遼州戦記 保安隊日乗 番外編
「ちょっとした魔法で手に入れた同志達の端末のアドレスよ」
何事も無いように答えるアイシャに誠は開いた口がふさがらなかった。非合法活動のにおいがぷんぷんする個人データ。こういうことなら吉田の真骨頂が見れるのだが、さすがの吉田もこんなことではハッキング活動をするほど汚くは無い。
「どうやって集めた?場合によっては刑事事件モノだぞ!」
「そんなに怖い顔しないでよ。アタシのホームページのメールマガジン登録者のデータよ。これもメールマガジンの一部のサービスってことで」
それでも一応は個人データの流用をしてはならないと言う法律がある。それを思い出して誠はため息をつくしかなかった。アイシャの趣味はエロゲ攻略である。女性向けだけでなく男性向けのデータも集めたその膨大な攻略法の記されたページはその筋の人間なら一度は目にしたことがある程の人気サイトになっていた。
そしてアイシャは隠し球はそれだけではないと言うように携帯端末から電話をかける。
「今度は何をする気だ?」
カウラはそう言って誠を見つめる。
「あ、私よ。例のプロジェクトが発動したわ。情報の提供頼むわね」
そう言うとアイシャはすぐに通信を切る。
「誰にかけていた?」
「あ、小夏ちゃんよ」
カウラの問いに即答するアイシャに誠は感心するより他になかった。小夏は以前はシャムの子分格だったが、中佐で明石のあとをついで二代目保安隊副長に就任することが確定したランの登場で今では彼女の手下となっていた。
シャムは『人間皆友達』と言うおめでたいキャラである。だが、ランの名前をちらつかせてアイシャが小夏にアプローチをかけて寝返らせたと言う光景を想像しまった誠は、ただこの状況を見なかったことにしようと目の前の絵に没頭することにした。
「勝てるわね」
「まあ勝つだろうな。勝ってもまったく自慢にはならないがな」
余裕の表情を浮かべるアイシャを表情を浮かべることを忘れたと言うように見つめているカウラ。ようやく彼女はアイシャがどんな物語を作ろうとしているかと言うことに関心が向いてアイシャのキャラクターの設定資料の束をサラの隣の机から取り上げた。
「南條シャム。南條家の三人姉妹の末っ子。小学5年生」
「そうよやっぱり魔法少女は小学生じゃないと!」
カウラの言葉に胸を張るアイシャ。そんなアイシャを完全に無視してカウラはさらに読み進める。
「魔法の森の平和を守る為にやってきたグリンに選ばれて魔法少女になる……魔法の森って……」
そこでアイシャをかわいそうなものを見るような視線で眺めるカウラ。だが、そのような視線で見られることに慣れているアイシャはまったく動じる様子が無い。
「おてんばで正義感が強い元気な女の子……まあアレも女の子だな。背と胸が小さいことを気にしている」
ここまでカウラが読んだところで会議室の空気が緊張した。だが、カウラはさすがにこれに突っ込むことはしなかった。胸を気にしていると言うことを自ら認めるほどカウラは愚かではなかった。
「勉強は最悪。かなりのどじっ娘。変身魔法の呪文はグリン……グリン?ああこの絵か。魔法熊?熊ってなんだ?まあいいか、が『念じればかなうよ』と言ったのに変身呪文を創作して勝手に唱える。しかも記憶力が無いので毎回違う……まあシャムだからな」
「そうでしょ?シャムちゃんだもの」
二人のこの奇妙な会話に誠はただ笑いをこらえるのに必死だった。だがその我慢もすぐに必要が無くなった。
「よう!」
突然会議室の扉が開き、入ってきたのは嵯峨。雪駄の間抜けな足音が会議室にこだまする。
「隊長、なんですか」
島田の作業を注視していたアイシャが顔をあげる。嵯峨は頭を掻きながらそれを無視すると娘の楓などを眺めながら誠に歩み寄る。
「やっぱり、お前はたいしたもんだなあ……」
誠の書き上げたイラストをしみじみと見つめる嵯峨。その後ろからタバコを吸い終えて帰ってきた要が珍しそうに眺める。
「叔父貴がなんで居るんだ?」
「仲間はずれかよ、傷つくよなあ……」
嵯峨はそう言いながらふらふらと端末を操作している島田の方に歩いていく。
「あちらはシャムが空回りしていたけどこっちはかなり組織的みたいだねえ」
そう言うとアイシャが立ちはだかって見えないようにしている端末のモニターを、背伸びをして覗き込もうとする。
「一応秘密ですから」
アイシャに睨みつけられて肩を落す嵯峨はそのまま会議室の出口へと歩いていく。
「ああ、そうだ。一応これは本職じゃないから、あと三十分で全員撤収な」
そう言い残して出て行く嵯峨。誠がその言葉に気がついたように見上げれば窓の外はすでに闇に包まれていた。
「え、五時半?」
アイシャの言葉に全員が時計に目をやった。
「省エネ大臣のシン大尉が来ないうちってことですかね」
手だけはすばやくタイピングを続けながら島田がつぶやいた。誠もこれが明らかに仕事の範囲を逸脱しているものだということは分かっていた。もうそろそろ配属四ヶ月を過ぎて、おそらくこの馬鹿騒ぎは嵯峨と言う中央から白い目で見られている危険人物が隊長をやっているから許されるのだろうとは理解していた。おかげで保安隊の評価が中央では著しく低いことの理由もみてとれた。
「じゃあ誠ちゃんとカウラ、パーラとサラ。ちょっと片付け終わったら付き合ってくれるかしら」
「アタシはどうすんだ?」
要が不機嫌そうに叫ぶ。同じように島田が手を止めてアイシャを見上げ、楓と渡辺がつまらなそうな視線をアイシャに投げる。
「もう!いいわよ!来たい人は着替え終わったら駐車場に集合!続いての活動は下士官寮でと言うことでいいわね!」
そんなアイシャの言葉に全員が納得したと言うように片づけを始める。誠はデザイン途中のキャラクターの絵をどうしようか悩みながらペンを片付けていた。
「途中みたいだが良いのか?」
カウラはそう言うと描き途中の絵を手にしていた。何枚かの絵を眺めていたカウラの目がエメラルドグリーンの髪の女性の姿を前にして止まる。
「これは私だな」
そう言いながら複雑そうな笑みを浮かべるカウラ。『南條家長女』と誠の説明書きが入ったその絵の女性の胸は明らかにカウラのそれに似て平原だった。
「神前……まあ良いか」
以前のカウラには聞かれなかったような明るい調子の声がしたのを確認すると誠は肩をなでおろした。
突然魔法少女? 8
『会議室』、『図書館』、『資料室』などと美化して呼ばれることが多いこの寮の壁を三つぶち抜いて作られた部屋にアイシャ達は集合していた。モニターが汚いシミだらけの寮の壁と不釣合いな清潔感をかもしだす。周りには通信端末やゲーム機、そして漫画や写真集が転がっている。この部屋はアイシャの寮への引越しによりさらにカオスの度合いが高まっていた。
以前は男子寮らしいエロゲーの集積所だったこの部屋はアイシャによりもたらされたさらに多数のエロゲーと乙女ゲーが女性隊員までも呼び込み、拡張工事によりさらにゲームや同人誌が積み上げられると言う循環を経て保安隊の行きつけのお好み焼きの店『あまさき屋』と並ぶ一大拠点に成長していた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直