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遼州戦記 墓守の少女

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 滑らかに振り下ろされた斧は的確に原木の中心に振り下ろされ、みごとな薪が出来上がる。
「君、慣れているねえ」 
「うん!」 
 シャムは褒められて嬉しそうに笑った。
「じゃあ、君のやり方を参考にさせてもらうよ」 
 シンはそう言うとシャムから斧を受け取った。
「そう言えば食事はどうしたんですか?」 
 キーラが椀を空にするとジェナンに声をかけた。
「ああ、シン少尉はラマダンの最中だからと言うことで夜明け前に食べたいと言うことでもう済ませたよ」 
「まあ、ジハードの間は断食の中断も許されているんだが、共和軍には大規模な動きも無さそうだからね。中央戦線で一進一退の攻防戦が展開している今、南都軍閥もそちらに出動中。静かなものですよ」 
 シンは照れ笑いを浮かべながら斧を振り下ろす。
「大変ですねえ」 
「そうでもないさ、ようは慣れだよ」 
 シンが斧を振り下ろすが、また中心を離れたところを叩いて原木は草叢に転がった。
「やっぱりシャムちゃんのようには行かないな」 
 シンはそう言うと、原木を取りに草叢に歩いた。
「いつまでそうしているつもりだ?」 
 シンは原木を拾いながら手に薪を持ったまま立ち尽くすライラに声をかけた。その視線は厳しくクリスをにらみつけている。
「お前の仇は嵯峨中佐だろ?ホプキンスさんは関係無い」 
「そうですか?この人の記事一つで、あの人でなしは救国の英雄になるかもしれない」 
「それがどうした」 
 シンは原木を抱えたままライラをにらみつけた。
「英雄ってのはな、敵から見れば悪魔のように見えるものだ。あらゆる人を救うなんてことが出来るのは神だけだ。あの人もどこまで行っても人間なんだ。こうして軍に属して戦うことになれば敵には恨みを抱かれる」 
「でもあの男がしたのはだまし討ちですよ!花山院直永に売られた父上を……」 
 シンは食って掛かるライラから離れて、再び手にした原木を台の上に乗せた。
「しかし、おかげで東海の戦いでは難民は生まれなかった。こう言う悲劇が起きなかったということで評価するべきだ。俺は少なくともそう思っているよ」 
 そう言ってシンは斧を振り下ろした。今度は芯を捕らえた斧が原木を真っ二つに裂いた。
「確かに緒戦の奇襲で気弱な軍閥指導者の花山院直永を怯えさせ、そこにつけこんで主君を差し出せと迫ったやり方はきれいとは言えないがな」 
 そう言うとシンはもう半分に割ろうと斬った薪を立てる。
「だが、それが結果として被害を最小にする方策だったのは事実だ。それは認めてやるべきだと俺は思うがな」 
「でも……」 
 ライラの声を後ろに聞きながらシンは再び斧を振り下ろす。
「納得できないのはわかるよ。いや、納得できる方がどうかしてる。だが、俺が言いたいのは今は敵討ちよりもするべきことがあるんじゃないかってことだ」 
 割れた薪を拾うとそのままシンは一輪車の荷台に薪を放り投げた。
「ちょっとライラ、気分転換だ。コイツを鍋のところまで運んでくれ」 
 ライラは不服そうな顔をしながら一輪車に手を伸ばす。
「手を貸すよライラ」 
「いいわよ、こんなものくらい一人で……きゃあ!」 
 ジェナンの助けを断ってぞんざいに伸ばしたライラの手が一輪車のバランスを崩して薪を散らばらせる。
「ほら、言わんこっちゃ無い」 
 ジェナンは一輪車を立てる。そして二人は薪を拾い始めた。
「仕事増やしてどうするよ」 
 シンはそう言うと自分で原木の山に手を伸ばして、ちょうどよさそうな薪を台の上に乗せた。
