遼州戦記 保安隊日乗 5
「ああ、例の三体のアサルト・モジュールの起動実験でしょ?ともかくしばらくは『高雄』での運用は無いだろうと言うことで私達暇だったのよ。でも……」
パーラはそう言うと隣のサラを見つめる。整備班班長の島田と付き合っているサラの表情はさすがに冴えない。
「まあ島田先輩は休めないでしょうね」
誠の言葉を聞くとそのまま静かに頷くサラ。
「こんなに来て……それに明日じゃねえのか?こいつの誕生日」
「だって……明日だと私が出れないでしょ?それにいいものが手に入ったんだから」
うれしそうなリアナ。確かに保安隊での数少ない既婚者である彼女は夫の健一とクリスマスの一夜を過ごす予定でもあるだろうと察して誠は苦笑いを浮かべた。
「なんですか?」
「蟹よ!」
うれしそうに叫ぶアイシャ。要とカウラはなんとなく納得したような表情でアイシャのうれしそうな顔を眺めていた。
道場の入り口で手を振る母、薫。誠は苦笑いを浮かべた。カウラとアイシャが冷やかすような視線を彼に向けてくるのがわかる。
「本当に仲がいいのね。要ちゃん、うらやましいでしょ?」
そう言って見つめてくるリアナに思わず顔を赤らめる要。そしてそのまま足を玄関に向ける。
「そう言えば西園寺さんのお母さんて有名な剣術家で……」
「お袋の話はするな」
吐き捨てるようにそう言うと足を速めた。
「ええ、かなりしごかれたらしいわよ。すっかりトラウマになったみたいで」
「アイシャ!聞こえてんぞ!」
怒鳴る要に思わず首をすくめるアイシャ。誠も仕方なく要やカウラと玄関へと向かった。引き戸を開いて入った玄関には大量の大きな白い断熱素材の容器が積み上げられている。
「これ……全部蟹?」
「そうよ!」
呆れたようにつぶやく要に元気良く答えるアイシャ。誠も空の容器を見つめながらその量の多さにただ圧倒されていた。
「北海ズワイ……本物か?最近のこう言う表示の紛らわしいのは何とかならないのか?」
カウラのつぶやきに誠も苦笑する。当然遼州にはズワイガニはいない。哺乳類が生物学上の同様の進化をたどったとされている遼州だが、甲殻類の進化は地球のそれとは違った。この『北海ズワイ』と呼ばれている『リョウシュウクモガニ』は見かけは確かに蟹と思えるが、足の数が二本多いのが地球の蟹とは違う点だった。美食家の嵯峨に言わせると味は同等だがあっさりしすぎていて地球のズワイガニより劣るという話だった。
「でもまあこれは誰が……」
呆れながら靴を脱ぐ誠。要は誠を待たずに奥の洗面所に走っていく。
「隊長に決まっているじゃない」
背中からいきなりリアナに声をかけられてバランスを崩す誠。ブーツを脱ぎ終えたカウラが手を出さなければそのまま顔面から玄関のコンクリートにキスをするところだった。
「脅かさないでくださいよ」
リアナは満面の笑みを浮かべながら体勢を立て直す誠に手を貸す。
「ごめんなさい。でもこれで今日は蟹鍋ができるのよ。みんな楽しくって……」
そう言うとリアナはサンダルを脱いでそのまま道場へ向かう廊下を小走りで消えていく。
「楽しそうだな」
誠を待ってくれているカウラに笑顔を向けながら誠はようやく靴を脱いで立ち上がった。
「でもこんなに食べるんですか?」
明らかに伊達では無い量に誠はただ圧倒されていた。
「ちゃんと手を洗って!」
道場の方からの母の叫びに苦笑いを浮かべながら誠はそのまま廊下を奥に進んだ。
「良いわね、お母さんて」
「そうですか?面倒なだけですよ」
リアナの言葉につい出た言葉に誠は頭を掻いた。そんな誠を静かに見守るカウラ。
「なんだよ、早くしないと全部食っちまうぞ」
洗面所に向かう廊下から顔を出した要がそう言って笑う。誠は仕方がないと言う表情でそのまま洗面台に向かう。
「お前もちゃんと手ぐらい洗えよ」
「余計なお世話だ」
いつものように一言多い要にカウラがやり返す。
「本当に二人は仲良しなのねえ」
リアナの言葉に見つめあう要とカウラ。次第にその表情が複雑なものになり、そしてリアナに向き直る。
『どこがですか!』
声をそろえて二人が言うのを見て手を洗っていた誠が噴出す。それを見るとすぐさま要の手がその襟首を捕まえて引き倒した。
「おい、どういうつもりだ?あ?」
要はそのまま誠の利き手の左手をつかむと後ろにぎりぎりと締め上げ始める。
「どういうつもりも何も……」
「要、ちゃんと躾をしておけ」
カウラは引き倒されてじたばたしている誠を横目に見ながら、優雅に手を洗っている。そしてその水音と暴れる誠の音ににまぎれて玄関の引き戸を開く音が聞こえた。
「誠ちゃん!元気!」
声の主はシャム。誠が倒れたまま玄関の方を見てみると、珍しく玄関に並んで立っているシャムと吉田の姿があった。いつもなら裏口とか二階に直接上がってくるような吉田がなぜ玄関から入ってくるのかと逆に不思議に思っている誠達を眺めながら靴を脱いであがってくる。
「なんだ?蟹のにおいに釣られたか?」
誠の腕をねじりながらの要の言葉に頬を膨らませたシャムが手に箱を二つ持ったままずかずかとあがりこんでくる。
「ひどいんだ!せっかく良いもの見せてあげようと思ったのに!」
珍しくトレードマークの猫耳をつけていないシャムが手にした二つの箱を大事そうに抱えて誠の目の前に座り込んだ。
「なんですか?それ」
ようやく緩んだ要の手から抜け出して何とか起き上がる誠。彼の前にシャムはうれしそうに少し焼けたようなセピア色に染まった紙箱を二つ突き出して見せる。
「シャム……」
そう言って、立ち上がったばかりの要は大きくため息をついた。誠はしばらくその意味がわからなかったが、うれしそうに一つの箱を廊下に置いて蓋を開けた瞬間に少しばかり要の気持ちがわかった。
中には黒鉄色のリボルバーが入っていた。しかもウェスタン映画に出てくるような見覚えのある形だった。
「ピーメかよ……」
再び大きくため息をつく要。誠はその言葉でシャムが持ってきたのが西部劇などに良く出てくるガンマンの銃、ピースメーカーであることを思い出した。
「珍しいな。撃てるのか?」
カウラが珍しいものを見るように紙箱の中の銃を眺めている。そのピカピカの青黒い姿から見て19世紀の本物のピースメーカーでは無いことは誠にも分かった。
「えーとー」
「それは第六惑星3番衛星系連邦のルーラ・ガンファクトリーの『SAA・G1』シリーズのシェリブズモデルだ」
要はそう言うと全員の視線が自分に向いていることに気づいた。
「どうした?」
「そう言う言い方。誠君がアニメの説明しているときみたいよ」
リアナの一言。そして打ちひしがれたように凍りつく要。
「まあ、それはいいとして……」
カウラは相棒をフォローするようにシャムの差し出した箱から拳銃を取り出す。誠はそれを見ながら映画でガンマンが構えていた銃との違いを思い出していた。映画のガンマンの手の中の銃に比べると明らかに銃身が切り詰められていて短い。そしてグリップが丸っこくなりどこか愛嬌すら感じさせる。
「ハンマーヘッドは……なんだ?これは」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直