遼州戦記 墓守の少女
「そうかもしれませんね」
そう言いながらクリスは立ち上がると、よく事態が飲み込めていないシャムにつれられて控え室を出た。
「ああ、また組み立てるんだね」
シャムが立ち働いている菱川の青いつなぎの技術者の群れを眺めた。冷気が開いていくコンテナから流れ出し、ハンガーを白い霧に包んでいく。フレームだけになったカネミツには検査器具を持った技術者が群がり、再び組み立てを待っている。
「あれって大変そうだよねえ。動かすたびにああやって組み立てないといけないんでしょ?」
シャムにそう言われてクリスは黙って頷いた。カネミツは嵯峨にしか扱えない機体だと聞いていた。それがくみ上げられるということは嵯峨が出撃することを意味している。正面から決戦を挑む。クリスにはその覚悟のようなものをくみ上げられるカネミツから感じていた。
従軍記者の日記 22
ゲリラが去り、難民が去った本部前のテントは手の空いた歩兵部隊と工兵部隊の手でたたまれている最中だった。
「元気だねえ!」
「今度、あんぱんあげるからな!」
シャムを見つけた兵士達が声をかけるのに笑顔で手を振って答えるシャム。
「人気者だね」
「まあ、これが人望と言うものだよ……うん」
シャムは腕組みをして頷いている。おそらく誰かに吹き込まれたのだろう。笑顔のシャムを熊太郎が後ろから突いた。
「こら!」
シャムは熊太郎に声を上げるが、熊太郎は身を翻すと、そのまま急な坂を上り村の中心へと駆け上がっていく。シャムはそれを追って走り始める。戦闘服や作業着の兵士達の中で、黒に色とりどりの色で刺繍を施した民族衣装を着ているシャムの姿がいつの間にか自然に思えていることに気付いてクリスは笑っていた。人間は慣れて行くものだ。キーラ達人造人間もいつの間にかこんな生活に慣れてきている。
そう考えて歩いているクリスの前の砂利道の傾斜が緩やかになり、そして平らになる。いつものように目の前には墓の群れが広がる。その前で笑いながら追いかけっこを続けるシャムと熊太郎。
「少なくともこれはあんまり見たい光景じゃないな」
粗末な墓を見ながらクリスは独り言を言った。中心の墓。それはシャムの義理の父親、ナンバルゲニア・アサドの墓である。遼南帝国最後の輝きを放った名君ムジャンタ・ラスバ大后の治世、北方遊牧民に生まれたアサドは軍に志願。遼州で発見された古代遺跡の中に見つかった人型兵器のレストアされた『人機』、後のアサルト・モジュールの精鋭部隊『青銅騎士団』の団長となった。
だが、それは短い栄光にしか過ぎなかった。
今から二十九年前、ラスバは一人の遼州人の自爆テロにより急逝した。一説にはそれは彼女の長男である第三十四代皇帝ムジャンタ・ムスガの差し金とも言われた。ムスガは母から見放され、廃嫡されて東宮の位を息子のラスコーに奪われていた。そんな彼にラスバの急激な改革に既得権益を脅かされていた保守勢力が近づいたのは自然の流れだった。
央都に帝位を継いだラスコーの政権が立つと、遼南の東部の山岳地帯を地盤とする花山院家や南にアメリカ軍基地を抱えて独自の地球との関係を持つブルゴーニュ侯はラスバが重用した人材の排除に奔走した。その中にアサドの名もあった。資料では青銅騎士団の団長を罷免されてからのアサドの消息はまるで無かった。
クリスの目の前にはその運命に翻弄された騎士が眠っていた。その娘、シャムは元気に遊んでいた。夕方と呼ぶにはまだ早い太陽が照りつける。クリスに気付いたシャムは熊太郎と一緒にクリスの隣に立った。
「お参りするの?」
静かに訪ねてくるシャムの帽子がずれているのに気付いて、クリスはそれを直してやった。
「おとうが見てるからね。それにグンダリも」
「グンダリ?それは君の刀の名前じゃないのか?」
クリスのその言葉に静かに視線を落としてしまうシャム。彼女は隣の墓を指差した。
「これがグンダリの墓。アタシの初めての友達」
シャムの瞳が潤んでいるのがわかった。
シャムは腰の帯から刀を抜いた。彼女の140cmに満たない身長にちょうど良く見える小ぶりな剣である。
「クリス達が来た森あるでしょ?」
シャムは北に見える森を眺めた。クリスも釣られてその深い緑色の山を見上げた。
「アタシはねずっとあの森で一人で居たんだ」
「どれくらい……」
そう言いかけたクリスを制するようにシャムは言葉を続けた。
「数えたこと無いからわからないくらい長い間ずっと一人だったの。昔ね、女王様からこの森を守るように言われて、ずっと一人でいたんだ。それが当たり前だと思っていたし、困らなかったからね」
シャムはそう言いながら剣を撫でた。
「でもある日、おとうに会ったんだ。おとうは怪我をしていたんだよ、足を挫いたって言ってた。アタシは看病してあげたんだ。そしたらうちに来ないかって言われて。でも約束があるからって言ったんだけど、寂しいだろって言われて……」
「寂しかったのかい?」
そんなクリスの言葉に、静かにシャムは頷いた。
「それでこの村に来たの」
クリスはシャムの言葉に当時のこの村の姿に思いをはせた。見慣れた山岳民族の部落である。遼州羊やジャコウウシが群れを成して歩き回り、子供が笑い、女達が機を織るありきたりな村。そんな村の暮らしがあったのだろうということは、壁が崩れ、柱が倒れ、屋根が抜けた民家の残骸を見れば簡単に想像がついた。
「村でね。はじめは誰もあたしと喋ってくれなかったの。鬼だとか魔物だとか。会うときは笑っているんだけど、おとうのいない所ではみんなおとうの気まぐれだって笑ってたんだ。みんなアタシが一人でいると逃げ出しちゃうし……」
「でも友達が出来たんだろ?」
クリスが水を向けてやると、シャムの顔に笑顔が戻った。
「グンダリは違ったから、他の子供とは。アタシが笛を落として泣いていたんだよ。そしたら『これ、アンタのだろ?』って。それで一緒に話すようになったんだ」
腰の横笛を撫でてシャムは笑う。
「グンダリは村長の娘だったんだ。いろんなことを教えてくれたよ。テレビを見せてくれたのもグンダリだったんだ。村にはテレビは村長の家と学校にしかなくて。学校のテレビは触っちゃいけないって言われてたけど、グンダリのテレビはアタシも見てもいいって言ってくれたんだ」
嬉しそうに話すシャムの姿にクリスは釣られるようにして微笑んだ。
「でもね。三度目の春を迎えた時、兼都に落ち延びられたラスコー陛下が挙兵なさると言うことで大人はみんな銃を持つようになったんだ。おとうもクロームナイトを持ってきて北兼王に従うって言ってたんだけど……」
そこまで話したところでシャムは下を向いてしまった。
央都を遼北軍に急襲され進退窮まったムジャンタ・ラスコーは父ムスガの治世に不満を持つ軍人・官僚に担がれて北兼の独立を宣言し、事実上の謀反を起こした。遼南皇帝ムジャンタ・ムスガは軍備の増強に努める遼北の侵攻を恐れるあまり、制圧を優先して非道とも言える作戦を取った。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直



