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遼州戦記 墓守の少女

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「俺は共和軍の基地司令には、難民の安全のために双方が全力を尽くすということを約束したわけだ。当然その障害になるものを俺が叩き潰すつもりだったわけだが……まああちらさんがどう言うつもりだったかなんてことは俺の知ったことじゃないよ」 
「詭弁だ!」 
 叫ぶライラを上目使いに見据えて、嵯峨は一言つぶやいた。
「そうだよ。詭弁だよ」 
 その言葉にライラを抑えていたジェナンの腕が緩んだ。ライラはそのまま嵯峨の襟首をつかみあげる。
「だが、詭弁で何が悪い。戦争は殺し合いだ。詭弁の一つで命が救われるというなら俺はいくらだって詭弁を労するぜ」 
 ライラの腕が緩んだ。だが、嵯峨はそれを振りほどこうとしない。
「お前の親父を殺したのも同じ論理だ。あいつは自分が利用されていることに気付かなかった。王族に生まれちまった人間は、いつだってそう言う状況に置かれることを考えなけりゃあならねえ。だがあいつにはそれが出来なかった」 
「父上を愚弄するのか?」 
 ライラの瞳に涙が浮かぶ。
「死人に鞭打つ趣味はねえよ。だが、お前も遼南王家に生まれたのならこれだけは覚えておけ。利用されるだけの王族ならいっそいないほうがいいんだってことをな」 
 その言葉にライラはそのまま床に崩れ落ちた。嵯峨は振り向くことも無く、別所を連れて担架で次々と旧村役場の建物である病院に運ばれていく難民達へと足を向けた。
「なあ、落ち着いてくれ」 
「どう落ち着けって言うのよ!」 
 そうライラは宥めようとするジェナンの腕を振りほどき地面に泣き伏せた。周りで見ていたゲリラ達は彼らの英雄である嵯峨がいなくなると同時にこの少女への関心を失って散っていった。
「ライラさん。あなたは……」 
「つまらない慰めなら要らないわよ。あなたも父上の敵である地球人なんだから」 
 そう言うとゆっくりと立ち上がるライラ。彼女は流れた涙を拭うとそのまま本部の外へと向かった。『地球人』と言う言葉が憎しみとともにこの遼州星系では使われることが多いのはクリスも痛感していた。かつて鉄器を発明したばかりの動乱の遼州大陸に入植を開始してから、地球の大国の思惑に翻弄されてきた遼州の人々にとって最大限の敵意をあらわす言葉として使われてきた。
 肩を落としてジェナンに支えられて歩く少女もこの地に戦いを持ち込んだ憎むべき地球人として自分を見ている。その現実にクリスは打ちのめされていた。
「良い所にいたな、ジェナン!ライラ!」 
 本部の玄関の豪華すぎるエレベータが開いて現れたのはシンだった。隣の伊藤は頭をかきながら一礼するとそのまま本部の外へと駆け出して言った。
「しばらくここで世話になることになった。それなりに挨拶は済ませておけよ」 
 そう言ってシンは二人を置いてハンガーへ向かおうとしていた。
「ちょっと待ってください!どう言うことですか!」 
 驚きの表情でライラは駆け出そうとするシンをつかみとめた。
「聞いてなかったのか?俺達はしばらく嵯峨惟基中佐貴下での作戦行動を行う」 
「しかし、それでは……」 
 ジェナンの言葉に、シンはにっこりと笑って答えようとする。
「西部から西モスレム経由なら帰還は出来るだろうが、この難民や近代戦も知らないゲリラ達を見捨てるわけにはいかないだろ?」 
 微笑みながらも、シンの目は少しも笑ってはいなかった。
「わかったよ。私はそれで良いわ。ジェナンはどうなの?」 
 ライラの一言はクリスとジェナンを驚かせた。
「本当にいいのか?父親の仇なんだろ?」 
「今するべきことがある。そうじゃないの?」 
 ライラはまぶたを涙で腫らしてはいるが、きっぱりとそう言い切った。
「嵯峨中佐を闇討ちするつもりじゃないだろうな?」 
 意外な決断をしたライラをシンは心配そうに見つめた。
「そんなことはしませんよ。でも、あの男が何をするのか見たいんです」
 ライラは沿う言い切ると、嵯峨の消えた野戦病院を見た。
「もし、それが父上の死を無駄にするようなことになったら……寝首ぐらい掻くかもしないけど」 
 そうしてライラは無理をして微笑むとゲリラ達が北兼軍に志願する為に並んでいる列を押しのけて格納庫へ走り出した。
「女は強いですねえ」 
 そう言うとシンは腰の雑嚢からタバコを取り出す。そしてジェナンの方を一瞥した後、いつものように何も無いタバコの先に火が灯った。
「僕が見てきます!」 
 そう言い残してジェナンは格納庫の前の人垣に消えた。
「しかし、嵯峨と言う人物。一体何を考えているのやら……」 
 独り言のようにシンはつぶやいた。クリスはその表情の少ない顔を覗き見た。
「確かに。私もこの数日取材をしてわかったことは、彼は私のような凡人には想像も出来ない人物だということですよ」 
「そうは言っていませんよ。確かに今の状況を作り出した采配には敬意を表しますよ、揚げ足取りなんていうことは戦場では当たり前の出来事ですから」 
 そう言い切る若いイスラム教徒の将校を見つめるクリス。その男が思った以上に思慮深い性格だとわかって好意を持って彼の話に聞きいる。
「だが、彼は何のためらいも無く悪名を浴びてでも自分の、いや所属する陣営の優位な状況を作り出す。正義を語り、大義を説いて人を惹きつけるのは容易いことですよ。人間には美名のために死ぬことを喜ぶ連中はいくらでもいますから。しかし、彼は美辞麗句を用いずにこれだけの兵力を集めた。王家の威光などもう何の役にも立たないことを知っているはずの彼に何故……」 
「君子豹変す、そんなところではないですか?」 
 そう後ろから声をかけてきたのは伊藤だった。
「伊藤さん、驚いたじゃないですか」 
「すいません、ホプキンスさん。まあ、俺も初めてダワイラ博士を案内してあの人に引き合わせたときは同じように思いましたよ。あの人は迷いを見せない。迷っていると見えるときは、大体そう見せた方が得な時くらいのものでね」 
 格納庫前の広場に白いアサルト・モジュール『クロームナイト』が着陸した。ゲリラ達は歓声を上げ、そこから降りる少女と熊をまるで救世主に出会ったように歓迎している。
「たぶんここまではすべてが隊長の筋書きの上で進んでいるんでしょう。だが、もう一人の脚本家が出てきたときにどうなるか……」 
 伊藤の面差しに影が差した。
「吉田俊平少佐ですか?」 
 クリスの言葉にシンがはっとなり伊藤を見つめた。
「この状況だ。共和軍のエスコバル大佐は間違いなくバレンシア機関を動員して北兼台地への侵攻を阻止にかかるでしょうね。そして、その為に自分の手を切ることになるかもしれない刀を手にする可能性は無いとは言えない」 
 『バレンシア機関』と言う名前にクリスははっとした。遼南共和国政府に対する12度の人権問題抗議議案がフランスの提唱で地球の国連に定義され、そのたびにアメリカの拒否権で抗議は実現してはいないものの、そのうち5つの大量虐殺容疑で知られる非正規特殊部隊。ある意味共和軍の切り札と言える部隊の投入は北兼南部6県確保にどれだけの関心を共和政府が示していると言う証拠にもなり、クリスは興味を持った。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直