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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 誠はその言葉の意味がわかるだけに目を潤ませて誠に視線を送るアンをゆっくりと後ずさりながら眺めていた。確かに上半身裸でシャツを着ようとするアンはとても華奢でかわいらしく見えた。そしてそれなりに目鼻立ちのはっきりしたところなどは『あっさり系美少年』と言われる西、そして『男装の麗人』楓と運行部の女性士官達の人気をわけていることも納得できる。
「魔法少女。がんばってくださいね」 
 そう声をかけてにっこりと笑うアン。誠は半歩後ずさって彼の言葉を聞いていた。
「そんな……決まったわけじゃないから。それにナンバルゲニア中尉の合体ロボ……」 
「駄目です!」 
 大きな声で叫ぶアン。誠は結ぼうとしたネクタイを取り落とした。
「ああ、変ですね……変ですよね……僕……」 
 誠は『変だという自覚はあるんだな』と思いながらもじもじしたままいつまでも手にしたワイシャツを着ようとしないアンから逃れるべくネクタイを拾うとぞんざいにそれを首に巻こうとした。
「気がつきませんでした!僕が結んで差し上げます」 
 そう言って手を伸ばしてくるアンに誠は思い切り飛びずさるようにしてその手をかわした。アンは一瞬悲しそうな顔をするとようやくワイシャツに袖を通す。
「でも一度でいいから見たいですよね……先輩の……」 
 誠が考えていることは一つ。更衣室から一刻も早く抜け出すこと。誠はその思いでネクタイを結び終えるとすばやくハンガーにかけられた制服を手にして、ぞんざいにロッカーからベルトを取り出す。
「そんなに……僕のこと嫌いですか?」 
 更衣室の扉にすがり付いて飛び出した誠の背中に向けてつぶやくアン。
「いや……その……」
 誠の背筋が凍った。仕方なく振り返るとそこには明らかに甘えるような視線を誠に向けるアンがいる。誠は戻って震える手でロッカーを閉めようとするが、アンはすばやくその手をさえぎった。そして左の手に長いものを持ってそれを誠の方に向ける。
「ごめんなさい!わ!わ!わ!」 
 誠は思わずアンに頭を下げていた。だが、アンが手にしていたのは誠の常備している日本刀、鳥毛一文字だった。黒い鞘に収められた太刀が静かに誠の腰のベルトに釣り下がるのを待っていた。
「これ、忘れてますよ」 
 アンはそれだけ言うとにっこりと笑う。誠はあわててそれを握ると逃げるように更衣室を飛び出した。
「廊下は走るんじゃないよー」 
 いつものように下駄をからから鳴らしながらトイレに向かう嵯峨の横をすり抜けると、誠はそのまま実働部隊の控え室へと駆け込んだ。


 突然魔法少女? 7


 肩で息をしながら誠は実働部隊の待機室に飛び込んだ。ようやく落ち着きを取り戻した詰め所の端末に座る隊員達。明らかに呆れたような視線が誠に注がれる。
「どうしたんだ?すげえ汗だぞ」 
 椅子の背もたれに乗りかかりのけぞるようにして入り口の誠を見つめて要が聞いてくる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら彼女の隣の自分の机に到着した。
「慌ててるな。ちゃんとネクタイとベルトを締め直せ。たるんでるぞ」 
 カウラは目の前の目新しい端末を操作しながら声をかけてくる。
 誠は周りを見渡しながらネクタイを締め直した。楓と渡辺がなにやら相談しているのが見える。そして当然のことながらアンの席は空いていた。吉田とシャムが席を外しており、退屈そうにランが目の前に広げたモニターの中で展開されている模擬戦の様子を観察していた。
「すいません、遅れました」 
 おどおどと入ってくるアンが向ける視線から避けるように誠は机にへばりつく。第三小隊設立以降、毎朝このような光景が展開されていた。
「退屈だねえ」 
 そう言って肩をくるくるとまわす要にランの視線が注いがれている。
「なら先週の道路の陥没事故の報告書あげてくれよ」 
 ランの一言に振り向いた要が愛想笑いを浮かべている。
「おい、神前。豊川東警察署から届いた調査書はお前のフォルダーに入れてあったんだよな」 
 そう言いながら端末をいじる要。明らかにやる気が無いのはいつものことだった。誠は仕方なく自分の端末を操作してフォルダーのセキュリティーを解除した。
「サンキュー」 
 言葉とは裏腹に冴えない表情の要。カウラの要に向ける視線が厳しくなっているのを見て、誠はまたいつもの低レベルな口喧嘩が始まるのかと思ってうつむいた。
「諸君!おはよう!」 
 妙に上機嫌にシャムが扉を開く。その後ろに続く吉田は明らかにシャムに何かの作業を頼まれたと言うような感じで口笛を吹きながら自分の席につく。
「何かいいことでもあったのか?さっきは端末覗いたと思えば飛び出して行きやがって」 
 ランの言葉に一瞬頷こうとしてすぐに首を振るシャム。
「アイシャに続いてオメエ等まで馬鹿なこと始めたんじゃねえだろうな」 
 要が退屈を紛らすためにシャムに目を向ける。そんな要を見つめるカウラの視線がさらに厳しいものになるのを見て誠はどうやれば二人の喧嘩に巻き込まれずに済むかということを考え始めた。
 そんな中、乱暴に部屋の扉が開かれた。
 駆け込んできたのはアイシャだった。自慢の紺色の長い髪が乱れているが、そんなことは気にせずつかつかと吉田の机まで進んできて思い切りその机を叩いた。
「どういうことですか!」 
 アイシャのすさまじい剣幕に口げんかの準備をしていた要がアイシャに目を向けた。
「突然なんだよ。俺は何も……」 
「何で在遼州アメリカ軍からシャムちゃん支持の大量の投票があったかって聞いてるんですよ!」 
 アイシャの言葉に部屋は沈黙に包まれた。呆れる要。カウラは馬鹿馬鹿しいと言うように自分の仕事に集中する。ランは頭を抱え、シャムはにんまりと笑みを浮かべていた。
「別に……、あっそうだ。うちはいつでもアメリカさんの仮想敵だからな。きっと東和の新兵器開発については関心があるんじゃないか?」 
 表情も変えずにそう言う吉田に再びアイシャが机を叩いた。部屋の奥の楓と渡辺が何をしているのかと心配するように視線をアイシャに向ける。
「怒ることじゃねえだろうが。ったく……」 
 そこまで言った要だが珍しく真剣な表情のアイシャが顔を近づけてくると、あわてたように机に伏せた。
「よくって?この豊川に基地を置く以上は皆さんに愛される保安隊になる必要があるのよ!だからこうして真剣に市からの要請にこたえているんじゃないの!当然愛される……」 
「こいつを女装させると市役所から褒められるのか?」 
 頬杖をつきながらつぶやいたカウラ。何気ない一言だが、こういうことに口を出すことの少ないカウラの言葉だけにアイシャは一歩引いてカウラの顔を見つめながら乱れていた紺色の長い髪を整えた。
「そうだ!マニアックなのは駄目なんだよ!」 
「シャムちゃんに言われたくないわよ!」 
 いつの間にか猫耳をつけているシャム、それに言い返そうと詰め寄っていくアイシャ。
「オメー等!いい加減にしろ!」 
 要と同じくらい短気なランが机を叩く。その音を聞いてようやくアイシャとシャムは静かになった。