小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 5

INDEX|50ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。
「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」 
「ああ、ありがとう」 
 人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアイシャがカウラから白菜を奪い取る。
「おじさん。これいくらかしら?」 
 そう言うアイシャのわき腹を肘で突いた要が白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめるアイシャ。
「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」 
 ピクリとアイシャの米神が動くのを誠は見逃さなかった。
「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」 
「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」 
 そう言って要が笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアイシャがそこにいた。
「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」 
 おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアイシャは手にした白菜を薫に返した。
「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」 
「好き嫌いは無いのがとりえですから」 
 カウラの言葉に大きく頷くアイシャ。だが、要の表情は冴えない。
「ああ、要さんはにんじん嫌いだっけ?」 
「ピーマンだ!にんじんなら食える」 
「ならいいじゃないの」 
 いつものようにアイシャにからかわれてむくれる要。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。
「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」 
 奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。
「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」 
 誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。
「良いんですか?いつも、ありがとうございます」 
 薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うとつい噴出してしまいたくなる誠。
「毎度あり!」 
 あきらめたようにそう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。
「でも……お母さん、何を作るのですか?」 
「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」 
「良いじゃないの!」 
 揉める二人に立ち止まって振り返る薫。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアイシャに手渡す。
「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」 
 その言葉に思わず要が口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親と要を見比べる。要の額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。
「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」 
 要の反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。
 その様子を不機嫌に見ていた要。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。
「事件?」 
 そう言ってカウラは端末の画面を覗いた。誠もアイシャも同じ動作をする。
「通り魔か。小門町で三人が刃物で切りつけられ、一人が死亡か。犯人と思われる男はそのまま浅間通りを北に向かった……このままだとこっちに来るな」 
 情報が脳に直結しているサイボーグである要の言葉。誠も覗き見た端末でそれを確認する。そして同時の刃物での犯罪と言うことでこのところ東都で連続している辻斬り事件を不意に思い出した。
「西園寺、神前。とりあえず情報の確認に向かうぞ。薫さん、ちょっと仕事が入りましたので」 
 そう言ってカウラは敬礼し、急ぎ足で端末の示す交番へと歩き始めた。要は荷物をアイシャに押し付けてそのまま歩き出す。
「辻斬りとは違う犯人だろうな。あいつの手口はすべて一太刀で被害者が事切れてる。それに日中から複数の標的を狙ったケースは一件も無いしな」 
「決め付けるな。これまでとは状況が違うケースが起きたとも考えられる。とりあえず本部が私達に連絡をしてくるってことは、それなりの関連性が疑われていると言うことだ」 
 そう言うとカウラは走り始めた。要は後に続く誠に笑いかけた後、サイボーグらしい瞬発力で一気に加速してアーケードの出口を飛び出していく。走る三人に周りの買い物客は奇妙なものを見るような視線で誠達を眺めていた。
 アーケードを出てすぐにパトカーが停まっている交番があった。二人の警察官が通信端末でのやり取りを立ったまましながらカウラと誠を迎える。カウラはポケットから身分証を取り出した。猜疑心に満ちた二人の目が瞬時に畏敬の念に変わる。
「これは……お疲れ様です!」 
 誠と同い年くらいの巡査がそう言うと敬礼した。すぐに中に入るとすでに据え置き型の通信端末の前には要が座り込んで首筋のスロットから伸ばしたコードを端末のジャックに差し込んでいるところだった。
「やっぱり例の辻斬り侍とは別の犯人だな。凶器は山刀。被害者の傷は切ったというより殴ったものが細かったからめり込んだような状態だ。死亡した女性は頭部を殴られたことで頭蓋骨を割られたのが致命傷になったらしい」 
 情報を次々と吸い取りながら要がカウラに告げる。
「法術系の反応は?」 
「そんなにすぐ情報が集まるかよ!今のところはこの前行ったデパートあるだろ?入り口で凶器を捨てた犯人がそのまま紛れ込んだらしい……やっかいだな」 
 そう言って要は頭を掻いて伸びをした。モニターには次々とデパートの監視カメラのデータが映っている。
「犯人を特定できる画像は?」 
「カウラ……急かすなよ!いま探してるところだ」 
 そう言うと要は目をつぶり、直接端末から脳に流れ込んでいる画像の検索を始めた。
「前科は無いみたいだな、ちょっと時間がかかるぞ」 
 要はすばやく首筋のスロットに差し込んでいたコードを抜いて立ち上がる。不思議に思う誠だが、要はそのまま交番を出る。誠のあっけにとられた表情に要が笑いかける。
「とりあえず現場に行くか」 
「ああ、そうだな。君達、これを借りるぞ。緊急措置だ」 
 そう言ってカウラはパトカーの天井を叩く。一瞬あっけにとられた警察官は顔を見合わせた後、すぐにキーをカウラに渡した。
「おい!神前。置いてくぞ!」 
 要の声に状況が理解できないまま誠はパトカーの後部座席に乗り込んだ。
 運転席に着いたカウラは慣れた手つきで手早くシートベルトを締める。助手席の要も苦い顔をしながらそれに習った。
「じゃあ、行くからな」 
 すぐにカウラはエンジンを吹かして、急加速で国道に飛び出した。