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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「そんなに急ぐ必要もねえだろ?浅間マルヨは……見えてるじゃん」 
 要の言葉通り通り魔が逃げ込んだ百貨店の屋上の広告塔が雑居ビルの向こうに見えている。まだ犯行直後と言うことで、非常線も交通整理もできていない状況。赤いパトランプを点灯させるとそれを見た対向車は道の両端に避ける。それを見ながらカウラはパトカーを疾走させる。対向車線にはみ出しながらいつもの自分のスポーツカーよりもアクセルを吹かし気味に走り続ける。
「西園寺!何かわかったか?」 
「そんなにすぐ情報が集まるわけ無いだろ?まあ、法術反応は無いそうだが……まあ茜の把握しているデータには犯人の情報は無いな」 
 前科が無い上に三ヶ月前に東和国民に行われた法術適正検査でも目立つデータを示さなかったことがわかる。そして渋い表情の要がパトカーのダッシュボードを開ける。
「糞ったれ!バックアップの銃くらい入れて置けよ!」 
 何も無いダッシュボードを思い切り叩きつけるように要が閉める。
「無茶を言うな。銃撃戦が仕事の私達とは職域が違うんだ!」 
 舌打ちする要にそう言うとカウラは思い切りハンドルを切る。交差点でドリフトしてさらに加速して並んでいるタクシーをよけて疾走するパトカー。駅前の遊歩道が見え始めた。すでに所轄の警官が到着して手にした無線機に何かを叫んでいる有様が見えた。
 カウラは白と黒のツートンカラーの警察のワンボックスの後ろで車を止める。
「……君達は?」 
 眉に白いものが混じる警部補が面倒にぶち当たったと言うような顔で、降り立った私服の誠達を迎える。すぐに身分証を見せた。
「保安隊……」 
 あからさまに嫌な顔をする所轄の責任者。デパートの方に目を向ければ、パニックを起こしているデパートから流れ出す人々を抑えるのに彼の部下は一杯一杯の状態だった。
「あと少しで機動隊が到着します。それに……」 
 関わりたくないと言う本音が丸見えの警部補につかつかと近づく要。
「あの……何か……?」 
 そう言う警部補の腰から拳銃を引き抜いた要。そして彼女は警部補の小型オート拳銃の弾倉とベルトをつないでいた紐を引きちぎった。そして当然のように隣に立つカウラに手渡す。
「君!なんのつもりだ!」 
「使うつもりじゃないんでしょ?じゃあ必要な人間に渡すのが理の当然じゃねえの?そこのアンちゃん達!銃貸せ!」 
 ワンボックスの中で通信機器をいじっていた警察官に声をかける要。その独特の威圧感からうち二人の警察官が自分の銃をホルスターから抜いて要に手渡した。
「何をしようというんですか!まだ犯人は……」 
 叫ぶ警部補の肩を叩く要。
「安心しろ。こういうことはアタシ等の職域だ」 
 そう言うと要はすぐにオート拳銃のスライドを引いて弾をこめる。カウラも同じようにスライドを引く。誠に渡されたのは回転式拳銃だったのでそのままシリンダーを開いて八発の弾が装弾されていることを確認した。
 誠達はまずデパートの入り口に群がる野次馬の後ろに立った。手にした拳銃を見て自然と道ができ、そのまま避難してくる買い物客や従業員を整理している警官隊の後ろにたどり着いた。
「君達……保安隊ですか」 
 一瞬の驚きの後またも嫌なものを見たという顔で警官がカウラの差し出した身分証を覗き見ている。
「状況は?」 
 早速端末を設置して中の防犯用モニターの情報を収集している女性警察官の見ていた画面を覗き見る要。
「現在犯人は拳銃のようなものを振りかざして8階のレストランに立てこもっています。人質は二名。そのレストランのアルバイトの店員が……」 
「わかった」 
 女性警察官の言葉を打ち切った要。すでに彼女はデパートの防犯システムとリンクを済ませたのだろう。そのまま手に拳銃を持ったままデパートの入り口に向かう。
 逃げてきた車椅子の老人や子供達の視線を浴びながら堂々と拳銃を持って歩き出す要。
「05式けん銃。サイトがねえ……見にくいんだよなこれ」 
 そう言いながら車椅子を押している警察官の敬礼を受けながら要は進む。
「どうだ、状況に変化はあるか?」 
 カウラの一言に要は首を振った。
「モニターで見る限りど素人だな。自分の銃にビビッて今にもションベンちびりかねねえぞ」 
 司法実働部隊という看板を掲げている保安隊の一員である誠も銃を持った素人の怖さは知っていた。自分で起こした事件で勝手にパニックになる傾向が高い。そうなればむやみと発砲して人質を傷つけることにもなりかねない。
 そして誠も慣れない八連発リボルバーに当惑していた。
 銃が軽かった。おそらくシリンダーとバレル以外は軽合金で作られている。銃が苦手な誠でも手に持った時の軽さですぐわかる。しかも先ほど装弾を確認したときに雷管の周りには『357マグナム』の刻印があった。基本的に重いオート拳銃での射撃しかしたことが無い誠には、手の銃が邪魔で仕方がなかった。
 階段で避難してくる客達をかき分けてエレベータにたどり着く。
「犯人の拳銃。モデルガンじゃないのか?」 
 上に上がるボタンを押したカウラに要が頷く。
「それは無いな。カメラの画像を解析してみたが仕上げからすると密造品だ。おそらくベルルカンの鍛冶屋で作った一品だろうな。命中精度はともかく頑丈で確実に動くのがとりえの手製拳銃。さすがガバメントモデルと言うところか?」 
 開いた扉に乗り込む誠達。二人の上司の余裕を不思議に思いながら誠はしまる扉を見つめていた。
 エレベータが減速を始める。その時の重力の感覚が誠は気に入っていた。そんな誠をカウラは厳しい表情で見上げる。
「誠。お前はバックアップだ。西園寺はそのまま犯人の視線を引くように動け」 
「OK!人質は任せた」 
 要はそう言うと拳銃のハンマーを起こした。カチリと05式けん銃のハンマーが引き金の部品にロックされた音がしたのとドアが開いたのが同時だった。
 まず飛び出したのは要だった。そのまま目の前のイタリア料理の店の大きな窓をかすめるようにして走っていく。
 一方、カウラは静かに銃を両手で握り締めながら反対側のすし屋の前を進む。ハンドサインで誠に静かに前進するように指示を出すカウラ。誠もなれないリボルバーをちらちらと見ながら彼女に続いて滑りやすいデパートの食堂街の廊下を進む。
「奥の肉料理のレストランでウェイトレスが二名拘束されているわけだ。まず要が……」 
 そう言いかけた所で銃声が一発。
「あの馬鹿!」 
 カウラはそのまま犯人が立てこもっているレストランに走る。震えながら抱き合っている二人のアルバイト店員の前で頭を掻いている要。
「痛てえ!血が!血が!」 
 レストランの前で右腕から血を流してうめいている男。確かにそれが犯人だった。
「馬鹿か!貴様は……ちゃんと私達が到着するまでなんで待てない!」 
 大声で怒鳴るカウラ。その剣幕に人質にされていた二人の女性アルバイト店員が一斉にすすり泣き始める。誠がそのまま人質に近づくと、緊張感の糸が切れたと言うように銃を手にした誠に抱きつくアルバイト学生。
「大丈夫ですか?もう安全です……要さん……」