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遼州戦記 墓守の少女

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「現在、右派民兵組織は共和軍とは別の指揮命令系統で動いていることは確認済みでしてね。そして先ほどの会談で難民の移動が完了するまで共和軍は右派民兵組織への支援は行わないと言う確約を受けた訳で……」 
 コックピットを開いて振り返る嵯峨。その不気味な笑みに背筋が凍るのを感じるクリスだった。
「それじゃあまるでだまし討ちじゃないですか!」 
「『まるで』じゃないですなあ。完全なだまし討ちですよ」 
 コックピットから降り立った嵯峨が四式の掌で濁った瞳をクリスに向けてきた。
「隊長!出撃命令を!」 
 二式のコックピットから身を乗り出す明華の姿が見える。
「待てよ。それより俺の馬車馬どうなってる!」 
 クリスは後部座席から体を引き抜いた。そしてそのまま嵯峨と同じように四式の掌に降り立つ。
「ああ、それなら菱川の技術者の人が最終調整をしているはずよ」 
 明華はそのままヘルメットを被る。
「隊長。ご無事で」 
 四式から飛び降りた嵯峨とクリスに向かって歩いてきたつなぎの整備兵はキーラだった。そしてその後ろに冷却装置の靄に浮かんだ黒いアサルト・モジュールの姿が見えた。
「これが……?」 
 クリスは見上げた。その周りを青いつなぎの菱川重工業の技術者達が駆け回っている。キーラはそれを見ながら複雑な表情を浮かべていた。
「これが特戦3号計画試作戦機24号。コードネーム『カネミツ』です」 
「まじでそれにすんのか?」 
 クリスに話しかけていたキーラの一言に背広を着た菱川の研究員と言葉を交わしていた嵯峨が振り向いて叫ぶ。 
「我々もそのコードネームで呼んでいましたから」
 嵯峨と話していた責任者らしい菱川の研究者もそう言っている。 
「マジかよ。そんな気取った名前なんてつけなくても良いのに」 
 嵯峨は嫌そうに自分の機体を眺めた。ダークグレーの機体。その右肩のエンブレムは嵯峨家の家紋『笹に竜胆』。そして左肩には顔のようなものが描かれている。 
「嵯峨中佐。あの左肩の顔……いや面のような……」 
「あれですか。あれは日本の能に使われる麺でしてね『武悪』と言うんですよ」 
 嵯峨は振り向くとそう言いきった。
「武悪?」 
 思わずそうたずねたクリスを振り返ってまじまじと見つめる嵯峨。
「俺は悪党ですから」 
 そう言うと嵯峨はゆっくりとその黒い機体に向けて歩き始めた。
「ホプキンスさん。どうします」 
 ただ立ち尽くしているクリスに振り向いた嵯峨は子供のような無邪気な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「別に良いんですよ。俺がシャムを今回の作戦から外した訳もわかったでしょ?今回はかなり卑劣な手段を取らせてもらうつもりですから。なにせ人民派ゲリラの中にはうちとは組みたくないと言ってる連中も居ますからね。それに対する牽制も兼ねて今回はかなり卑劣な作戦になる予定なんで」 
「その機体は複座ですか?」 
 クリスが搾り出した言葉にすでにパイロットスーツを着ていた菱川の技術者が戸惑っている。
「菱川の人。今回はデータ収集は後にしてくれますか?」 
 その嵯峨の言葉に青いつなぎの菱川の社員は一歩引いた。クリスは嵯峨の隣に立った。エレベータが上がり、冷却装置で冷やされたカネミツから白い蒸気が上がる中、コックピットの前に到着する。端末を片手に駆け上がってきてコックピットを覗き込んでいたキーラが顔を向ける。彼女は出来るだけ感情を表に出すまいとしている。クリスは彼女を見てそう思った。
「火器管制ですが……」 
