遼州戦記 保安隊日乗 番外編
「あのなあ、仕事中はちゃんと仕事してくれ。特にアイシャ。オメーは一応佐官だろ?それに運行艦と言う名称だが、『高雄』は一応クラスは巡洋艦級。その副長なんだぞ。サラとか部下も抱えている身だ。それなりに自覚をしてくれよ」
そう言うとランは再び端末の画面に目を移した。
「まあ、いいわ。つまり票が多ければいいんでしょ?それと……このままだと際限なく票が膨らむから範囲を決めましょう。とりあえず範囲は東和国内に限定しましょうよ」
「うん、いいよ。絶対負けないんだから!」
アイシャとシャムはお互いにらみ合ってから分かれた。シャムは自分の席に戻り、アイシャは部屋を出て行く。
「何やってんだか」
呆れたように一言つぶやくとランは再びその小さな手に合わせた特注のキーボードを叩き始めた。
『心配するなよ。オメーの女装はアタシも見たくねーからな』
誠の端末のモニターにランからの伝言が表示される。振り向いた誠にランが軽く手をあげていた。
「なんだか面白くなってきたな」
そう言って始末書の用紙を取り出した要がシャムに目を向ける。必死に何か文章を打っているシャム。その様子を面白そうに見つめる要。
「おい、賭けしねえか?」
誠の脇を手にしたボールペンでつついてきた要が小声で誠に話しかけてくる。
「そんなことして大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳ないだろうが!」
当然誠をいつでも監視しているカウラの一言。だが、それも扉を開いて入ってきた嵯峨の言葉に打ち消された。
「はい!シャムが勝つかアイシャが勝つか。どう読む!一口百円からでやってるよ」
メモ帳を右手に、左手にはビニール袋に入った小銭を持った嵯峨が大声で宣伝を始める。
「じゃあ、シャムに10口行くかな」
そう言って財布を取り出そうとする吉田。ランは当然厳しい視線でメモ帳に印をつけている嵯峨を見つめていた。
「ちょっと……隊長。話が……」
帳面を手に出て行こうとする嵯峨の肩に手を伸ばすラン。
「ああ、お前もやるんだ……」
そこまで言ったところで帳面を取り上げて出て行くラン。さすがの嵯峨もこれには頭を掻きながら付いていくしかなかった。
再びの沈黙だが主のいないロナルドの席を当然のように占拠してアイシャが端末で何か作業をしているのが誠にも見えた。シャムもまるで決闘でも始めそうな笑顔でちらちらとアイシャに目をやる。その頭には猫耳が揺れている。
「ふっふっふ……。はっはっは!」
アイシャが挑発的な高笑いをした瞬間、吉田はシャムを呼び寄せた。そして二人でしばらく密談をしたあと、不意に吉田が立ち上がった。それを見ると端末の電源を落としてロナルドの席から立ち上がり、気がすんだように伸びをしてそのまま部屋を出て行くアイシャ。それを横目にささやきあっていた吉田とシャムが立ち上がる。
「カウラ。ちょっと許大佐から呼び出しが……」
「いちいち許可は必要ないんじゃないですか?」
カウラは明華の名前が出てきている以上あまり強く言えなかった。
「じゃあ!」
吉田とシャムが部屋を出て行く。誰がどう見ても先ほどの賭けの件であることが分かるだけに、カウラの表情は複雑だった。とりあえず諦めて画面に向かった誠だが、一通のメールが運行部班長名義で到着していることに気づいてげんなりした。運行部班長はアイシャである。先ほどの吉田とシャムの動きを見ていればアイシャが動き出すのは当然と言えた。
『昼食の時にミーティングがしたいからカウラを連れてきてね。ああ、要は要らないわよ』
「誰が要らないだ!馬鹿野郎!」
隣から身を乗り出して誠の端末の画面を覗き込んでいた要が突然叫んだ。その大声に呆然とする楓と渡辺。隣で新聞を見ていたアンも要の顔をのぞき見ていた。
「もういーや。お前等も好きにしろよ!」
嵯峨を引き連れて戻ってきたランは諦めたようにそう言った。そとでピースサインをした嵯峨が帳面を手に戻っていく。その様子を見ていらだったような表情を浮かべていた要の顔色が明るくなった。
「それってさぼっても……」
「さぼってってはっきり言うんじゃねーよ。どうせ仕事にならねーんだからアイシャと悪巧みでも何でもしてろ!」
そう言って報告書の整理を続けるラン。要はすぐさま首にあるジャックにコードを挿して何かの情報を送信した後、立ち上がっていかにも悪そうな視線をカウラに送る。思わずカウラは助けを求めるようにランを見つめていた。
「クラウゼの呼び出しか?ベルガー、ついてってくれよ。こいつ等なにすっかわかんねーからな」
カウラは大きくため息をついてうなだれた。要とカウラは席を立った。要の恫喝するような視線に誠も付き合って立ち上がる。表を見た三人の目にドアの脇からサラが中を覗き込んでいるのが見えてくる。要が派手にドアを開いてみせるとサラが誠達に詫びを入れるように手を合わせた。
「ごめんね!誠ちゃん、カウラちゃん。アイシャがどうしてもって……」
通信主任、サラ・グリファン中尉。いつものように姉貴分のアイシャの暴走を止められなかったことをわびるように頭を下げる。
「それよりオメエが何でこっちの陣営なんだ?」
要はサラの後ろにいる島田に声をかけた。
「いやあ、あちらは居心地が悪くて……」
そう言い訳する島田だが、付き合っているサラに引き込まれたことは誠達には一目で分かった。
「どこで遊んでるんだ?アイシャは」
カウラの言葉にサラは隊長室の隣の会議室を指差した。三人はサラと島田について会議室に向かう。会議室の重い扉を開けるとそこは選挙対策委員会のような雰囲気だった。
何台もの端末に運行部の女性オペレーターが張り付き、携帯端末での電話攻勢が行われている。その中には技術部の小火器管理責任者のキム・ジュンヒ少尉や管理部の男性事務官の顔もあった。
「なんだ、面白そうじゃねえか」
そう言って要はホワイトボードに東和の地図を書いたものを見ているアイシャに歩み寄った。
「やはり吉田さんは手が早いわね。東部軍管区はほぼ掌握されたわね。中央でがんばってみるけど……ああ、来てたの?」
「来てたの?じゃねえよ。くだらねえことで呼び出しやがって!」
あっさりとしているアイシャに毒づく要。カウラも二人の前にあるボードを見ていた。
「かなり劣勢だな。何か策はあるのか?」
そう言うカウラを無視して誠の両肩に手をのせて見つめるアイシャ。そんなアイシャに頬を染める誠だった。そんな中アイシャはいかにも悔しそうな顔でつぶやいた。
「残念だけどやっぱり誠ちゃんはヒロインにはなれないわね」
「あのー、そもそもなりたくないんですけど」
誠はそう言うと頭を掻いた。そしてすぐにアイシャはパーラが手にしているラフを誠に手渡す。そこにはどう見てもシャムらしい少女の絵が描かれている。だが、その魔法少女らしい杖やマントは誠にはあまりにシンプルに見えた。
「これはナンバルゲニア中尉ですか?ちょっと地味ですね」
そう言った誠に目を光らせるのはアイシャだった。
「でしょ?私が描いてみたんだけどちょっと上手くいかないのよ。そこで先生のお力をお借りしたいと……」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直