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遼州戦記 墓守の少女

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 先の大戦で遼北のプロパガンダの一翼を担った周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』。戦後は、ゲルパルトによる人造兵士計画『ラストバタリオン計画』とそのプラントを接収した遼北軍は二千万人と言う女性人造兵士を軍に編入した。そしてその中でも優秀な成績を残した兵士を周大佐の貴下に編入し、その後も内戦の続く各地を転戦した。
 現在の北兼の総兵力9万のうち、一割程度は周大佐に呼応して亡命した『ラストバタリオン』であることは公にされている事実だった。そんなことを考えていたクリスの顔をキーラは聞き飽きたと言う表情で悲しげな笑みを浮かべながら頷いた。
 質問に言葉で答えないキーラを見てクリスはつまらないことを言ったと思い返した。しかし同様の質問にうんざりとした表情は一瞬のことで、彼女の顔にはすぐ笑みが浮かんだ。
「別に不思議なことは無いですよ、セニアさんやレムなんかもそうですから。特にレムなんてちょっと変わってるでしょ?まるで普通の人間みたいじゃないですか」 
 そう言ったキーラの口元に浮かぶ笑み。自分の偏見が抜けきらないことに恥じながらクリスは言葉を続けた。
「私から見たら君も立派なレディーだよ」 
「何言ってるんですか!」 
 そう言って叩いたキーラの一撃で、クリスは少しよろめいた。さすがに筋組織のつくりが違う人造人間に殴られれば大柄なクリスもよろめく。
「すいません!大丈夫ですか?」 
 キーラが傾いたクリスを起こした。苦笑いのクリスはハンガーを走り回るキーラの部下達を見ながら言葉を続けた。
「それにしても本当に一個旅団規模で北兼台地を制圧するつもりなのかねあの人は」
 技官に過ぎない彼女にそんなことを聞くのは無駄だと思いながらもそう呟いていた。北兼台地を遮断されれば西モスレムとの国境線付近で北兼軍自慢の魔女軍団と対決しているアメリカ軍は退路を絶たれることになる。そうなれば一時的な占領は可能でも全戦力を挙げて奪還に動くアメリカ軍と呼応して北上するであろう南都軍閥に挟まれたこれっぽっちの兵力では対抗できるものではないことくらい誰にでも分かった。 
「十分その素地は出来たって言ってましたよ、隊長が」 
 上官の考えに同調するのはそう作られたからなのかとクリスは思った。戦力差はあまりに大きい。ゲリラの支援を受けたとしてもとても対抗できる実力があるようには思えない。
「直接君が聞いたのかい?」 
 また余計なことを言った。クリスはそう思いながらキーラを見つめる。
「ええ、隊長はよくそこの喫煙所の隣で七輪でスルメとか焼いて飲んだくれていることがありますから……まあ時々どう見てもそこで言うのはおかしいと思うようなことまで手の空いた隊員に話していますよ」 
 クリスは意外に思った。
 非情冷徹な典型的胡州軍人と言う嵯峨のイメージがここで本人に出会うまではあった。だが初めて見た時の子供と遊ぶ指揮官の姿、そしてキーラの口からそんな言葉を聞くと改めて嵯峨と言う人物の全体像がわからなくなり始めた。そんな彼の隣にいたキーラを二式の足元で装甲版をはがした脚部の調整をしていた技官が手招きしている。
「すいません、ちょっと仕事なんで」
 そう言って立ち去るキーラ。ハンガーで作業するキーラ達整備員達を眺めながらクリスは二式の機体に張り付いて作業を続けている整備兵に身振りを交えて説明するキーラを見つめていた。ふと横を見ればハンガーの入り口には嵯峨がよくつまみを焼くと言う七輪がある。暇に任せてそれに近づいてみれば七輪はかなり使い込んでいるようで、あちこちにひび割れが出来ていた。
「壊さないでくださいよ。あの人泣きますから」 
 そう言いながら今度はコックピットの調整に手間取っている部下のところに這い上がろうとするキーラが叫んだ。その表情は相変わらず笑っていた。なぜ人の過ちが生んだ忌むべき存在が笑うのか……。そんな宗教的な心持がクリスに生まれる。だが明らかにキーラはそこに居て白い髪を揺らしながら笑っていた。
「しかし、君は良く笑うね」 
 クリスの言葉にキーラが頬を赤らめる。周りで作業をしていた整備兵がそれを見て一斉に笑い声を上げる。
「そうですか?戦争の道具として生み出された私がここでは自分で自分の人生が決めれるんですから。いろいろ大変だってセニアは言いますけど、私はそれなりに幸せですよ」 
 またキーラに笑みが浮かぶ。クリスは嵯峨の七輪から離れて格納庫を一望した。殺伐とした北天の人民軍の格納庫とはかなり違っていた。又聞きになるが、北天周辺のアサルト・モジュール基地ではあちこちに政治将校と彼等の部下が監視していて、時には雑談を聞かれて連行されていく兵士もいるとクリスは聞いていた。だがここにはそのような雰囲気は無かった。
 一仕事終え談笑する整備員達。オペレーターの女性隊員もその中に混じっている。よく見れば伊藤の部下である政治局員の袖章をつけた兵士も大きな手振りで彼らの笑いに花を添えている。
「ずいぶん違うものですね、人民軍の本隊とは」 
 そう言いながらクリスはようやく部下に指示を出し終えて戻ってきたキーラに向き直った。
「まあ隊長の個性というところじゃないですか?」 
 そう言うとキーラはまた笑みを浮かべた。それを見てクリスは何事も急ぐべきではないと言うことを察した。二式の情報は北兼軍閥の最高機密である。今キーラを問い詰めても彼女は誰でもなく自分の意思で何も話さないだろう。クリスは直接の質問をあきらめて自分の身の回りを片付けようと思った。
「そう言えば私達の荷物は?」 
「ああ、裏の宿舎の326号室に置いておきました」 
 そう言うとキーラはクリスと一緒に立っているハンガーの入り口まで駆け足でやってきた少年兵から渡された仕様書に目を向ける。
「ありがとう。ならしばらく休ませてもらうよ」 
 クリスはそれだけ言うと、話し足りなそうなキーラを置いて自分の仮住まいへと向かった。
 彼はこの部隊でこれほどの笑顔が見れるとはクリスは思っていなかった。
 正直この仕事を請けるまでの人民軍に対する印象は悪かった。自由の敵。母国アメリカではこの遼南の紛争をその敵に対する聖戦だという世論まであった。クリスもこれまでは遼北による勢力拡大のための戦争と言うイメージでこの内戦を見ていた。そしてある意味それは正解だった。北天では脱走兵が広場などに集められ機銃で処刑される光景も見た。政治将校が徴兵されたばかりの新兵を殴りつけている様などは日常のものだった。
 だが、この北兼軍ではそのような雰囲気はまるで無かった。綱紀粛正を主任務とする憲兵隊出身の嵯峨が全権を握っていると言うのに、どの兵士達の目にも自分で選んでここにいるとでも言うような雰囲気が見て取れた。
 そう思った時、自然と自分にもキーラの笑みがうつっていることに気づいてクリスは苦笑いを浮かべた。


 従軍記者の日記 5


 夕暮れを告げる風が大きなもみの木を揺らす。少女が一人、そんなもみの木のこずえに座っていた。
「なんか変……」
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直