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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 遼州戦記 保安隊日乗 番外編

 突然魔法少女? 1


 一頭の葦毛の馬が疾走していた。背には大鎧を着込んだ平安武将のような兵(つわもの)が一人。手には弓と二本の矢を握る。間合いを計って矢を番え、引き絞られた弓。それも一瞬、番えた矢は放たれる。一の矢が木の板をすぐさま二の矢が放たれすぐ隣の板を貫く。馬上の武者はすぐ背の打保(うつぼ)から矢を二本取る。集まった観衆の前に気を良くした武者はさらにしばらくおいた二つの板をみごとに矢で貫いてみせた。
 神社の奥の広場までたどり着いた馬上の武者は速度を緩め、境内に集まった観客がどっと沸くのに手を振って見せる。
「ああ、本当に隊長は何でもできるんですね」 
 鎌倉時代の徒歩侍を思わせる胴丸を着込み、頭には鳥烏帽子。手には薙刀を持たされている遼州保安隊実働部隊第二小隊三番機パイロットの神前誠(しんぜんまこと)曹長は観客に見送られて本殿の裏へと馬を進ませる保安隊隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐を見送った。
 誠も同僚達も遠い昔の鎧兜の姿で警備の警察官などが観衆を見回るのをぼんやりと眺めていた。それが24世紀の地球を遠く離れた殖民惑星での光景だなどとは思いもつかない。
「ああ、流鏑馬は嵯峨家の家芸だからな。ああ見えて茜や楓も同じことが出来るんだぜ」 
 そう言って笑うのは紺糸縅(こんいとおどし)の大鎧に大きな鍬形のついた兜の女武者。平安武将を思わせる姿の遼州保安隊実働部隊第二小隊の二番機担当、西園寺要大尉だった。
「しかし……」 
「なんだよ……てあれか?オメエが気にしているのは」 
 タレ目の要の目じりがさらに下がる。
 その視線の先には桜色の紐でつづられた盾が目立つ大鎧に鉢巻を巻いたエメラルドグリーンの髪をなびかせている第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉が椅子に座って麦茶を飲んでいた。すぐに要は優越感に浸りきったような表情でカウラに向かって歩み寄っていく。
「そんな格好で馬にも乗らずに時代祭りの行列。もう少し空気読めよ」 
 誠の所属する遼州同盟の司法局特別機動部隊の保安隊は、豊川神社の節分の時代行列に狩りだされていた。士官は基本的には馬に乗り、嵯峨の家の蔵にあるという色とりどりの大鎧を着こんで源平合戦を絵巻を演出していた。伝統を重んじる外惑星のコロニー国家の胡州帝国出身組の嵯峨や要にとっては乗馬など余技に過ぎないものだが、カウラ達東和出身組みには乗馬は難関であった。
「でも、本当にカウラちゃんは馬と相性が悪いわね」 
 そう言って近づいてきたのは保安隊運用艦、『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐だった。しかし、彼女の鎧姿には他の隊員のそれとは違って明らかに違和感があった。要はアイシャの頭の先からつま先までに視線を走らせた後大きなため息をついた。
 平安・鎌倉時代の武将を髣髴とさせる大鎧や胴巻き、鳥烏帽子を着込んだ隊員たちの中、一人で戦国末期の当世具足に十文字槍という姿は明らかに違和感があった。さらにその桃成兜(ももなりかぶと)の前面にはトンボを模した細工が際立って見えているのがさらに場の空気とは隔絶したものに誠からも見える。
 そんな格好をアイシャがしている理由はわかっていた。アイシャにそう言う知識が無いわけがない。誠は年末のコミケで彼女が原作を書いた源平絵巻物のBL漫画の絵を描かされていたのでよくわかっていた。自分の作品となれば小道具や歴史監修にすさまじいこだわりを見せるアイシャである。絵を描けと言われて教えられた平安武具のサイトの緻密なこだわりで頭がとろけそうになったことも今の格好がわざとであることを証明していた。
「おめえ、ちっとは空気読めよ。それにあちらの人達に誤解を与えるじゃねえか」 
 そう言って要が指を差すのは大鎧姿でお互い写真を取り合う第四小隊組み、ロナルド・J・スミス大尉、ジョージ岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の三人を指差した。米軍からの出向の彼等はまるで子供のようにカメラを構える東和陸軍と共通の保安隊の勤務服を着たレベッカ・シンプソン中尉と胴丸姿の西高志伍長の前で刀を抜いてポーズを決めている。
「いいじゃないの、私の趣味よ」 
 そう言って鎧をガチャガチャとゆすらせながら誠に近づくアイシャ。
「ジャンジャジャーン!」 
 そう叫び声を上げて急に誠に抱きついてきたのは同じく大鎧に兜を被った第一小隊三番機担当のナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。一見小学生に見える小柄なシャムだが重いよろいを着た誠にはさすがに堪える。
「あのー!重いんですけど」 
 誠は鎧姿で抱きついてきたシャムを押しのけようとするが、20kgはあろうかと言う鎧の重さについよろめいた。
「ここにいたのか」 
 二人がじゃれ付いているのを眺めながら黒糸縅の渋い大鎧を着込んだ美しい面差しの女性士官が現れる。嵯峨惟基隊長の双子の娘の妹、実働部隊第三小隊隊長嵯峨楓少佐である。そして当然のように付き従うのは彼女の愛人と噂になっている渡辺かなめ大尉。こちらは桜色の大鎧に烏帽子姿で楓に従ってくる。
「やはり似合いますね、要お姉さま」 
 そう言って楓は自然な風を装い要に手を伸ばそうとするが、要は逃げるように思い切り後ろに身を引いた。その姿を確認する楓の頬が赤く染まる。幼少のみぎり、要に散々いじられているうちにそれを愛と勘違いして一途に要を思い続けている楓。二人の関係は明らかに泳いでいる目をしている要と濡れた瞳でしつこく要の姿を嘗め回すように眺める楓を見ればすぐに想像がつく。周りでささやきながら要と楓を見比べている観光客を見ながら誠は大きくため息をつく。
「向こう行けよ。アタシはもうすぐ着替えるんだから……」 
 誘惑するような楓の視線から逃げようとする要だが、楓はあきらめようとはしない。
「それなら僕がお手伝いしますよ」 
 そう言って楓は要の後ろについていこうとする。
「だあ!オメエは誠の着替えでも手伝ってやれ。それにシャムとかカウラとか鎧の脱ぎ方もわからねえだろうから教えてやれ」 
 そう言うと一気に人ごみに飛び込んでしまう要。ガチャガチャと響く鎧の擦れる音だけが残される。
「神前君」 
 要にかけられた素直な言葉の色と誠に向かう氷のように冷たい言葉の温度に、いつものことながら誠は冷や汗を流した。明らかに敵意に満ちた楓の冷たい視線に誠は諦めだけを感じていた。
「はい!なんでしょう!」 
 こういう人種にはなぜかすぐに目をつけられる。誠は自分の不運を呪った。
「君は道場の跡取りだと聞いたからベルガー大尉とクラウゼ少佐の着替えを手伝ってやってくれ。僕はあの観光客気分の連中を何とかする」 
 そう言ってじゃれあうロナルド達に向かっていく楓。ため息をついてカウラとアイシャの顔を見る。誠は楓がどうも苦手だった。一部の整備員に「僕っ娘萌え」として人気のある彼女だが、要に苛められることに喜びを見出すと言う楓。要のサディスティックな好意と自称しての酒の強要や鉄建制裁がひたすら注がれている誠は完全に目をつけられていた。時々彼女の視線に殺気が混じっていることもあるくらいだった。