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遼州戦記 墓守の少女

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 嵯峨のその言葉に、この場のメンバーは彼のにやけた面を凝視した。そんな突然の部下達の食いつきに、驚いたようにタバコを灰皿に押し付けた嵯峨。
「先に言っておくぜ。別に相手を潰すいい作戦があるとか言うことじゃないんだ。ただいくつかの情報があってね、それが面白い結果を出しそうだというだけの話なんだ。共和軍の隙間って奴に手が出そうな話でね」 
 自分が何かを知っている、情報を握っているとにおわせる嵯峨の余裕の表情に会議に列席している士官達は目の色を変えて自分達の上官である嵯峨を見た。
「俺の情報には無い話でしょうね。御前」 
 一人その流れに乗り遅れたと言うように楠木が頭を掻く。嵯峨は特に気にすることもなく再び取り出したタバコに火をつけた。
「じゃあこれから先は身内だけでやりたいんで」 
 そう言うと嵯峨は扉近くの将校に目配せした。クリスも音声レコーダーを止めて立ち上がった。部下達は、嵯峨の言葉を待っているような表情を浮かべながら去っていくクリスを眺めていた。
「ハンガーの方にはホプキンスさんが行くことは伝えてありますから!」 
 明華の緊張感のある声が会議室に響いた。クリスが振り向くとそこにはもう明華は後ろを向いていた。
「東和の介入を抑える……菱川重工でも脅すのかね。『社長の首が飛ぶぞ』とでも言って」 
 クリスは会議室の扉を振り返ると一言そう言った。そして考えもなしに言った言葉にはたと立ち止まって再び会議が始まった扉を凝視することになった。
 嵯峨家は地球の交渉がある星系を代表する資産家である。胡州の外惑星コロニー群の領邦には2億の民を抱え、そこでの領邦経営での利益や各国への投資した資産により地球の中堅国家以上の流動資産を握っている嵯峨惟基。彼が経済学の博士号の持ち主であることもクリスはこれから嵯峨を値踏みするには必要な知識だと思い返した。
「金持ちは喧嘩をしないものだと言うが、例外もあるんだな」 
 そう言うとクリスはそのまま廊下を歩き続けた。



 従軍記者の日記 4


「ホプキンスさん!」 
 会議室からそのままハワードの居るハンガーへ向かうクリスが本部の軋む階段を降りようとしたところに駆けつけたのはつなぎを着た整備員キーラだった。
 振り向いたクリスの顔を見て立ち止まった彼女の顔がさびしそうな色をにじませた。
 クリスにはどこと無く彼女達人造人間を恐れているような気持ちがあるのを自覚していた。そんな心の奥底の意識が顔を引きつらせるのだろう。またキーラもどこと無く慣れていないようにどう話しかければいいのか戸惑っているように見えた。
「君か」
 そう言ってクリスに向き合うように立つキーラを見つめる。そして見詰め合うとなぜかクリスは彼女に興味を引かれている自分に気付いた。それは神に挑戦するにも等しい『人間の創造』を行ったゲルパルトの技術者に対する興味とは違う何かだ。そう自分に言い聞かせるクリス。
「珍しいですよね、『ラストバタリオン』の整備員なんて」 
 そう言うとキーラはさわやかに笑った。自分の考えが半分ばかり見透かされたことにクリスは驚くとともに当然だと思えた。少なくとも彼女はこうして生きている。それだけは誰も否定が出来ない。白い耳にかかるかどうかという辺りで切りそろえられた髪がさわやかな北兼山地の風になびく。同じように赤いくりくりとした目がどこかしら愛嬌があるように見えた。
 好意的に見ることができるのにも関わらずクリスはどうしても彼女を正視することが出来ずにその瞳は廊下のあちこちをさまよう。
「二式についてはいろいろ聞きたいことがあってね」 
 自分の戸惑いを見透かされまいとそう言うと立ち尽くすキーラを置いて再び格納庫に向かうべく階段を下り始めた。
「開発背景とかあまり政治向きの話は答えられないですよ。嵯峨中佐が開発目的のすり合わせとかで政治的に動いてたって噂くらいしか知りませんから。それに整備班に転向してから日が浅いんで、細かいところは後で許中尉に確認してください」 
 キーラの澄んだ声が背中で響く。そのおおらかな言葉の響きにクリスは好感を持とうとした。木製の階段を一段一段下りるたびに響く足音。キーラはクリスのあとを黙ってつけながらハンガーの入り口まで付いてきていた。
 入り口でフィルムの交換をしていたハワードが二人の存在に気付いて顔を上げる。クリスを見たハワードだったが、彼にはいつも通りのぶっきらぼうな表情を見せるが後ろにキーラを見つけると歳とは不相応な崩れたようでいてどこと無く人懐っこい笑顔がそのアフリカ系の男の顔に浮かんでいた。
「あ、ジャコビン曹長。いいところに来ましたね。ちょっと村を撮りたいんだけど……」 
 ハワードにそんな風に言わせたのはキーラのまとう雰囲気なのだろうとクリスは思いながら柔らかな表情を浮かべるキーラを振り返る。
「ああ、良いですよ。なんなら整備の手のすいたのを見繕ってドライバーにつけましょうか?」 
「お願いできるんですか?それはいいや!」 
 ハワードがカメラを持って立ち上がると大きな口横に引いて滑稽な表情を作って見せた。それが面白いのか、キーラのささやかな笑い声がクリスの耳にも届く。それでも彼は二人の間に入れずに窓から見える高地の風景を見ていた。まだ日は高い。案内が同行するとなれば写真を撮り始めると満足するまで動かなくなる歯ワードでも日暮れまでには帰るのだろう。キーラは通信端末に何かを入力しながらハンガーの入り口で小声でハワードと談笑していた。
 先程の作戦会議の北兼軍閥側の切り札的機動兵器『二式』が静かに出番を待っている。遅かれ早かれ北兼台地の攻防戦が始まろうとしているだけのことはあり、格納庫のアサルト・モジュール群には火が入れられているようで、静かに震えるようなエンジンの稼動音が響いている。
「四式も準備中か。戦力はこれだけじゃないんだろ?」 
 ハワードになにやらメモを渡して送り出したキーラ。彼女を入り口の扉の向こうに見つけた三号機の肩の辺りで談笑していた整備員から敬礼されているキーラに尋ねた。
「まあ、あとはホバーが二十三機、それに装甲トレーラーが六台、200ミリ榴弾自走砲が十二門。兵員輸送車が33両ありますよ」 
「結構な戦力ですね」 
 そう言うとクリスは二式を眺めた。親米的姿勢を見せる南都軍閥の依頼で出動しているアメリカ軍は共和政府と距離をとる南都軍閥を率いるブルゴーニュ家に配慮して、最新式のアサルト・モジュールの投入を行うつもりはないことは知っていた。アメリカ国内でも今回の出兵に異論が出ている。しかし、負ければ次の選挙は野党に傾くのは確実とされており、最新鋭機の試験的投入による戦局の一気逆転を狙っていると言う噂は彼の耳にも届いていた。
「そう言えば、ジャコビン曹長。君は『魔女機甲隊』の出身かな?」 
 ひきつけられるようにハンガーの中に鎮座するアサルト・モジュール達の足元まで来たクリスは何気なく尋ねた。振り向いたキーラはしばらく黙ったままクリスを見つめた。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直