「しかし、これからどんな手を打つつもりなのかな、あの御仁は」 
 そう言うと森の中では異物のようにしか見えない保養所だった本部ビルをシンは見上げた。
「英雄を必要とする時代は不幸だと言うが、その通りかもしれませんね」 
 ライラとジェナンが薪を運んでいった後で、ようやく一息ついたシンはそう言いながら斧を地面に置いた。クリスもキーラも食事を終えて、椀を片手に座っていた。
「あなたは嵯峨と言う人物を英雄だと思いますか?」 
 クリスのその言葉に、タバコに火をつけたシンは含みのある笑顔で答えた。
「英雄と言うのが時代を変える人材と定義するのなら、彼は間違いなく英雄ですよ。北天の包囲戦で見せた彼の共和軍に対する調略活動の腕前は軍政家としての彼の本領を見せたようなことになりましたしねそれに失敗していれば我々も出会うはずも無い。北兼軍はアメリカ軍に、三派は共和軍に追い詰められ、私は良くてテロリストとして永久指名手配。悪ければ神の国に導かれていた」 
 満足げに言ったシンがすっかり日が昇った空を見上げている。所詮はゴンザレスの配下の第一軍団に対する恐怖で動いている各州の部隊指揮官の弱みを突いての嵯峨による切り崩し。これにより統率を欠いた部隊に以前から気脈を通じていた南部三県出身の指揮官を抱きこんで北天包囲部隊を背後から奇襲し敗走させた嵯峨の知略は現在の共和軍の劣勢と言う状況を作り出した。その事実を知るだけにクリスはシンと言う東モスレムの将校と言う第三者の立場で嵯峨をどう見るかが気になっていた。
「ゴンザレス大統領は北天包囲戦ですべてが終わると思っていたが、直下の精鋭部隊を投入しなかったのが裏目に出たと言うことでしょう。現在は地球の同盟軍に支えられている共和軍の支配地域もどれだけ陥落までの時間を稼げるか、そして自国の兵の損害はどれくらいかと本国の首脳陣の頭をなやませている状況なんじゃないですか」 
 クリスは手にした椀を握り締めて髭面の青年士官を見つめる。名の知れた戦術家であるシンも嵯峨と言う男をこき下ろすことなどできないようだった。
「そしてこんな状況を舌先三寸で作り上げた人間がいる。彼が英雄ではないわけは無い」 
 シンはそこまで言うといつの間にかくわえていたタバコから煙を吐き出す。
「ですがね、あの人は英雄とは呼ばれたくないらしい」 
 静かにクリスの顔を見つめるシンの言葉は続く。
「ライラの肩を持つわけではないが、あの人のやり方は時に冷酷で悪意に満ちている。この難民の移動も彼の策謀の結果かと私は疑ってますよ。出来すぎているようにやってきた東和空軍の動きを見ても、あの人物がすべてのシナリオを書いたのは明らかだ。人の不幸を利用するやり口はいつか行き詰る」 
「確かにそれはそうかもしれませんね」 
 手にした椀を転がしながらキーラはそう漏らした。
「私は思うんですが、あの人は自滅したがっているんじゃないですか?」 
 クリスのその言葉にシンは静かに頷いた。
「確かにそれは言えるかもしれない。あの人とは昨日かなり長い時間話しこんだわけですが、時折、遠くを見ているようなところがあるんですよ。まるで心に穴でも開いてるような目で遠くを見る。私などそこにいないかのようにね。……それにあの人は守りたいものを守れなかった人だ」 
 シンの言葉、それは嵯峨の妻エリーゼの死をさしていた。義父を狙ったテロで、胡州の空港に降り立ったとたん暗殺された愛妻。東和の武官から戦地の憲兵部隊へ配置転換されることに伴って分かれて帰国させた家族を襲った悲劇。嵯峨の自虐的な笑顔はそこから生まれてきているのかもしれないとクリスは思った。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直