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遼州戦記 墓守の少女

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 嵯峨がわざわざ追放された故郷に帰ってくるのに郷愁と言う理由は曖昧に過ぎた。彼はどこまでも軍人だった、それも戦略を練る政治家としての顔さえ垣間見えるような。情で動く人間とは思えない。嵯峨とは相容れないゴンザレスと言う男の政権でどれほどの人間が傷つこうが彼には他人事でしかない。その濁った瞳にはすべての出来事が他人事にしか映っていないはずだ。クリスはそう確信していた。
 クリスは思い出していた。嵯峨惟基がかつて胡州の国家改造を目指す政治結社の創立メンバーの一人であったことを。そして陸軍大学校時代、嵯峨は既得権益を握った貴族制度が国家の運営にいかに多くの障害となると言う論文を発表し新進気鋭の思想家として胡州の若手将校等の支持を得ていた人物であるということ。
 しかし、彼は結婚の直前、自らの著作をすべて否定する論文を新聞に発表し論壇を去った。彼の以前の過激な思想に不快感を持っていた胡州陸軍軍令部は彼を中央から遠ざける為、東和共和国大使館付きの武官として派遣した。それ以降、彼は決して自らの思想を吐露することを止めた。
 この取材に向かう前に嵯峨と言う人物を知るために集めた資料からそのような嵯峨という人物の過去を見てきたクリス。そして今の仙人じみたまるで存在感を感じない嵯峨と言う人物の現在。そう言った嵯峨の過去を目の前の部下達が知っているかどうかはわからない。だが、今の嵯峨にはかつての力みかえった過激な思想の扇動者であった若手将校の面影はどこにも無かった。そして彼の部下達はただ嵯峨を信じて彼の実力に畏怖の念を感じながらついてきている。
「だから、二式の性能でM5はどうにかなる相手なの?」 
 ぼんやりと考え事をしていたクリスの目の前でルーラがキーラを問い詰めていた。
「確かにM5はバランスは良い機体よ。運動性、パワー、火力、格闘能力。どれも標準以上ではあるけど、ただアメリカ軍のように組織的運用に向いている機体だから南部基地みたいに指揮系統が突然変更されたりする状況ではスペックが生かせない可能性が高いと言ってるのよ」
「吉田少佐にはそのような希望的観測で向かうべきじゃないですよ。百戦錬磨の傭兵だ。甘く見れば逆に全滅する」 
 キーラの言葉をジェナンがさえぎった。
「ずいぶん弱気ね」 
 つい口に出したというライラの言葉にルーラが目を向ける。
「そうじゃないわよ!ルーラが言ってるのはちょっと急ぎすぎじゃないかと……」 
「やはりびびってるんじゃないの」 
 ルーラとライラがにらみ合いを始めた。きっかけを作ったキーラとジェナンはただ二人をどう止めるべきか迷っていた。
「ったくなんだって言うんだ……」 
 そこに入ってきたのは飯岡だった。彼はタオルを首からさげながらぶつぶつとつぶやいて空いたパイプ椅子に腰掛ける。
「なにか会ったんですか?飯岡さん」 
 話題を変えようとキーラは飯岡に話を投げた。
「ああ、見慣れない団体が会議室の周りにうろちょろしてるんだ。帯刀している士官風の奴も居たからあれは胡州浪人だな。なんだって今頃そんな奴等が……」 
 そう言うと飯岡は目の前にあった飲みかけのセニアの冷めたコーヒーを飲み干した。
「あーあ」 
 ルーラがそれが御子神の飲んでいたコップだと気づいて声を上げる。
「御子神さんに教えておこう」 
「ガサツなんだから本当に」 
 レム、キーラが飯岡の手にあるカップを見つめる。
「なんだよ!喉が渇いたんだから仕方ないだろ!」 
 言い訳する飯岡だが、クリスは彼の言葉に興味を持っていた。
