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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 そう言うアイシャに誠は自信を持って頷いた。さすがに冬の晴れた日。日が落ちてからはどんどん気温が下がる。暖房といえば煮えたぎる鍋が有った先ほどの宴は過ぎて、羽織るどてらに冷たい風がまとわり付く。
 三人はさっさと玄関に向かい、引き戸を開いてあがりこんだ。
「じゃあ、僕は作業があるんで」 
 そう言い残して誠は階段を駆け上がって自分の部屋に入った。こう言うとき突然出てきそうなシャムも吉田に引っ張られて宴が盛り上がったところで豊川の基地に連れて行かれた。邪魔するものも無く机の上にはカウラへのプレゼントのイラストが乗っていた。
「ふう」 
 ため息をついた後、そのまま机に向かう。実はカウラのドレス姿は細かい修正が残っているだけで、すでにほぼ完成していると言ってもいい状況だった。
 いつものポニーテールを解いたエメラルドグリーンの髪、その額の赤い石の輝くようなティアラ。胸のネックレスにも同じような赤い石が光る。まっ平らな胸が少し増量されているように見えるのはご愛嬌だと思わず笑みがこぼれる誠。
 しばらく誠はじっとその絵に見入っていた。表情はいつもの緊張したカウラのものではなく、少しばかりやわらかくアレンジしてみた。
 めったに見ることが出来ない安心したような笑顔。要なら『こんな顔か?こいつ』とか言われるかもしれない。そう思いながらとりあえず首飾りの輪郭などにペンを入れる作業を始める。
 師走だというのに静かな夜だった。下町の繁華街と住宅街が入り組んだ町には似つかわしくないほどの沈黙。誠はそんな中で静かに作業を続けていた。
 ふすまの外でごそごそと音がして振り返る。
「じゃあ、私達は寝るけどがんばってね」 
 ささやくようなアイシャ。少しはあの人も気を遣うのかと失礼なことを考えながら誠は細かい部分にペンを走らせる。
「喜んでくれればいいんだけど」 
 そう思いながら誠は休まずに一気に仕上げようとペンを持つ左手に集中した。


 時は流れるままに 29

 誠は息苦しさで目を覚ました。そしてそのまま思い切り腹筋でもするように起き上がる。
「おう!起きたか」 
 ベッドの隣には手を引っ込めてうれしそうな顔をしている要が立っている。起きる寸前の感触からして誠の鼻と口を押さえて呼吸が出来ないようにした感じがした。
「死んだらどうするんですか!」 
「死んでないじゃん」 
 そう言うとそのまま要は誠の机の上に置かれたリボンの巻かれた平たい箱に目を向ける。すぐに誠は手を伸ばそうとするが要はただにそれを珍しそうに見ているだけだった。
「オメエ器用だよな。こんなものまで用意していたのかよ」 
 感心したように頷く要。誠はとりあえずベッドから起き出すと布団を直す。
「着替えますから」 
「そう」 
 要はまるで誠の言葉を聞かずにただじっと平たい箱を見つめていた。中にはカウラのイラストが額に入ったものがある。
「着替えるんです」 
「勝手にすれば?」 
 相変わらず出て行く様子のない要。誠は頭を掻きながら箱から目を離さない要に何を言うべきかしばらく考えた。
「要ちゃん!何やってるの!」 
 明らかに襖の外で様子を伺っていたらしいアイシャが飛び出してきて要の腕を引っ張る。突然のアイシャの登場に明らかに驚きながら抵抗する要。
「おいおい!アタシは何もしてねえぞ!」 
「十分やったじゃないの!誠ちゃんの口をふさいだりとか」 
 アイシャの言葉に抵抗も出来ずにずるずると引っ張られていく要。誠は苦笑いを浮かべながら二人を見送る。そして襖が閉められたのを確認すると、さっさとパジャマを脱ぎ、たんすの前に立った。そこで少し考えた。
「一応……誕生日……か……」 
 カウラの誕生日であるクリスマスイブ。いつもの紺のセーターと言うわけにも行かないような妙に晴れ晴れしい気分が感じられる。だが、誠はおしゃれに金をかけたことは一度もなかった。当然それらしいと思えるような服は持っているわけもない。
「まあ、いいか」
 そう言うと誠はすばやくたんすの奥の緑色のセーターに手を伸ばした。本当になんとなく、カウラの髪の色に連想した色のセーターに満足するといつものジーンズ、いつもの下着、いつものシャツを着てセーターを着る。
「なんだかなあ」 
 鏡もない部屋。誠はただ自分に呆れながら襖を開けようとする。そして部屋の机の上の白い箱を見た後自分でも気持ち悪い笑顔を浮かべているだろうと想像しながら階段に向かった。
 階段を途中まで降りると、そこには緑色のポニーテールが動くのが見えた。
「おはようございます、カウラさん」 
 気を抜いているときに突然声をかけられて一瞬怯んだカウラだが、いつもの無表情を取り戻すと静かに誠を見上げた。
「遅いな。実家だと思ってたるんでいるんじゃないのか?」 
 カウラのいつものぶっきらぼうな態度に苦笑いを浮かべる誠。シャンプーの香りがカウラから漂うのは母の朝稽古に付き合って流れた汗を流したからなのだろう。
 そのまま台所に向かうカウラについていくと、すでに朝食の準備をほとんど済ませた薫が笑顔で誠を迎えた。
「おはよう。眠そうね」 
「ああ、そうだね」 
 母の声を聞きながら誠はすでに自分用の箸を握り締めて黙って座っている要を見つけた。そんなかな目の隣にアイシャがあきれ果てた顔で立つ。
「要ちゃん。ソースを冷蔵庫から出すとか、醤油をそこの調味料入れから取るとか。手伝うこと色々あるんじゃないの?」 
 そう言いながら薫から味噌汁を受け取って並べているアイシャ。要は苦笑いを浮かべながら黙って座っている。
「はい、カウラちゃん」 
 そう言ってアイシャがジャガイモが水面から飛び出すほどの具沢山な味噌汁を席に着こうとしたカウラに渡す。
「気が利くな」 
 カウラの言葉にアイシャは当然のように今度は炊飯器を開けてご飯を盛り始めた薫の手伝いを続ける。
「おいおい、慣れない事してんじゃねえよ。いつもは寮の料理もろくにしていないって言うのによう」 
 ふてくされる要だが、アイシャはにやりと笑うだけでそのまま今度はご飯を配り始める。
「私が手伝うことは無いのか?」 
「いいのよ、ベルガーさんは。それより誠に何かしてもらうことは無いかしら」 
 娘が増えたなどと喜んでいた母の様子に、ただ弱ったような笑みしか誠は浮かべることが出来なかった。 
「ああ、海苔が切れたっておっしゃってましたよね?曹長、取れ」 
 突然調子を変えて命令口調になるアイシャ。つぼに入って噴出した要を無視して誠はそのままガス台の上の戸棚に手を伸ばす。一応、186cmの長身である。すぐに焼き海苔の袋を見つけて隣に立っていたカウラに手渡した。
「じゃあ頂きましょうか」 
「母さん、焼き海苔は?」 
 自分達を無視して食べ始める母とアイシャ、そして要を見ながら思わず見詰め合う誠とカウラだった。


 時は流れるままに 30


 朝食が終わると居間でお茶を片手にテレビを見て笑っていたアイシャが薫の洗い物を手伝っていてようやくコタツに足を入れようとしたカウラに声をかけた。
「誠ちゃん貸すわよ」