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遼州戦記 墓守の少女

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 『アメリカ』と言う言葉を強調して見せる嵯峨。そして隣に寄せられた四輪駆動車の後部座席に乗り込んですぐに腕組みをしながらクリスに目をやる。その緩んだ表情にクリスは呆然としていた。
「それじゃあ、君。記者の方を案内してくれ」 
 苛立っている佐官と目が合った小柄な下士官がクリスの案内役に指定された。嵯峨を乗せた車が本部のビルへと向かう。義務感からか恐怖からか黙っている共和軍の伍長のあとに続いて歩くクリス。視線をシンのほうに向ければ、パイロットスーツ姿のシンが同じように基地警備兵に囲まれながら本部に向かって歩き出していた。
「地球……アメリカからとはずいぶん遠くからいらっしゃいましたね」 
 皮肉の効いた言葉を言ったつもりだろうか、クリスは頬を引きつらせる伍長を見ながらそう思った。彼らの同盟軍であるアメリカの記者が敵である北兼軍閥の首魁と行動を共にしている。この伍長でなくても面白くは無いだろう。カービン銃を背負っている彼は時々不安そうな視線を基地の隣の検問所に向けている。今のところ難民も警備兵も動くようには見えない。だが、クリスは何度と無く同じような光景を目にしてきた経験から、その沈黙が日没まで持つものではないことはわかっていた。
 共和軍支持の右翼民兵組織と人民軍が組織した解放同盟。そして、北兼軍閥の息の入った王党派ゲリラ。彼らがこの混乱を利用しないほうがおかしい。嵯峨の余裕のある態度も、基地守備隊の将校たちの暗い表情も、彼らが次の状況をどう読んでいるかという証明になった。



 従軍記者の日記 16


 格納庫の隣の休憩室のようなところにクリスは通された。物々しい警備兵達の鋭い視線が突き刺さる。
「会談終了までここで待っていただきます。そこ!お茶でも入れたらどうだ!」 
 伍長はぼんやりとクリスを眺めている白いつなぎを着た整備兵を怒鳴りつける。明らかに士気が低い。クリスが最初に感じたのはそんなことだった。
 共和軍は北天包囲戦での敗北から、北兼軍閥との西兼の戦いでも魔女機甲隊に足止めを食らい、撤退を余儀なくされていた。中部戦線では人民軍の総攻撃が乾季にはあるとの噂が流れている。そして北兼軍閥と共に人民軍側につくことを表明した東海の花山院軍閥が動き出したという話は兵達まで噂になっているのは確実だった。そして共和軍の切り札ともいえるブルゴーニュ候の南都軍閥は現在東モスレム三派との小競り合いで次第に体力をそぎ落としていることも彼らの耳には届いているのだろう。
「安心しなさいよ!私等は話し合いに来ただけなんだから!シン少尉がアスジャーン師の親書を……」 
「うるさい!そこで静かに座っていろ!」 
 浅黒い肌の警備兵達が二人の東モスレム三派軍のパイロットを連れてこの狭い休憩所に入ってくる。叫んでいるのは若い女性パイロットだった。確かどこかで見たことがある。クリスはそう思いながら釣り目の少女の顔をちらちらと眺めていた。
「あら、簒奪者のところの記者さんかしら?」 
 そんなクリスの視線に気付いてあからさまな敵意をに向けてくる少女。言葉に敵意や殺意が乗ることがあるのは戦場を潜り抜けてきたクリスも良く知っている。この十五、六と言った少女は明らかにクリスに敵意を抱いていた。細い目に敵意を持ってにらみつけられるとクリスも自然と睨み返している。さすがに狭い部屋でにらみ合う相方の少女が気になったようで一緒に連れてこられた青年は彼女の肩に手を乗せてたしなめた。
「やめなよライラ。君の伯父さんもあの人々を救う為に話し合いに来たんだ!だから……」 
「何よ!ジェナンまで!あの男が話し合い?どうせこの基地を落とす機会を狙っているんでしょ?それに何もしないと思っても、この基地の戦力を偵察して攻勢に出た時の資料にでも……」 
 ジェナンと呼ばれた青年はライラという少女の頬に手を伸ばした。少女の言葉が止まった。
「ライラさん、で良いんだよね?失礼だが君のフルネームは?」 
「さすが記者さんは抜け目が無いわね。でも名前を名乗る時は自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」 
 ライラの涼しい視線がクリスを打った。
「ああ、私はクリストファー・ホプキンス。一応フリーのライターで……」 
「アメリカ合衆国上院議員、ジョージ・ホプキンス氏の長男ですか」 
 ジェナンと呼ばれていた長髪の浅黒い肌の青年が言葉を継いだ。落ち着いているがライラに向ける気遣いとは異質な敵意を帯びた言葉が耳に響く。
「良くご存知ですね。じゃああなたから自己紹介を願えますか?」 
 クリスは青年に向き直った。
「僕はアルバナ・ジェナン。見ての通り東モスレム三派のアサルト・モジュール乗りです。そして彼女が……」 
「私はムジャンタ・ライラ。残念だけどあなたを乗せてきた人でなしの姪に当たるの」 
 クリスはようやくこの少女のことを思い出すことに成功した。
 ムジャンタ・ライラ。
 東海に拠点を持つ花山院軍閥は、ゴンザレス政権の登場と共に東和の支援を得て遼南共和国からの独立を宣言した。その皇帝に据えられたのはムジャンタ・バスバ。ライラの父、嵯峨の同じ母親を持つ弟である。
 二年前。北兼軍閥は人民政府に協力を求められ、花山院軍閥を攻めた。花山院軍閥は猛将として知られる花山院康永少将を中心に善戦するが、突然奇襲をかけた北兼軍閥の遊撃隊を相手に手痛い敗北を喫した。その部隊の攻撃指揮を取って花山院離宮を包囲していた嵯峨は、弟、バスバの引渡しを条件に兵を引くとの条件を出した。自身の保身の為、軍閥の首魁である花山院直永はムジャンタ・バスバの妻子を嵯峨に引き渡した。嵯峨は躊躇無く弟の首を落として東海街道に晒した。兄の翻心に激怒した康永はバスバの妻子を連れ東モスレムを頼って落ち延びて行った。それが嵯峨の悪名を高めた東海事変の顛末だった。
 そんな嵯峨の非情な裁可を知っていれば敵意むき出して、クリスの方を見つめてくるライラの気持ちもわからないではなかった。
「お湯持って来ました」 
 二十歳にも満たない共和軍の少年兵がポットと湯のみ、そして急須などをテーブルに置いてまわる。
「なぜ、あなたはあの人でなしの取材をしているんですか?」 
「やめるんだ、ライラ」 
「いいでしょ!私はそこの記者さんに用があるの」 
 強い調子でジェナンに言い放つと、ライラはクリスに迫ってきた。
「君はあだ討ちでもするつもりなのか?」 
 クリスの問いに少女はテーブルを叩く。
「当たり前よ!あの卑怯者は腰抜けの花山院直永を騙してお父様を殺したのよ!軍閥の頭目に収まってのうのうと暮らしている権利なんて無いんだわ!」 
 まわりの共和軍の兵士達は黙ってライラを見つめていた。彼等もライラとは同じ意見なのだろう。実際共和軍勢力下ではこの一連の血塗られた事件の顛末をまとめたCMが人民軍をこき下ろす為のネガティブキャンペーンとして流されていた。
「感情に流されているが言っていることはもっともな話だ。私も嵯峨と言う人物が持つ残酷さを取材する為にこの遼南にやってきたんだから」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直