「まあ良いよ、実戦で調整するから。それより四式のオーバーホール頼むぜ。もうちょっとピーキーにした方が俺には合ってるみたいだ。遊びがありすぎてどうも」 
「わかりました」 
 クリスから顔を背けるようにしてキーラは降りていく。
「あいつが責任感じることじゃねえんだがな」 
 嵯峨は頭をかきながらクリスに後部座席に乗るように促す。コックピットに入るとひんやりとした冷気がクリスの体を包んだ。嵯峨はそれでも平気な顔をして七分袖のまま乗り込んでくる。
「寒くないですか?」 
 そんなクリスの言葉に、嵯峨は笑みで返した。
「おい、出るぞ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットハッチと装甲板を下ろす。鮮明な全周囲モニターの光。クリスの後部座席にはデータ収集用の機材が置かれている。
「あの、嵯峨中佐。本当に私が乗って良かったんですか?」 
「ああ、その装置は自動で動くでしょ?こっちはこの機体の開発にそれなりの投資はしてきたんだ。わがままの一つや二つ、覚悟しておいてもらわないと」 
 そう言うと嵯峨はカネミツに接続されたコードを次々とパージしていく。
「さて、戦争に出かけますか」
 嵯峨は笑っている。クリスの背筋に寒いものが走った。全周囲モニターにはすぐに先行した部下達のウィンドーが開かれる。
「セニア!明華と御子神のことよろしく頼むぜ。それとルーラ!」 
「はい!」 
 長身のルーラだが画面の中では頭が小さく見える。
「レムは初陣だ。まあとりあえず戦場の感覚だけ覚えさせろ。飯岡もできるだけ自重するように。今回は俺の馬車馬の試験が主要目的だ。あちらさんの虎の子のM5が出てきたら俺に回せ!」 
 セニアもルーラも落ち着いたものだった。レムもいつもの能天気な表情を保っている。
「まあ今回はあいつ等も出したくは無かったんですがね」 
 嵯峨はそう言うとエンジン出力を上げていく。
「なるほどねえ。前の試験の時よりかなり精神的負担は少なくなってるな。これなら使えるかも」 
「中佐!兵装ですが……」 
「法術兵器は俺とは相性が悪いからな。レールガンでかまわねえよ」 
 キーラはすばやく指示を出し、四式と同形のレールガンをクレーンで回してくる。『法術兵器』と言う聞き慣れない言葉に戸惑うクリスだが嵯峨に聞くだけ無駄なのは分かっていた。
「今回は機体そのもののスペックの検証がメインだからねえ」 
 レールガンを受け取ると嵯峨は一歩カネミツを進めた。エンジン出力を示すゲージがさらに上昇している。
「大丈夫なんですか?」 
 クリスは思わずそう尋ねていた。嵯峨は振り返ると残忍な笑みを浮かべる。
「そんなに心配なら降りますか?」 
「いいえ、これも仕事ですから」 
 クリスのその言葉を確認すると嵯峨はパルスエンジンに動力を供給する。
「いやあ、凄いねえこの出力係数。最新型の重力制御式コックピットじゃなきゃ三割のパワーで急発進、急制動かけたらミンチになるぜ」 
 のんびりとそう言うと嵯峨は機体をゆっくりと浮上させる。
「楠木。歩兵部隊の出動は?」 
 嵯峨は画像の無い機械化歩兵部隊の指揮をしている楠木に声をかける。
「はい、すべて予定通りに進行しています。呼応する山岳部族も敵の訓練キャンプの位置への移動を開始しています」 
「それは重畳」 
 嵯峨は余裕のある言葉で答える。
「じゃあ行きますか」 
 機体が急激に持ち上げられる。パルスエンジンが四式の時とは変わって悲鳴を上げるような音を立てた。
「ほんじゃまあ、ねえ」 
 そう言うと嵯峨はそのまま一直線に渓谷にカネミツを滑らせた。
 正直なところクリスは乗ったことを後悔していた。
『やはりこの人は信用は出来ない』 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直