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遼州戦記 墓守の少女

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「ああ、周少将のイギリス趣味は有名だから。紅茶はすべてインド直送。趣味がクリケットと乗馬と狐狩り。まあ遼北の教条派が粛清に動いたのもその辺の趣味が災いしたんでしょうね」
 明華はそう言うと再びチェックリストに集中し始めた。
「なんかにぎやかだな」 
 そう言いながら入ってきたのはセニアだった。
「コーヒーなら予約は一杯よ」 
 キーラの言葉にセニアは淡い笑みを浮かべる。
「シャムも飲むのか?」 
「アタシはココア!」 
「だからココアはもう無いの!」 
 やけになって叫ぶキーラの声にシャムは困ったような顔をしてクリスを見上げた。
「あのー静かにしてくれないかな?」 
 そう言ったのは一人二式の仕様書を読み続けていた御子神だった。ジェナンとライラと言えば、呆然と人造人間と明華、シャムのやり取りを見つめていた。
「はい!入ったわよ」 
 そう言うとキーラは明華、クリス、レム、ルーラ、御子神、ジェナン、ライラそして自分のカップを並べた。
「私のココアは?」 
「だから無いんだって!」 
 しょんぼりと下を向くシャム。
「すみませんねえ」 
 ジェナンはそう言うとコーヒーをすすった。
「あの……」 
 ライラはカップを握ったまま不思議そうにキーラを見つめた。
「そう言えば東モスレムにはあまり私達みたいなのはいないらしいわね」 
 キーラのその言葉にレム、ルーラ、そしてセニアがライラに視線をあわせる。
「確かにあまり見ないですし、もっと感情に起伏が無いとか言われていて……」 
「酷いわねえライラちゃん。私達だって人間なのよ。うれしいことがあれば喜ぶし、悲しいことがあれば泣くし、まずいコーヒーを飲めば入れた人間に文句を言うし……」 
「レム。文句があるならもう入れないわよ」 
 カップを置いてキーラがレムをにらみつける。
「レムさんの言うとおりだ。ライラ。偏見で人を見るのはいけないな」 
 ジェナンはそう言うと静かにコーヒーをすする。
「いいこと言うじゃないの、ジェナン君。それに良く見ると結構かっこいいし……」 
「色目を使うなレム!」 
「なに?ルーラちゃんも目をつけてたの?」 
「そう言う問題じゃない!」 
「あのーもう少し静かにしてもらえませんか?」 
 レムとルーラのやり取りとそれにかみつくタイミングを計っているライラの間に挟まれた御子神が懇願するように言った。
「無駄じゃないの。こんなことはいつものことじゃないの」 
 平然と機体の整備状況のチェックシートをめくりながら明華はコーヒーをすすっていた。
 そこにドスンと引き戸が叩きつけられる音が響く。
「ぶったるんでるぞ!貴様等!」 
 そう叫んで入ってきたのは飯岡だった。ランニング姿のまま机の上のタオルで汗を拭う。
「あ!それ私の!」 
 レムの言葉にタオルを眺める飯岡。
「別にいいだろうが!ランニングから帰ってきたところだ。汗をかくのが普通だろう!」 
「それじゃあ雑巾にしましょう」 
「リボンズ!俺に喧嘩売ってるのか!」 
 怒鳴りつけた飯岡だが、彼を見つめる視線の冷たさに手にしたタオルを戻した。
「それじゃあシャワーでも浴びるかな……」 
「ここにもシャワーあるよ」 
 シャムの一言に口元を引きつらせる飯岡。
「うるせえ!俺は本部のシャワーを浴びたくなったんだ!」 
 そう言うとそのまま飯岡は出て行った。
「全く何しにきたんだか……」 
 コーヒーをすすりながらチェックリストの整理が終わった明華が立ち上がる。
「すいません、ちょっと聞きたいんですけど……皆さんは何で戦ってるんですか?」 
 突然のジェナンの言葉に明華は視線を彼に向けた。
「私は任務だからよ」 
 そう言うと明華はチェックリストを手に出て行く。
「私は何かな……」 
 言われた言葉の意味を図りかねて天井を見上げるレム。ルーラも答えに窮してとりあえずコーヒーを啜っている。
「私はね。騎士だからと思っていたけど……」 
 そう言うとシャムは腰に下げている短剣に目をやった。そして力強く言葉を続けた。
「もうね、出しちゃ駄目なんだよ。私みたいにおとうを殺されたり、熊太郎みたいにおかんを殺されたり。もうそんなことが繰り返されちゃ駄目なんだ。だから戦うんだよ。もう私達みたいな悲しい子供ができない為に」 
 そう言うとシャムは腰の短剣の柄に手をかけた。
「君は強いんだな」 
 ジェナンはそう言うと下を向いた。ライラが心配そうに彼に寄り添うように立つ。
「いいわねえ、ジェナン君には彼女が居て。あーあ私も素敵な彼氏が欲しいなあ」 
「私では駄目なのかね?ルーラ君」 
 レムはそう言いながらルーラの顔に手を伸ばそうとする。ルーラはその手を払いのけた。
「何をやっているんだか……」 
 呆れたセニアの言葉にじりじりと地味な笑顔を浮かべたレムとルーラが近づいていく。
「そう言うセニアはどうなのよ。やっぱり隆志君一筋?」 
「俺がどうかしましたか?」 
 悪いタイミングで仕様書から目を上げた御子神。全員の視線が彼に集中する。
「何でしょうか?」 
 自分が話題の中心になっていることを知らない御子神隆志中尉は鳩が豆鉄砲を食らった表情だった。
「ニブチン!」 
「最低!」 
 レムとルーラにけなされて、何のことかわからずに首をかしげる御子神。そこに入ってきたのはシンだった。彼は微妙な控え室の空気を観察しながらクリスに目で訪ねてきた。
「ジェナン君が何の為に戦っているのかって話題を出したんですよ」 
「なるほど、ジェナンらしいな。俺は信念のために戦っているな。モスレムの同胞の苦しみ、ゴンザレスの圧制への人々の叫び。それに俺なりに出来ることがあると思って東モスレムにやってきた」 
 シンはそう言い切るとセニアと御子神を見た。
「ブリフィス大尉、御子神中尉。嵯峨隊長がお呼びだ。南部基地攻略作戦の会議だ。急ぐように」 
 そう言うとシンはすぐに去っていく。
「動きが早いな。さすがに百戦錬磨の指揮官ではないというところだろうな」 
 ジェナンはそう言いながら爪を噛んだ。すぐさまライラの右手が飛んだ。
「ジェナン!その癖みっともないわよ」 
「それじゃあ行って来るわ」 
「僕も……」 
 立ち上がったセニア、仕様書を机に投げて後を追う御子神。
「お熱いわねえ。そう思いませんか?ホプキンスの旦那」 
 ニヤニヤと笑いながらレムがクリスに話しかけてきた。
 セニアと御子神が出て行くのを見守るクリス達。
「それにしても早いわね展開が……」 
「たぶんここまでの手順は嵯峨中佐は準備していたみたいだよ」 
 クリスのその言葉にジェナンとライラは頷いた。
「本当に?あの人一体何手先まで読んでるの?」 
「相手が投了するまでじゃないの?」 
 ルーラの叫びにレムが淡々とこたえた。そんなレムの言葉にクリスは共感していた。
『あの御仁なら、そこまで考えていなければ戦争を始めたりしないだろうな』 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直