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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 顔を上げて誠達を見つめるアイシャがみかんを横にどけた。正座をして一度長い紺色の髪を両脇に流した後、真剣な瞳で誠を見つめてくる。
「そうやってかまってやるから付け上がるのよ。要ちゃんは!」 
「確かにそうですけど……」 
「なんだ?アタシはシャムか?いつからそんなポジションに……」 
「黙ってらっしゃい!」 
 アイシャの気合の一言に文句を言おうとした要が引き下がる。
「たまには冷たくあしらうくらいのほうがいいのよ。つまらないことは無視!真面目な話だけ……」 
「いや、それはお前の方に当てはまる話だろ?」 
 ここまでアイシャの話を聞いて呆れながら応えるカウラ。それをみてアイシャはショックを受けたように大げさにのけぞる。
「え?みんなそう思ってたの?」 
「今気づいたのか?」 
 カウラの言葉に大きく頷くアイシャ。誠はそれが要を挑発するためのポーズだとわかって、なんとも困ったような笑顔が浮かんできた。そんな様子に舌打ちをした要。
「ああ、そうだ。カウラ。顔貸せ」 
 一瞬の沈黙をついてようやくいつもの調子に戻った要が、アタッシュケースを手にカウラを呼び寄せる。
「何のつもりだ?」 
 近づいてきて肩に手を伸ばした要にカウラは迷惑そうな顔を向けた。新品とわかるつやのある表面の銀色のアタッシュケース。誠は要ならば入っているものは小型のサブマシンガンなどだと思って苦い顔をした。
 しかし要はそんな迷惑そうな誠の視線など無視して立ち上がりかけたカウラの手を引く。
「ああ、薫さん。しばらくこいつを借りますから。それとアイシャ。鏡を見て来い」 
 そう言うと要はそのまま三人が泊まっている客間へとカウラを連れて行った。きっとガンショーか何かで見つけた最新式の銃器の発注をどうするかと言ったところを、小火器担当の整備士官であるキム・ジュンヒ少尉あたりと連絡を取って話し合う。そんなことを誠は想像していた。
「西園寺さん……また銃関係の話でもするんですかね」 
 誠は落ち着いて再びコタツに座りなおすと、食べかけのみかんに取り掛かった。再びだらけたモードに落ち着いたアイシャもみかんに取り掛かっている。
「あれでしょ?お互いの肉体で愛を確かめ合うんじゃないの?」 
「なに言ってるんですか……」 
 アイシャらしい解答に呆れ果てながら、誠はみかんを口に放り込んだ。薫もテレビのラグビーの試合に飽きたようでそのまま台所へと帰っていった。
「本当に鈍いのね」 
 ひそかにつぶやくアイシャ。誠にはしばらくその意味がわからず首をひねりながらアイシャを見つめていた。
「わからないの?」 
「何がですか?」 
 誠の解答が相当不満だったようで、アイシャは大きくため息をつくとみかんの袋を口に運んだ。
「アイシャさん、誠。机を運ぶの手伝ってほしいんだけど」 
「行くわよ、誠ちゃん」 
 薫の言葉に気分を切り替えたと言うように立ち上がるアイシャ。誠も先ほどのアイシャの発言に納得がいかないまま後ろ髪を惹かれるようにコタツの中から足を引き抜いた。
 コタツを廊下に運び、台所のテーブルと椅子を居間に運ぶとアイシャの手配していたピザが届いた。冬の夕方の日差しは黄色く、部屋の中に充満した。
 そして誠がピザを刺身用の大きな皿に移していたとき、今度は頼んでいたカウラ向けのバースデーケーキが届く。
「プレートはカウラちゃんに食べてもらいましょう」 
 わざわざアイシャがそう言ったのは実は辛党で通っている要が、チョコレートだけは別腹だということを、薫に伝えたかったのだろうと思うと誠は苦笑いを浮かべた。台所からはシンの贈り物であるケバブの焼ける香りが漂う。だが、そんな下準備が済んだというのに客間の要とカウラは出てくる様子が無かった。
「アイシャさん……」 
 テーブルにケーキを設置する。さらに昨日いつの間にか要が運び込んだ数本の地球産のワインのボトルを並べた誠。それを眺めているアイシャに誠が声をかけた。
「ああ、あの二人ね。それはそれは深い愛に目覚めちゃって……」 
「冗談は良いんですよ。もうすぐ始められるじゃないですか。呼んできたほうが良いんじゃないですか?」 
 誠の言葉に一瞬目が点になるアイシャ。そしてまじまじと誠を見つめてくる。
「誠ちゃん。本気で言ってるの?」 
「あの二人がアイシャさんの望む展開になっているとは思えないんですけど」 
 こちらも負けてたまるかと、誠もじっとアイシャを見つめる。
「何、二人で馬鹿なことやってんだよ」 
 客間に向かう廊下から顔を出した要。いつものように黒いタンクトップにジーンズ。先ほど出て行ったときと変わった様子は無い。
「カウラちゃんは?」 
 アイシャは明らかに要達が何をしていたのか知っていたように要に尋ねる。
「あいつの説得には骨が折れたぜ。こいつに二回も恥ずかしい格好を見せたくないとか抜かしやがって……」 
「二回?恥ずかしい?」 
 愚痴をこぼしてそのまま椅子に座って足を組む要。その言葉がいまいち理解できず、誠は呆然と要を見つめていた。
「お肉焼けたわよ!手伝って!」 
 薫の声で立ち上がる三人。そわそわしながら台所に行くと、そこにはそれぞれの皿に大盛りのケバブが並んでいた。
「凄いですね」 
 満面の笑みでアイシャが皿を両手に持った。誠は先ほどの要の言葉が気になったが追及するわけにも行かずに母から預けられた皿をテーブルに運ぶ。
 そして肉まで運ばれてくると居間の雰囲気はすっかり素朴な感じのパーティーのそれに変わっていた。
「もういいかな?」 
 そう言うと要が再び客間に消える。
「スパーリングワイン係!」 
 アイシャは手にしていたスパークリングワインを誠に渡す。あまりにも満足げな彼女の笑みにほだされてつい、誠はワインの栓の周りの銀紙を外す作業をはじめた。
「どう?誠ちゃん」 
「そんなすぐは無理ですよ」 
 恐る恐るスパークリングワインのコルクを緩めはじめた誠をアイシャが急かせる。
「おい、アイシャ。いいか?」 
 廊下で後ろに何かを抑えているような要の顔が飛び出していた。だがアイシャは要の言うことなど聞かずおっかなびっくり栓をひねっている誠を見つめている。
「いいわよ……って要領悪いわね」 
 そう言うと明らかにびびりながら栓を抜こうとしている誠からワインを奪い取るアイシャ。彼女はそのまま勢い良く栓をひっぱる。
 ぽんと栓が突然はじけた。栓はそのまま天井に当たって力なく床に転がった。
「ったく何やってんだよ……来いよ」 
 アイシャがワインを撒き散らす寸前でどうにか落ち着いたのを見計らうと、要が後ろの誰かに声をかけた。
「すまない……なんだか……似合わなくて」 
 戸惑いながら響くカウラの声。誠がそちらに目をやると緑の髪の淑女がそこに立っていた。アイシャ、薫、そして誠の視線がもじもじしながら立っているカウラに向けられていた。
「綺麗……」 
 アイシャがそう言うまでも無く誠も心のそこからカウラの美しさに惹かれていた。額と胸、そして腕には先日要が選んだルビーとプラチナの装飾が飾られている。着ているドレスは先日店で見たものとは違う薄い緑色の楚々とした雰囲気のドレスだった。
「凄いわね」