遼州戦記 保安隊日乗 5
薬莢の雷管を叩いて激発させるハンマーの突起を見て、カウラが怪訝な表情を浮かべた。誠も覗き込むと、その部分が別部品で出来ているのが見て取れる。
「ああ、それがこの銃の売りの安全装置だ。ハンマーの後ろにボタンがあるだろ?それでハンマーヘッドをフリーにすると引き金を引いてハンマーが落ちても弾は出ない。そこのボタンを押してヘッドを固定した状態でハンマーを落とすと弾が出る」
もう一つの箱を開けた要が実際にその部品を弄って機能を示して見せる。
「へー……そうなのか?」
要の解説を聞きながらカウラはしばらくシャムの新しい銃の安全装置を眺めていた。
「でもこれってこれまでのM500の弾より安いんですか?弾」
誠の言葉に要はにやりと笑って頷く。
「まあカウボーイシューティングマニアは今でも結構いるからな。こいつは仕様は45ロングコルト弾だからそれなりに値段は安いぞ」
「はあ……」
銃を弄っているうちに次第にうれしそうな表情に変わる要の表情にただ誠は頷くばかりだった。
「でも隊長のコレクションなんだろ?価値は……」
「カウラよう。叔父貴と二年も付き合ってわからねえのか?ゲテモノ食いが叔父貴の本分。こいつは二束三文だな。希少価値なんて0に近い。まあ数百年後はどうか知らねえけど」
そう言いながら要は銃のハンマーの劇発部分をつつく。安全装置の関係でそれはぴこぴこと引っ込んだり出っ張ったりを繰り返す。
「この仕組みがね……。アイディアとしては面白かったんだが、ピースメーカーのレプリカにしては、ハンマーの後ろにつけられたここの安全装置が目障りだったんだ。『ハンマーノーズをそのままに規制の多い国でも販売できるピースメーカー』って売りだったんだが、こんな後付の安全装置をつけるならいらねえって言うのが市場の声でね。メーカーは二年で倒産というわけだ」
そう言うと要は器用にくるくるとガンマンのように手の中のピースメーカーを回して見せる。
「ふーん。そうなんだ……」
ようやく自分の銃のことが分かって感心したように要を見上げるシャム。そしてカウラから受け取った銃をまじまじと見つめる。
「そう言えば二挺あるってことは後は誰が使うんだ?吉田か?」
「俺は御免だな」
カウラの指摘にすぐに答える吉田。そして吉田は慣れた調子でハンマーを少しだけ起こしてシリンダーの後ろの部品を動かす。そこには誠にも弾が入る穴だとわかる部分が見えている。
「ここから装弾するんだ。しかも薬莢を取り出すのは……一般的なタイプならバレルの横に排莢用の棒が付いているんだが、これみたいなシェリブズタイプには無いからな。前の部分から棒か何かで押し出さないと出てこない」
吉田の説明でなぜこの銃が二挺セットなのか誠も理解した。要するに撃ち合いのさなかに弾を込めるようなことはとても出来る銃じゃない。解決策はもう一丁を用意して撃ち終わったらそちらを使う。
「吉田君。知ってたら教えてあげないと」
リアナの言うのももっともだった。頷く誠だが、当のシャムはすっかり気に入ったと言うように銃を手に構える練習を始めている。
「まあ本人が気に入ってるんだからいいんじゃねえか?それより蟹だよ」
そう言うとそのまま要は道場へ向かう廊下に向かう。誠はカウラが手を洗っているのを見つけるとそのまま洗面台に向かった。
『はじめちゃうからね!』
『いいぞ!アタシも行くから待ってろ!』
廊下で響くサラと要の叫び声。
「蟹があるの?」
箱に銃を戻しながら手を拭いているカウラにシャムが尋ねた。
「そうだ。玄関に箱が有っただろ?」
そう言うとシャムの表情が一気に明るくなった。
誠が手を洗い、白いタオルでそれを拭う。
「冗談抜きで西園寺はすでに始めているだろうからな。こういう時のあいつは気が早すぎる」
笑みを浮かべているカウラについて道場へ向かう廊下を急ぎ足で進む。
「要ちゃん!もう蟹を入れちゃったの?」
リアナの声が響く。道場にはテーブルが五つほど並んでいた。上にはそれぞれ土鍋とその隣に山とつまれた蟹。要の占拠したテーブルの鍋から湯気が上がり、その中に要が蟹を放り込んでいる。
「まあすぐに茹で上がるわけじゃないからいいですよ」
リアナの声にこたえて微笑むカウラ。
「そうそう!ちゃんと火が通らねえとな」
そう言って上機嫌な要の手にはすでに芋焼酎が握られていた。そのラベルを見て誠は母に近づいて小声でささやく。
「母さん、それ親父の取って置きの……」
おどおどとした誠に笑顔で答える薫。
「あら、大丈夫よ。代わりに麦焼酎のおいしいのを頂いたから」
そんな薫を見て頷きながら次々と蟹を鍋に入れる要。
「そんなに入れても仕方ないだろ?それより野菜を入れろ」
自然と要の座っているテーブルに着いたカウラは対抗するように白菜を鍋に投入する。
「だってアタシは野菜食べないし……」
要はそう言うと蟹を鍋に放り込んでいた手を休めてグラスに焼酎を注ぎ始める。
「あ!待っててくれなかったの?」
母屋から入ってきたシャムの一言。にんまりと笑って見上げる要。
「オメエは飛び入りだろ?遠慮しろよ」
そう言いながら乾杯を待っている要。それを見てリアナは自分のテーブルにシャムを招くと周りを見回した。
「カウラさん……」
そう言いながら後ろのケースから冷えたビールの瓶を手にして誠はカウラに向ける。
「今日ぐらいはいいか……」
「明日も飲むくせに何言ってんだか」
カウラを茶化す要。それを無視するようにグラスを手にしたカウラは誠の注ぐビールをうれしそうな顔で見つめていた。
「えーとそれじゃあ失礼するわね」
咳払いをしながら立ち上がるリアナ。それぞれのテーブルにはお互い女同士でグラスにビールを注ぎあっていた運行部の女性士官達が手にグラスを掲げている。
「まあいろいろと忙しいみたいで今年は部隊での忘年会は出来そうにないから」
「あのーお姉さん?趣旨が違うんだけど」
思わず突っ込む要に思い出したようにどてらの袖を打つリアナ。
「えーとじゃあカウラちゃんの誕生日が明日と言うことで!おめでとう!」
『おめでとうございます!』
黄色い歓声が沸きあがる。誠と吉田は少し肩身が狭いと言うようにグラスを合わせて乾杯した。
時は流れるままに 28
「パーラの奴は本当に人が良いと言うかなんと言うか……」
要の苦笑いに誠も頷くより他になかった。深夜、もうすぐ日付が変わろうとしている。リアナ達運用艦『高雄』のブリッジクルーの女性隊員達は一人酒を飲めなかったパーラの運転するマイクロバスで誠の実家の道場を出て行った。
見送る要とアイシャ、そして誠。カウラは今は道場の床を薫と一緒に掃除している。
「おい、神前。いいのか?明日だぞ」
要のタレ目が誠に向かう。満面の笑みに誠は酒を出来るだけ控えていた理由を思い出した。
「大丈夫よねえ。その為にあまり飲まなかったんだから」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直