「見たことの無い胡州の軍人?」 
 逃げるように彼女達から視線を反らした飯岡に尋ねた。
「ああ、文屋さんなら心当たりあるかな?一応、人民軍の制服は着ていたが、どうも北天の連中とはまとってる空気が違う。それに楠木の旦那と話をしていたから隊長の関係者だと思うんだがな」 
 今度は誰も手にしそうに無いのを確認してから机の上の団扇で顔を扇ぎ始めた飯岡。
「胡州陸軍遼南派遣公安憲兵隊。前の戦争でゲリラ掃討で鳴らした嵯峨惟基の部隊だ」 
 それまで黙って飯岡の話を聞いていたジェナンが放った言葉は周りの空気を凍らせる意味を持っていた。
「でもそれってそのまま隊長の下河内連隊に再編成されて南兼戦線で全滅したはずじゃあ……」 
 キーラのその言葉にジェナンは静かに後を続けた。
「公安憲兵隊は市街地戦闘でその威力を最大限に発揮する部隊なんだ。確かに上層部の恣意的な人事で嵯峨や楠木と言った幹部はそのまま下河内連隊に再編成されて全滅したけど多くはそのまま胡州の占領地域でのゲリラ狩りや国内の不穏分子の摘発に回されたと聞いている」
 ジェナンの言葉には妙に彼らしくない自信のようなものがあった。まるで昔そう言う連中に追い回された経験者のような言葉の抑揚にクリスはすぐに気がついた。 
「つまり幹部連から引き離された兵隊達が隊長を慕って加勢に来たって話ですか?」 
 レムの言葉にジェナンは頷いた。
「公安憲兵隊はそのやり口で一兵卒に至るまで戦争犯罪者として指名手配がかかっている。つまり彼らには頼りになるのは嵯峨惟基という人物しかいない。元々大貴族の私領として拡大した胡州星系のコロニー群。閉鎖的なその環境なら戦争犯罪人を多量に抱え込むことなんて造作も無いことだ。そうじゃないですか、ホプキンスさん」 
 ジェナンに話題を振られたクリスは静かに頷いた。
「次にあの人物がどう言う行動を取るか。それを僕は見定めるつもりだ」 
 そう言うと彼は静かに話を聞いていたライラに視線をあわせた。ライラはジェナンの瞳がいつもと違う光を放っているのを見て少し困惑した。
「そうなんだ。ふーん」 
 いつの間にか存在を忘れられていたシャムと熊太郎が冷蔵庫からアイスを取り出して食べている。
「おい、なんで熊連れてるんだ?ここは人間の……」 
 思わず愚痴る飯岡。
「フウ!」 
 熊太郎のうなり声で驚いたように飯岡が後ずさる。
「しかし、そうなると隊長は市街戦を行うことを考えてるってことなのかしら。でも、北兼南部基地は市街地からかなり離れているわね。隣の普真市はそれほど大きな町でもないし、戦略上はただ北兼台地の中心都市、アルナガへの街道が通っているだけだし……」 
「いや、わかったような気がする」 
 嵯峨の意図を測りかねているルーラに対し、ジェナンははっきりとそう答えた。
「どう言うこと?」 
「今は言えないな。ホプキンスさんの目もある」 
「君は僕の事を信用していないと言うことか」 
 その言葉に静かにジェナンは頷く。
「当たり前でしょ?あなたはアメリカ人だ。遼州に介入を続ける政府の報道関係の人物を信用しろと言うほうが無理なんじゃないですか?」 
 ジェナンは鋭い視線をクリスに向けながら笑った。
「そうだよね。ホプキンスさん。すいませんが席外してくれますか?」 
 珍しくレムがまじめな顔をしてそう言った。
「シャムちゃん。一緒にお墓参りしてきたら?これからたぶん忙しくなるから暇が無いわよ」
 ルーラは食べ終えたアイスのカップをシャムから受け取って流しに運ぶ。
「クリス……」 
 少し表情を曇らせながら仲間を見やるキーラが居る。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直