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遼州戦記 墓守の少女

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 嵯峨は明らかに別所に敵意を向けていた。緊張感が無いのはいつものことだが、言葉尻が投げやりなのはその証拠だとクリスもわかっていた。
「人民軍の北兼軍閥に対する……」 
「嫌だね!」 
 別所の言葉を聞くまでも無く嵯峨は吐き捨てていた。
「どうせあれだろ?人民軍に圧力かけて講和のテーブルを用意しろってことだろ?兄貴らしいや。言いだしっぺは南都のブルゴーニュ辺りか?あいつもゴンザレスの後釜狙うんだったらもう少し自分で手を汚せってんだ!」 
 クリスはそこまで聞いて別所の意図、そして西園寺基義の考えがわかってきていた。アンリ・ブルゴーニュ。フランス貴族の血を引く遼南の名門に生まれた彼がゴンザレス政権へのアメリカ軍の支援を取り付けた本人だった。彼の地盤の南都にはアメリカ海軍の基地があり、ゴンザレス政権支援の為、遼南に上陸したアメリカ軍十五万の兵力は南都から運ばれる物資で支えられていた。だが次第に旗色の悪くなる共和軍との関係の見直しを図り始めたブルゴーニュ候は米軍とともに手の引きどころを考えていると言う噂もまことしやかにささやかれていたのは事実だった。
「しかし、人民政府の……」 
「だからさあ。ダワイラ・マケイとアンリ・ブルゴーニュ。二人のどちらかを信じろといわれたら俺の回答は決まってんだよ」 
 それが嵯峨の答え。クリスには興味深い嵯峨の本音だった。遼北の社会主義政権の支援を受ける人民軍に嵯峨が参加することに不自然さを感じていたクリスだが、思いも寄らない嵯峨の本音がその領袖への信頼感であることを知ってなぜか好感を覚えた。
『この男も人間なんだな』
 目の前で困ったように黙り込む別所をにらみつけるのもそう言う嵯峨の人間的な付き合いを優先する人柄と言うことを考えてみれば理解できるところだった。取り付く島の無い嵯峨の態度に、別所はとりあえず姿勢をただし嵯峨の目を見据えることにした。
「まあ仕事の話はこれくらいにしてと……」 
 嵯峨は立ち上がると部屋に備え付けの冷蔵庫を漁った。手にしたのは日本酒の四合瓶。ラベルは無かった。
「ホプキンスさんは日本酒大丈夫ですか?」 
「ええ、好きですよ」 
 そんな言葉を確認すると湯飲みを三つ嵯峨は取り出して並べる。
「まあ、遠いところ無駄足となるとわかって来てもらったんだ」 
 嵯峨はそう言いながら湯飲みに酒を注ぐ。
「話は変わるが、東和経由かい?」 
 そのまま安物の湯飲みになみなみと日本酒が注がれた湯飲みを別所に差し出す。
「ええ、茜様にも……」 
「おいおい、様はねえだろ。あんな餓鬼」 
 そう言いながら酒を舐める嵯峨。
「それより、楓はどうだ?お前が鍛えてんだろ?」
 そう言って別所の目の前にも湯飲みを置いて酒を注ぐ。その姿は珍しく双子の娘を持つ親の顔をしているように見えた。 
「楓様は非常に筋が良いですね。この前も特戦の模擬戦で苦杯を舐めましたよ」 
「へえ、あいつがねえ。道理で俺も年を取るわけだ」 
 嵯峨はそう言いながら再び立ち上がる。そして戸棚から醤油につけられた山菜の瓶を取り出した。
「とりあえずここいらの名産のつまみだ。酒も兼州のそれなりに知られた酒蔵なんだぜ、胡州や東和の酒蔵にも負けてないだろ?」 
 嵯峨はニヤニヤと笑いながら別所が酒を飲む様を見つめていた。
「それと康子様から……」 
