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遼州戦記 墓守の少女

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「それじゃあ行きましょうか?」 
 トレーを棚に置くとクリスを振り返った嵯峨がそういった。くわえるタバコの先がかすかに揺れていた。さすがにポーカーフェイスの嵯峨も緊張しているようにクリスには見えた。肩を何度か揉みながらクリスを引き連れて食堂を出た嵯峨。
 走り回る内勤隊員から邪険にされているのを気にするような嵯峨に連れられてクリスはそのまま駐屯地の広場に出た。出撃は続いており、偵察部隊と思われるバイクの集団が銃の点検を受けているところだった。
「俺の馬車馬ですが……結構狭いですけど大丈夫ですか?」 
 格納庫の前の扉で嵯峨が振り返る。それを合図にバイクに乗った隊員達が一斉にゲートのある南側に向けてアクセルを吹かして進む。
「まあ無理は覚悟の話ですから」 
 そう言うと嵯峨についていくクリス。さらにバイクの部隊のあとは掃討部隊と思われる四輪駆動車に重機関銃を載せた車列が出撃しようとしていた。
「かなり大規模な作戦になるようですね……ほぼ全部隊ですか?」 
 答えなど期待せずに嵯峨の表情を読もうとするクリス。
「そうですかねえ」 
 嵯峨ははぐらかすようにそう言うとハンガーの中に入った。すでに二式は全機出動が終わっていて奥の嵯峨の四式の周りに整備班員がたむろしているだけだった。
「間に合いましたね?」 
 その中に白い髪をなびかせるキーラがコックピットの中で作業をしている部下に指示を出している姿がクリスにも見えた。キーラはわざとクリスと目が合わないようにして嵯峨に声をかけてきた。
「誰に言ってるんだよ?キーラ。補助席の様子はどう?」 
「ばっちりですよ!元々コックピット内部の重力制御ユニットを搭載する予定の機体ですからスペースは結構ありましたから」 
 四式のコックピットから顔を出す少年技官から書類を受け取るとキーラが叫んだ。
「ほんじゃあよろしく」 
 そう言うと嵯峨は雪駄を履いたまま自分の愛機まで歩いていく。クリスは注意するべきなのか迷いながら彼に続いて階段を上った。
「予備部品どうしたんだ?」 
「こんなポンコツにそんなもの無いですよ。二式の部品を加工して充ててるんですから、注意して乗ってくださいね」 
 キーラはそう言うとコックピットの前の場所を嵯峨とクリスに譲った。中を覗きこむと全面のモニターがハンガーの中の光景を映し出しているのが見える。
「全周囲型モニターですか。こんなものは四式には……」 
「ああ、これは二式の予備パーツを改造して作ったんですよ。まあ明華は良い仕事してくれてますから」 
 嵯峨はそう言うとコックピットの前にある計器類を押し下げた。
「どうぞ、奥に」 
 嵯峨の好意に甘えて完全にとってつけたと判る席に体を押し込むクリス。嵯峨も遼州人としては大柄なので体を折り曲げるようにしてパイロットシートに身を沈める。
「御武運を!」 
 キーラの言葉を受けた嵯峨は手で軽く挨拶をした後、ハッチを下げ、装甲板を下ろした。モニターの輝きがはっきりとして周囲の景色が鮮やかに映し出される。そんな状況を楽しむかのように鼻歌を交えながら嵯峨はそのままシートベルトをつけた。
 クリスも頼りないシートベルトでほとんどスプリングもきいていない硬いシートに体を固定した。


 従軍記者の日記 7


「ほんじゃあ明華によろしく!」 
 嵯峨はスピーカーを通して叫んだ。キーラ達がハンガーで手を振るのに見送られて黒い四式はゆっくりと格納庫を出る。
「それじゃあ行きますか!」 
 格納庫の前の広場に出ると嵯峨はパルスエンジンを始動した。小刻みに機体が震えるパルスエンジン特有の振動。クリスはその振動に胃の中のものが刺激されて上がってこようとするのを感じていた。そして独特の軽い起動音。四式はパルスエンジンの反重力作用で空中に浮かんだ。
「いいんですか?東和の飛行禁止空域じゃないですか、ここは」 
「大丈夫でしょ。まあそれほど高く飛ぶつもりは無いですから」 
 そう嵯峨が言うと村の上空に浮き上がった機体は加速を開始した。針葉樹の森の上ぎりぎりに飛ぶ黒い機体。朝日を浴びている森の上の空を進む。
「レイザードフラッグもきっちり作動してるねえ。さすが明華の仕事には隙が無いや」 
 クリスが上を見ると、日本の戦国時代の武将よろしく、笹に竜胆の嵯峨家の紋章を記した旗指物がたなびいているような光景が写った。
「これは目立つんではないですか?」 
 心配そうに口を出したクリスを振り向いて余裕の笑みを浮かべる嵯峨。
「良い読みですね、それは。もっとも、目立つんじゃなくて目立たせているんですけどね」 
 そう言うと嵯峨はそのまま峠ではなく目の前の南兼山脈に進路を取った。
「そちらは共和軍の勢力下じゃないですか!」 
 驚いて前に顔を出そうとするクリスだがシートベルトに阻まれて止まる。そんな彼を楽しんでいるかのように嵯峨が振り返る。
「そうですよ……言ってませんでしたけっけ?」
「聞いてませんよ」 
 淡々と嵯峨は機体を加速させる。彼が無線のチャンネルをいじると、共和軍の通信が入ってきた。
『未確認機!当基地に向け進行中!数は一!』 
『無人偵察機!上げろ!前線には対空戦闘用意を通達!』 
 共和軍の通信が立て続けに響く。まるでそれを楽しむように笑顔でクリスを見つめた後、嵯峨は肩を揉みながら操縦棹を握りなおす。 
「さあて、共和軍の皆さんには心躍るような挨拶ができそうだねえ。そこでアメリカさんはどう動くか」 
 前の座席の嵯峨の表情は後部座席のクリスには読み取れない。だがこんなことを言い出す嵯峨が満面の笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
「遊撃任務ですか。それにしてもわざわざ司令官自身がやる仕事ではないんじゃないですか?」 
 そんなクリスの言葉にまた振り返ろうとする嵯峨だがさすがに冷や汗をかいているクリスを見ると気を使おうと思い直したように正面を向き直る。
「陽動ってのは引き際が難しいんですよ。うちの連中は勝ち目の無い戦いをしたことがないですからねえ。下手をすれば相手に裏をかかれて壊滅なんていうのも……困るんでね。そこは勝ち目の無い、と言うより勝つ必要の無い戦いの経験者がお手本を見せるが当然でしょ?」 
 そう言うと嵯峨はさらに機体を加速させた。Gがかかり、さらにクリスの胃袋は限界に近づいていた。
「熱源接近中……なんだ、無人機じゃねえか」 
 そう言うと嵯峨は四式の左腕に固定されたレールガンを放つ。視界に点のように見えた無人偵察機が瞬時に火を噴くのが見える。クリスを驚かせた嵯峨の素早いすべてマニュアルでの照準と狙撃。
「この距離で狙撃用プログラムも無しでよく当てられますね」 
「まあ、俺もこの業界長いですからねえ。慣れって奴ですよ。まあ次は有人機をあげてくるかな?ここの近辺だと配備中は97式改ってところですかね」 
 嵯峨はそう言うとそのまま機体を空中で停止させた。きっと不敵な笑みでも浮かべているのだろう。後部座席で嵯峨の表情を推察するクリス。そして自分に恐怖の感情が起きていることに気付いた。
「大丈夫なんですか?相手も有人機なら対応を……」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直