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遼州戦記 墓守の少女

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「97式はミドルレンジでの運用を重視する先の大戦時の胡州の機体ですよ。多少の改造やシステムのバージョンアップがあったとしても設計思想を越えた戦いをするほど共和軍も馬鹿じゃないでしょ?真下にはいないのは確認済みですからそれなりに距離を詰めてから攻撃してきますよ」 
 そう言うと嵯峨は操縦棹から手を離し、胸のポケットからタバコを取り出す。
「すいませんねえ。ちょっと気分転換を」 
 クリスの返そうとする言葉よりも早く、嵯峨はタバコに火をつけていた。
「さてと、97式改では接近する前に叩かれる。となると北兼台地の基地から虎の子の米軍の供与品のM5を持ち出すか、それともアメちゃんに土下座して最新鋭のM7の出動をお願いするか……どうしますかねえ」 
 嵯峨はタバコをふかしながら正面にあるだろう敵基地の方角に目を向けていた。
「北兼台地に向かった本隊の負担を軽くするための陽動ですか。しかし、そんなに簡単に引っかかりますか?」 
 クリスは煙を避けながら皮肉をこめてそう言った。だが、振り返った嵯峨の口元には余裕のある笑みが浮かんでいる。
「共和国第五軍指揮官のバルガス・エスコバルという男。中々喰えない人物だと言う話ですがねえ。共和軍にしては使える人物らしいですがどうにもプライドが高いのが玉に瑕って話を聞きかじりまして。簡単にアメちゃんに頭を下げるなんて言う真似はしないでしょうね」 
「なぜそう言いきれるんですか?」 
 タバコを備え付けの灰皿で押し消した嵯峨クリスは自分の声が震えているのを押し隠そうとしながらそう尋ねた。
「だから言ったじゃないですか。プライドが高いのが玉に瑕だって。それに今の状況はアメリカ軍にも筒抜けでしょうからどう動いてくるか……さてエスコバル君。このまま俺がのんびりタバコ吸ってるのを見逃したらアメリカさんも動き出しちゃうよー!」 
 ふざけたような嵯峨の言葉。だが確かに制圧下にある地域で堂々と破壊活動を展開する嵯峨の行動を見逃すほどどちらも心が広くは無いことはわかる。だが一度に襲い掛かられれば旧式の四式では対抗できるはずも無い。
「同時に出てきたら袋叩きじゃないですか!」 
 状況を楽しんでいる嵯峨にクリスが悲鳴で答える。しかし、振り向いた嵯峨の顔には相変わらず状況を楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいる。
「そうはならないでしょ。少なくとも俺が知っている範囲での俺についての情報。まあ色々とまああることあること書いてくれちゃって……。俺も数えていない撃墜数とか出撃回数とかご丁寧に……どこで調べたのかって聞きたいくらいですよ。エスコバルの旦那も俺の相手が務まるパイロットを見繕ってくれるとなると慎重になるでしょうね。アメちゃんも今年は中間選挙の年だ。無理をするつもりは無いでしょう」 
 そう言うと嵯峨はそのまま機体を針葉樹の森に沈めた。
「あなたは何者なんですか?一人のエースが戦況をひっくり返せる時代じゃないでしょ!」 
 嵯峨の自信過剰ともいえる言葉に悲鳴を上げるクリス。振り返った嵯峨の笑みに狂気のようなものを感じて口をつぐむ自分を見つけて背筋が凍った。しかし、その狂気は気のせいかと思うほどに瞬時に消えた。そこにいるのは気の抜けたビールのような表情をした人民軍の青年士官だった。
「まあねえ……それが正論なんですが……それにしても出てこないねえ。こりゃあ上で揉めてるなあ。仕方ない、こっちから遊びに行ってやるか」 
 各種センサーに反応が無いのを確認すると軽くパルスエンジンを始動させて森の中をすべるように機体をホバリングさせて進む。嵯峨惟基は百戦錬磨のパイロットでもある。それくらいの知識は持っていたクリスだが、巨木の並ぶ高地を滑るように機体を操る嵯峨の腕前には感心するばかりだった。進路は常にジグザグであり、予想もしないところでターンをして見せた。
「そこ!砲兵陣地ですよ!」 
 クリスが朝日を受けて光る土嚢の後ろに砲身を見つけて叫ぶ。しかし、嵯峨は無視して進む。自走砲、と観測用のアンテナが見える設営されたばかりのテント。嵯峨の四式はあざ笑うかのようにその間をすり抜けて進む。
「なかなか面白いでしょ」 
 嵯峨は完全に相手を舐めきったかのように敵陣を疾走する。
「後ろ!アサルト・モジュール!」 
 クリスの言葉は意味が無かった。嵯峨の操る四式の左腕のレールガンの照準がすでに定まっていた。レールガンの連射に二機の97式改は何も出来ずに爆風に巻き込まれた。
「さあて、エスコバル大佐。ちょっとはまともな抵抗してみてくださいよ」 
 嵯峨の言葉はまるで遊んでいる子供だった。共和軍は焦ったように戦闘ヘリを上げてきた。嵯峨はまるで相手にするそぶりを見せずに基地のバリケードを蹴り飛ばした。
「任務ご苦労さん」 
 そう言うと右腕に装着されたグレネードを発射する。敵前線基地の施設が火に包まれていった。
「やりすぎではないんですか?」 
 前進に火が付いて転げまわる敵兵が視線に入る。クリスはこの狂気の持ち主である嵯峨に恐れを抱きつつそう聞いた。
「なに、条約違反は一つもしてませんよ。戦争ってのはこんなもんでしょ?従軍記者が長いホプキンスさんはそのことを良くご存知のはずだ」 
 そう言うと嵯峨はきびすを返して森の中に向かう。重火器を破壊された共和軍は小銃でも拳銃でもマシンガンでも、手持ちの火器すべてを嵯峨の四式に浴びせかけた。嵯峨はただそんな攻撃などを無視して元来た道を帰り始めた。
「まずはこんなものかなあ」 
 対アサルト・モジュール装備を一通り潰し終えた嵯峨は吸っていたタバコをコンソール横の取ってつけたような灰皿に押し付けると森から機体を浮き上がらせた。クリスはそこで先ほどまで押さえてきた吐き気が限界に近づいてきたのを感じていた。
「ちょっといいですか?」 
「吐かないでくださいよ!今からちょっと寄り道しますから」 
 相変わらずあざ笑うような顔の嵯峨。彼の言葉に従うように機体を北へ転進させる。クリスに気を使っているのか、緩やかな加速で胃の中のものの逆流は少し止まりクリスはほっと息をついた。
「前衛部隊は峠に差し掛かった頃じゃないですか?」 
 吐き気をごまかすためにクリスはそう言った。
「まあ、そんなものでしょうね。ですが、あそこの峠は峻険で知られたところでしてね。確実な前進を指示してありますから全部隊が越えるには一日はかかるでしょう」 
 嵯峨はそう言うと再び振り向く。うっそうと茂る森を黒い四式が滑っていく。向かっている先には北兼の都市、兼天があるはずだとクリスにもわかった。北兼軍閥の支配地域。目を向けた先にはそれほど高い建物は無いものの、典型的な田舎町が広がっていた。
 視線を下ろせば畑の中に瓦葺の屋根が並び、その間を舗装された道路が走っている。
「北兼軍総司令部に戻るんですか?」 
「いやいや、そんなことで紅茶オバサンとご対面したら『何やってるんだ!』ってどやされるのがおちですから弾薬補給したらまた動きますよ」 
 そう言うと嵯峨は機体を急降下させた。
「嵯峨機!進路の指定を……!嵯峨機!」
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直