 嵯峨はその言葉を聞くと電流が走ったように硬直した。クリスは驚いた。恐怖する嵯峨を想像していなかった自分に。
「どうしたんだ?姉上が……?」 
 西園寺基義の妻、康子。戸籍上は義理の姉だが、血縁としては康子は嵯峨の母エニカの妹に当たる。胡州王族の有力氏族カグラーヌバ家の娘でもあった
「康子様はおっしゃられました……」 
「信じたようにやれ。か?」 
「はい」 
 嵯峨はとりあえず肩をなでおろして静かに湯飲みの酒を舐めた。
「それが一番難しいんだがねえ」 
 そう言うと瓶から木の芽を取り出して口にほうりこんだ。
 突然、嵯峨の執務机の上の端末が鳴った。
「はいはーい。でますよー」 
 嵯峨はめんどくさそうに立ち上がると受話器を上げる。別所は瓶の中のキノコを取り上げて口に入れた。
「意外といけますよ」 
 さすが民派の有力者の懐刀と呼ばれるだけの喰えない男だとクリスは思った。自分の仕事がすべて終わったような顔をしている別所。次々と別所がつまむビンの中の野草にクリスは恐る恐る手を伸ばして口に運んだ。そのえぐい味に思わず顔をしかめた。
「ああ、別所君。ちょっと」 
 嵯峨は受話器を置くと別所の肩に手を置いた。
「君、軍医でしょ?」 
「まあそうですけど……」 
 待ってましたと言うような嵯峨の笑みに、別所は少したじろいだ。
「あのね、難民の移送の先発隊で重症の患者を運んでいたVTOLが到着したそうなんでねえ……」 
 嵯峨はそう言って別所を立ち上がらせる。
「仕事はきっちり頼むわけですか」 
「なあに、医者の技量を持つ人間の宿命って奴ですよ。まあ俺は弁護士の資格は持ってはいるがあんまり役に立たなくてねえ」 
 そう言いながら別所を立たせて執務室を後にした。クリスも酒に未練があるものの、二人を追ってまた管理部門の続く廊下に出る。大型の東和の国籍章のついた輸送機がハンガーの前に着陸しようとしているのが見える。その両脇には東モスレム三派のアサルト・モジュールが護衛をするように立っている。
「また食いつかれるだろうねえ」 
 嵯峨は苦笑いを浮かべながらエレベータに乗り込んだ。
「当然、あの二人は今回の民兵掃討戦のことを……」 
「シンの旦那は間抜けじゃないっすよ。おそらくライラは額から湯気でも出してるかも……」 
 嵯峨はそう言いながら開いたエレベータから降りようとしたが、パイロットスーツを着たライラは拳銃を突きつけながら嵯峨を押し倒した。
「おい!この卑怯者!恥って言葉の意味!お前は知らないんじゃないのか!」 
 怒鳴り込んできたライラを周りにいたゲリラ達が押しとどめる。
「ライラ!止めろ!」 
 ジェナンに羽交い絞めにされてようやくライラは静かになった。ゲリラ達は銃の安全装置を外している。静かにライラと嵯峨はにらみ合っていた。
「おい、ライラ。お前さんは勘違いしてるんじゃないのか?」 
 嵯峨はライラの体当たりで落ちた帽子を拾いながら切り出した。
「なにがだ!卑怯者!」 
「卑怯?いいじゃねえの、それでも」 
 嵯峨を取り巻いていたゲリラ達がそんな言葉に力の抜けたような表情をした。
「戦争はスポーツじゃねえ。人が殺しあうんだ」 
 一言一言、嵯峨はいつもの冗談とはまるで違った真剣な表情でライラに語りかける。
「確かに戦争にもルールがある。各種の戦争法規については俺は一応博士号の論文書くときに勉強したからな。だがその法規には今回の俺の行動は全く抵触していない」 
「そう言う問題か!」 
「そう言う問題なのさ」 
 嵯峨はそう言うとタバコを口にくわえる。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直