるアイシャ。
「僕は……僕は……」
「僕がどうしたんだ?飲むか?水」
そう言うとカウラは誠の頭から氷の入った水をかけた。野次馬達の目の前には、誠でなく自分達を見つめているカウラの冷たい視線が見えた。
「つっ!つっ!つっ!冷たい!」
思わずカウラから手を離す誠。同情と自責の念。思わず照れながら立ち上がる野次馬達。
「アイシャとクバルカ中佐……それに西園寺。いい加減こういうつまらないことを仕組むの止めてくれないか?」
「そうだ!止めろっての!」
立ち去ろうとする二人の手を掴んで拘束するサラと島田。ランとアイシャが振り返った先では彼女達を見て囁きあう隊員の顔が見える。要もその攻め立てるような視線に動くことが出来ずにラン達と立ち往生していた。
「なにするのよ!島田君!」
「離せ!」
ばたばた足を持ち上げられて暴れるランとアイシャ。カウラは二人を簡単に許すつもりは無いというように仁王立ちする。
「わかったから!こんどから誠ちゃんで遊ぶの止めるから!」
「覗きは止める!だから離せってーの!」
ランの懇願に島田は二人の足から手を離す。カウラはそれだけではなくそのままラン達のところまで歩いてきた後、野次馬組を睨みつけた。
「ったくオメー等がはっきりしないのがいけねーんだ……って、寝てやがるぞ、あいつ」
そんなランの言葉に要とカウラは誠に目をやった。酒に飲まれて倒れこんだまま寝息を立てる誠。
「風邪引くからな、そのままにしておいたら。アイシャ、カウラ、要。こいつの体を拭いて部屋に放りこんでこい。それとあくまでつまらねーことはするなよ」
頭を描きながらランはそのまま呆れたような顔をしてビールを求めて図書館へと帰っていった。
突然魔法少女? 9
耳を劈く叫び声、誠は意識を取り戻したが、それと同時に腹部に蹴りを受けて痛みのあまり悶絶した。
「大丈夫?誠ちゃん」
目を開けると目の前に寝巻き姿のアイシャがいる。ハッとして誠は起き上がった。まず自分が全裸であること、そして二回目の蹴りを繰り出そうとしているパンツ一丁の要の姿を見て誠はそのまま部屋から飛び出した。
廊下で鉢合わせたのは菰田だった。口をあけたまま全裸の誠を見つめる菰田。誠は押さえきれず生理現象で大きくなった股間を隠しながら部屋を確認した。確かに自分の部屋である。だが、そこには寝巻き姿のアイシャと胸をはだけた要がいる。
「あのなあ、神前。野郎ばかりの男子寮だけどな、今じゃ貴様の護衛ってことでクラウゼ少佐や西園寺大尉、そしてあのカウラ・ベルガーさんまで……」
「呼んだか?」
そう言って誠の部屋から顔を出したのはいつも寝巻き代わりにジャージを着ているカウラだった。
「オメエが騒ぐからだろ?」
「なによ!誠ちゃん思い切り蹴飛ばしてたのは要ちゃんでしょ!」
「馬鹿野郎!こいつの手が……胸に……」
誠の部屋の中からは暴れているアイシャと要の声が響いている。
「おい、全裸王子。ちょっと面貸せ!」
そのまま誠を引っ張って行こうとする副寮長の菰田をカウラが押しとどめた。
「すまない、菰田!これは……その……私が……」
そう言って手を合わせるカウラ。カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖である菰田がカウラに手まで合わせられて言うことを聞かないわけが無い。
「そ、そうですね。神前!全裸で廊下を歩くのは感心しないぞ!では!」
さわやかな笑顔を残して去っていく菰田。ただその変身の早さに呆然とする誠も、すぐに自分が全裸であることを思い出して前を隠す。
「神前……貴様は酒が入るとすぐ脱ぐくせに……とりあえず入るぞ」
そう言って誠の手を引いて部屋に入るカウラ。中に入るとさらなる混乱が待ち構えていた。じりじりと間合いを縮めるピンク色のネグリジェ姿のアイシャと半裸でファイティングポーズをとる要。
「いい加減にしろ!人の部屋で暴れるんじゃない!それと西園寺、胸を隠せ!」
カウラの言葉にアイシャと要はようやく手を下ろした。
「ああーかったりい。まあいいや、アタシは部屋に戻るわ」
そう言うとそのまま半裸の自分の姿を気にしないで部屋を出て行く要。
「良いんですか?」
箪笥から取り出したパンツをすばやく履いて一息ついた誠がカウラにたずねる。
「ああ、あいつはいつも朝起きるとあの格好でシャワーに行くからな」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直