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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 薫もうっとりとカウラの姿を見つめている。いつもは活動的なポニーテールになっている後ろ髪が流れるようにドレスの開いた背中に広がっている。
「まあ、こんくらいじゃないとアタシの上司って言うことで紹介するわけにはいかねえからな」 
 得意げな要のラフな黒いタンクトップとジーパン姿が極めて浮いて見える。
「要ちゃん。どきなさい」 
「んだ?アイシャ。今日の主役はこいつ。アタシの格好がどうだろうが関係ねえだろ?」 
「だから言ってんの。視界に入らないで。目が穢れるから」 
「なんだって?」 
 要がこぶしを作るのを見るとカウラはドレスが見せる効果か、ゆったりとした動きで握り締めた要の右手を抑えて見せた。
「止めろ、西園寺。貴様はそうやって……」 
 いつもの調子で言葉をつむぐカウラを泣き出しそうな表情で見つめる要。
「そのような無骨な言葉を使うことは感心しませんわよ。もう少し穏やかな言葉を使ってくださいな」 
 そう言って上品に笑ってアイシャの隣のを引いて静かに座る要。
「要ちゃん。ちょっといい?」 
「どうぞ、おっしゃって頂戴」 
「キモイ」 
 確かにあまりにも普段の暴力娘的な格好で上品な口調をする要には違和感があるのを誠も感じていた。
「てめえ、一回死ね!」 
 要はいつもの調子でそうつぶやくと再び穏やかな表情に戻った。
 誠がぼんやりとその様子を見つめていると、にこやかに笑う要の視線が誠を捉える。
「そこの下男の方。お姫様を席に案内してくださいな」 
「下男?」 
 要の言葉にしばらく戸惑った後、誠は椅子から立ち上がると隣の椅子を後ろに引いた。静かに慎重に歩くカウラ。そして彼女が椅子の前まで来たところで椅子を前に出す。静々と腰を下ろすカウラ。薫はいかにもうれしそうにその様を眺めている。
「下女のオタク娘さん。ワインがまだでして……」 
 そこまで言ったところでアイシャのチョップが要の額に突き立つ。
「ふ・ざ・け・る・の・はそのくらいにしなさいよ!」 
 結局6回チョップした後、言われるまでもないというようにワインを注いでいるアイシャ。食事が揃い、酒が揃い、ケーキも揃った。
「なんなら歌でも歌う?ハッピーバースデー〜とか言って」 
「それは止めてくれ」 
 アイシャの提案に真剣な表情で許しを請うカウラ。アイシャと要はがっかりだと言う表情で目の前のワイングラスを見つめているカウラを凝視していた。
「それじゃあ!」 
 満面の笑みの薫が手にグラスを持つ。それにあわせるように皆がグラスを掲げた。
「カウラさん、誕生日おめでとう!」 
『おめでとう!』 
 薫の音頭で宴が始まる。一口ワインを口にした要は、さすがにお嬢様ごっこは飽き飽きしたと言うようにいつもの調子でケバブにかぶりつく。
「また下品な本性をさらけ出したわね」 
 アイシャはそう言いながら要が乗ってこないとわかると、仕方がないというようにピザに手を伸ばした。
「そう言えばローソクとかは立てないんですか?」 
 誠のその言葉にものすごく複雑な表情を浮かべるカウラ。彼女は培養ポッドから出て八年しか経っていないと言う事実が誠達の頭にのしかかる。
「なに?八本ろうそくを立てるの?それならクバルカ中佐を呼んで来ないと駄目じゃない」 
 ピザを咥えながらのアイシャの言葉。しばらく誠はその意味を考える。
「見た目はそのくらいだからな。中佐は」 
 二口目のワインを飲みながらそう言ったカウラ。次の瞬間には要がむせ始め、手にした鶏の腿肉をさらに置くと低い声で笑い始める。
「笑いすぎよ、要ちゃん」 
 呆れた調子でアイシャは体を二つ折りにして声を殺して笑う要に声をかけた。
「馬鹿……思い出したじゃないか……あのちび……」 
 カウラも呆れるほど要は徹底して笑い続ける。しかし、突然アイシャが腕から外してテレビの上に置いていた携帯端末が着信を告げた。それを見ると誠もカウラも要もアイシャも顔を見合わせて大笑いを始めた。
「あの餓鬼!タイミングよすぎ!」 
 叫びながら笑う要。アイシャも必死に笑いをこらえながら立ち上がるとそのまま携帯端末の画面を起動した。起動した画面に映っていたのが幼い面影の副部隊長のランだったところから、それを見たとたんに思い切りアイシャは噴出した。
『は?何やってんだ?』 
 こちらの話題などはまるで知らないランが、ぽかんとした表情で画面に映っている。
「いえ……別にこちらのことですから」 
『ふーん』 
 ランはそう言うと不満そうな顔で画面をじっと見つめている。ちらちらと視線を動かすのは画面の端に映っているこちらの宴会の食事が気になっているのだろうと誠はなんとなく萌えていた。
「何にも無いよ、別に何にも……」 
『西園寺がそう言うところを見ると、アタシのことでなんか噂話でもしていやがったな?』 
 そう言うと苦笑いを浮かべるラン。その穏やかな表情を見ればこの通信が緊急を要するものでないことはすぐにわかった。誠はとりあえず飲もうとして口に持っていったグラスをテーブルに置く。
『まあ、あれだ。隊長から止められてお祝いにいけなかった連中からなんだけど、おめでとうってカウラに伝えとけってことだから代表してアタシが連絡したわけだ』 
 誠は欠勤扱いを受けたとしても意地でも乱入しようとする二人、シャムや菰田とそれを取り押さえる吉田達の姿を想像して渋い笑みを浮かべる。
「ご苦労様ですねえ、副長殿」 
『は?クラウゼ。テメーが休みを取りたいとか色々駄々こねたからこうなったんだろうが?ったく誰のせいだと思ってんだよ』 
 愚痴るラン。とりあえず音声だけを聞けば彼女はどう見ても小学校二年生にしか見えない事実は忘れることが出来た。だが目を開いた誠の前には明らかに子供に見えるランの姿がある。
『でだ。明日、シャムがお祝いをしたいとか言うからさあ……』 
「え?私達は非番じゃないですか!」 
 アイシャの声の調子が高く跳ね上がる。そしていつでもランの意見を論破してやろうと言う表情でアイシャが身構えるのが誠にはこっけいに見えて再び噴出す。
『別に仕事しろとは言わねーよ。なんでも面白い見世物があるんだと。それとおせちに使える野菜を収穫したからそれも渡したいとか抜かしてたぞ』 
 ランの苦笑いは消えることが無く続く。アイシャは頭を掻きながらドレス姿のカウラを見つめた。
『あれ?そこにいるのは……』 
「私です!」 
 半分やけになったように振り向いたカウラ。ランはそれを見てぽかんと口を開いた。
「凄いでしょ?これ全部要ちゃんのプレゼントなんだって!」 
 アイシャの声を聞いて胸を張る要。そしてしばらく放心していたランだが、次第に底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
『なんだ?まったくもって『馬子にも衣装』の典型例じゃねーか』 
「失礼なことを言うのね、ランちゃん。レディーにそんなことを言うもんじゃないわよ!」 
 アイシャの言葉につい頭を下げるラン。そして誠は今のタイミングだと思って椅子から立ち上がると二階に上がる階段を駆け上がった。
 誠は飛び込んだ自分の部屋の電気をつける。そしてすぐに机の上のイラストを入れた小箱を手に取ると再び階段を駆け下りた。