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遼州戦記 墓守の少女

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 嵯峨はそう言うと包囲している共和軍兵士達に手を振りながらコックピットハッチと装甲板を下ろした。全周囲モニターがあたりの光景を照らし出す。そんな中、クリスの視線は検問所の難民の群れを捉えた。水の配給が開始されたことで、混乱はとりあえず収束に向かっているように見えた。
「じゃあ、行きましょうか」 
 そう言うと嵯峨は四式のパルスエンジンに火を入れる。ゆっくりと機体は上昇を始める。クリスは空を見上げた。上空を旋回する偵察機は東和空軍のものだろう。攻撃機はさらに上空で待機しているのか姿が見えない。
「とりあえず飛ばしますから!」 
 嵯峨の声と同時に周りの風景が動き出す。重力制御型コックピットにもかかわらず、軽いGがクリスを襲った。
「そんなに急ぐことも無いんじゃないですか?」 
 クリスの言葉に、振り返った嵯峨。すでに彼はタバコをくわえていた。
「確かにそうなんですがね。もうブツが届いているだろうと思うとわくわくしてね。そういうことってありませんか?」 
 にんまりと笑う嵯峨の表情。
「ブツ?なにが届くんですか?」 
 クリスはとりあえず尋ねてみた。嵯峨の口は彼の最大の武器だ。その推測が確信に変わった今では、とりあえず無駄でも質問だけはしてみようという気になっていた。
「特戦3号計画試作戦機24号。まあそう言ってもピンとはこないでしょうがね」 
 嵯峨は再び正面を見据えた。北兼台地に続く渓谷をひたすら北上し続ける。相変わらずロックオンゲージが点滅を続けている。その赤い光が、この渓谷に根城を置く右派民兵組織の存在を知らせている。
「特戦計画。胡州の大戦時のアサルト・モジュール開発計画ですか?」 
 クリスのその言葉を聞いても、嵯峨は特に気にかけているようなところは無かった。
「新世代アサルト・モジュールの開発計画。そう考えている軍事評論家が多いのは事実ですがね。ただ、それに一枚噛んだ人間からするとその表現は正確とは言えないんですよ」 
 そう言い切ると灰皿にタバコを押し付ける嵯峨。
「汎用、高機動、高火力のアサルト・モジュールの開発計画は胡州陸軍工廠の一号計画や海軍のプロジェクトチーム主体での計画がいくつもあった中で、特戦計画の企画は陸軍特戦開発局と言う独立組織を創設してのプロジェクトでしたからね。独立組織を作るに値する兵器開発計画。興味ありませんか?」 
 嵯峨はいつものように機体を渓谷に生える針葉樹の森すれすれに機体を制御しながら進んでいった。相変わらずロックオンされてはかわす繰り返し。嵯峨は機嫌よく機体を滑らせていく。
「精神感応式制御システムの全面的採用による運用方法を根底から覆す決戦兵器の開発。なんだか負ける軍隊が作りそうな珍兵器の匂いがぷんぷんするでしょ?」 
 嵯峨はそう言うとタバコを吹かした。思わずクリスが咳き込むと、嵯峨は振り返って申し訳無さそうな顔をする。
「まあ、俺は文系なんで細かい数字やらグラフなんか持ち出されて説明はされたんですが、いまいち良くわからなくてね。ただエンジンの制御まで俺の精神力で何とかしろっていう機体らしいですよ」 
「そんなことが可能なんですか?……相当パイロットに負担がかかることになると思うんですが」 
 今度は一気に急上昇する機体。上空で吐かれたクリスの言葉に嵯峨はまた振り返った。
「結果から言えば可能みたいですよ」 
 そう言うと再び嵯峨は正面を向く。
「それがどう言う利点があるんですか?」 
「それは俺にもよくわからないんでね。説明を受けた限りではエネルギー炉の反物質の対消滅の際に起きる爆縮空間の確保に空間干渉能力を持ったパイロットによる連続的干渉空間の展開が必要とされて、そのために……あれ?なんだったっけなあ」 
 嵯峨は頭を掻いた。
「やっぱ明華の話ちゃんと聞いときゃよかったかなあ。まあ、あいつも俺しか乗れないような化け物アサルト・モジュールが来るってことで納得しちゃったから今さら聞けないんだよなあ」 
 そう言うと嵯峨はさらに高度を上げた。東和の偵察機は上層部の指示があるのかこちらに警告するわけでもなく飛び回っている。
「対消滅エンジンですか?あれは理論の上では可能でもアサルト・モジュールのような小型の機動兵器には搭載できないと言うのが……それと空間干渉って……」 
「空間干渉と言うのは理論物理学の領域の話でね、まあ私も聞きかじりですが、インフレーション理論によるとこの宇宙のあらゆるものに外の存在への出口みたいなものがあるって話なんですよね」 
「ワームホールとかいうやつのことですか?」 
 クリスの言葉に再び嵯峨が振り向いて大きく頷いた。
「そう言えばそんなこと言ってました。それでなんでも俺にはそのワームホールとやらに直接介入可能なスキル。これを空間干渉能力とか言ってましたけどそれによる安定したワームホール形勢のアストラルパターン形成能力があるらしいんですわ。そこでその何とか能力で干渉空間を対消滅炉内部に展開して出力の調整を行うということらしいですよ。まあなんとなくコンパクトに出来そうな言葉の響きではありますがね」 
 嵯峨はそう言うとまたタバコに火をつけた。
「しかし、そんな出力を確保したとしてどうパルスエンジンや各部駆動系に動力を伝えるんですか?それにパワーが強すぎれば機体の強度がそれに耐えられないような気がするんですけど」 
 そんなクリスの言葉に嵯峨は頷いた。
「そこが開発の最大のネックになったんですよ。エンジンの出力に機体が耐え切れない。既存の材質での開発を検討していた胡州の開発チームは終戦までにその答えを出すことができなかったそうです。まあ技術者の亡命などを受け入れて研究は東和の菱川重工業に引き継がれたそうですがね」 
 嵯峨はのんびりとタバコの煙を吐き出した。煙が流れてきて再び咳をするクリス。
「ああ、すいませんねえ。どうもタバコ飲みは独善的でいかんですよ」 
「それはいいです、それより東和はそれを完成させたのですか?」 
 その言葉に嵯峨は首をひねる。そして静かに切り出した。
「不瑕疵金属のハニカム構造材のフレームとアクチュエーター駆動部のこちらも干渉空間パワーブローシステムの導入ってのがその回答らしいんですが、俺も実際乗ってみないとわからないっすね」 
「わからないって……」 
「なあに、すぐにご対面できますから。ほら基地が見えてきましたよ」 
 嵯峨の言うとおり、本部ビルだけが立派な基地の姿が目に飛び込んできた。
 着陸時のパルスエンジンを絞り込んだ振動がクリスの体を包んだ。格納庫の前、すでに連隊所属の二式の起動は完了していた。本部前には楠木がホバーに乗り込もうとする歩兵部隊に訓示をしている。
「出撃ですか?難民保護の為?」 
「なあに、右派民兵組織を殲滅させる為ですよ」 
 そう言って振り向いた嵯峨の目が残忍な光を放つ。
「戦闘を仕掛けるつもりなんですか?でもそれでは共和軍を刺激して難民達が巻き込まれることになるんじゃあ……」 
 クリスが叫ぶ声はコックピットを開く音に飲み込まれていった。ホバーに乗り込む楠木の後ろにハワードがカメラを片手についていくのが見えた。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直