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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 要はいつも飲んでいる蒸留酒に比べてアルコールの少ないワインに飽きているようだった。カウラを見つめながら自分の趣味に満足したように頷いている。
「皆さん遠慮しないで食べてね。でも本当に不思議よね、このお肉。やわらかくて香りがあって……」 
 食事を勧めつつ、シンのレシピに基づいて作ったケバブを口に運ぶ薫。誠も一段落着いたというように、ケバブにかぶりついた。
「ちょっと誠ちゃん!ケーキとって!」 
 台所の流しでアイシャが叫ぶ。
「こっちで切りゃいいだろ!」 
「カウラちゃんのドレスにケーキのクリームが飛んだら大変でしょ?安全策よ」 
 そう言うと誠を見つめるアイシャ。仕方なく誠はそのままテーブルの中央に置かれたケーキを持ってアイシャが包丁を構えている流しに向かった。
「おい……全然飲んでねえじゃないか」 
 要はそう言うとワインのボトルを手に立ち上がる。いつもよりペースが遅い要なら大丈夫だと誠はそのままケーキをアイシャに手渡した。
「ありがと。カウラ!どれくらい……って!要ちゃん!」 
 アイシャの叫び声。誠が振り返る。
 そこには手にしたワインの瓶の口をカウラにの顔面に押し付けようとする要の姿があった。
「止めろ!」 
 ニヤニヤ笑いながらワインの瓶を押し付けてくる要にカウラがそう叫んだ瞬間、要の姿が瞬時に彼女の前から消えた。それはどう見ても『消えた』としか思えないものだった。
「え?」 
 彼女を助けようと振り向いた誠だが、次の瞬間、居間の壁際に要が大げさに倒れこんでいるのが見えると言う状況だった。
「本当に酔っ払いは……誠もそうだけど駄目駄目ね」 
 そう言って薫はワインを飲み干す。まるで何が起きたかすべてを知っているような母の態度。だが、そこに踏み込むことは誠にはできなかった。
「なに?何があったの?」 
 まるで状況が飲み込めないアイシャ。カウラもただ呆然と固まっている。
「うー……」 
 要はしばらく首をひねった後、ゆっくりと立ち上がって手にワインがなくなっているのを見つめた。
「あれ?ワインが無い……アタシは……あれ?」
 周りを確認してその急激な変化にただ戸惑う要。 
「駄目よ、飲みすぎちゃ」 
 そう言った薫の左手にはワインのボトルが握られている。まったく状況がつかめない誠達。ただ一人悠然とワインを楽しむ薫。
「じゃあ続きよ」 
 説明が出来ない状況を追及するようなアイシャではない。そう言って流し台のケーキに包丁を入れる。誠もそれを見ながら切られていく白いクリームを見つめていた。
「アタシ……何があったか覚えてる奴いる?」 
 居間で相変わらず不思議そうに要がつぶやく。カウラも誠もアイシャも状況がわからず黙り込んでいた。
「飲みすぎたんじゃないのか?」 
 カウラの言葉にもただ当惑している要が椅子に座った音が聞こえる。
「誠ちゃん。何があったかわかる?」 
 ケーキを皿に盛るアイシャは小声で誠に尋ねた。だが誠は首を振ることしか出来なかった。
「きっと母さんならわかるだろうけど……」 
 だが誠にそれを確認することはできなかった。法術の反応は明らかにあった。それは母から感じられていた。しかし母のそう言う能力の話は聞いていない。先日の法術適正でも、母からは能力反応が見られなかったと聞いていた。
「ほら!ケーキよ!」 
 やけになったように皿に盛ったケーキを運んでいくアイシャ。誠もそれに続く。アイシャはまずプレートの乗った大きなかけらをカウラの前に置いた。
「ありがとう」 
 そう言ってチョコのプレートの乗ったケーキをうれしそうに見つめるカウラ。
「それでこっちが要ちゃん」 
 イチゴが多く乗ったケーキの一切れが要の前に置かれる。
「ああ、うん」 
 まだ釈然としないと言うようにケーキを見つめる要。そして彼女は思い出したように母にケーキを手渡す誠をにらみつけてきた。その犯人を決め付けるような視線にあわてる誠。
「そんな……僕も知りませんよ」 
 誠はそれしか答えることが出来なかった。それでも納得できないと言うようにグラスにワインを注ぎ始める要。二人の微妙な距離感にカウラがあわてているのがわかり、二人ともとりあえず落ち着こうとワインを手にした。
「要ちゃんはケーキを肴にワインを飲むの?」 
 自分のケーキをテーブルに置いて腰を下ろしたアイシャの一言。要は相変わらずどこか引っかかることがあると言うような表情でケーキをつついた。
「大丈夫よ。何も仕掛けはないから」 
 そう言ったのは薫だった。誠は何か隠している母を見つめてみたが、まるで暖簾に腕押し。まともな返答が返ってくるとは想像できなかった。誠は仕方なくケーキを口に運ぶ。
「あ!」 
 カウラがケーキのプレートを口に運びながら、突然気が付いたように声を上げた。のんびりと自分のケーキにフォークを突き刺していたアイシャが急に顔を上げてカウラを見つめる。その様子がこっけいに見えたのか、要が噴出した。
「なに?なんだ?何かわかったのか?」 
 笑いと驚きを交えたようにようやくそう言った要。今度はそんな要がおかしく見えたらしく、カウラの方が笑いをこらえるような表情になった。
「そんな大したことじゃない。思い出したことがあるんだ」 
「だからなんなんだよ!」 
 怒鳴る要を見て困ったような表情を浮かべるカウラ。その様子を覗き見ながら苦笑いを浮かべるアイシャ。
「だからな。ケーキを食べるならコーヒーを入れたほうが……」 
「おい……くだらないこと言うなよ」 
 怒りを抑えるようにこぶしを握り締める要。アイシャも誠もつい噴出してしまう。
「いいわねえ……女の子は花があって。男の子はだめ。つまらないもの」 
 そんな要達を眺めながらぼやいてみせる母に仕方がないというように誠は顔を上げた。
「すいませんねえ」 
 愚痴る母親を見上げながら誠は甘さが控えめで香りの高いケーキの味を楽しんでいた。
「でも……いいな。こう言うことは」 
 カウラがそう言った。祝うと言うことの意味すらわからなかっただろう彼女の言葉。
「そうだな。悪くない」 
「悪くないなんて……要ちゃんひどくない?素敵だって言わなきゃ」 
「まあ、あれだ。オメエがいなけりゃ最高のクリスマスだな」 
「なんですって!」 
 再びじゃれあう要とアイシャ。誠もカウラの表情が明るくなるのを見て安心しながらケーキを口に運んだ。


 時は流れるままに 35


「こ・ん・に・ち・わ!こんにちわだぞ!」 
 そんな吉田の声があっても、誠はなんとかその場から逃げ出したい衝動を抑えるのがやっとだった。
 豊川の保安隊本部。ハンガーの目の前。誠、要、カウラ、アイシャの四人は立ち尽くして動けない状況にあった。
「バウ」