遼州戦記 保安隊日乗 5
カウラを無視して要もスープを飲み干した。体内プラントで塩分ろ過の能力もある要の台詞には説得力はまるで無かった。
「でも鶏の丸焼きは欲しいわよね」
すでに食べ終えてお茶をすすっているアイシャ。
「だったらオメエが買え。止めねえから」
要の言葉にアイシャが鋭い軽蔑するような視線を要に向ける。そんな二人を暖かい視線で見守る薫に安心感を覚えた誠だった。
「結局お前達が楽しむのが目的なんだな?」
「悪いか?」
嫌味のつもりで言った言葉を完全に肯定されて少しばかり不機嫌そうな表情になるカウラ。要は立ち上がると居間から漫画を持ってくる。
「『女検察官』シリーズね。誠ちゃん。ずいぶん渋い趣味してるじゃないの」
アイシャが最後までとっていたチャーシューを齧りながらつぶやく。誠のコレクションでは珍しい大衆紙の連載漫画である。
「これは絵が好きだったんで。それとそれを買った高校時代の先輩が『読め!』って言うもので……」
「ふーん」
アイシャはどちらかと言うと劇画調に近い表紙をめくって先ほどまでカウラが読んでいた漫画を読み始める。
「クラウゼさん。片づけが終わったらすぐに出るからね」
「はいはーい!」
薫の言葉にあっさり返事をするアイシャ。誠はメンマを食べながら妙に張り切っている母を眺めていた。要はそのまま居間の座椅子に腰掛けて漫画を読み始めたアイシャの後ろで彼女が読んでいる漫画を眺めている。
「邪魔」
「なんだよ!そう邪険にするなって」
後ろから覗き込まれて口を尖らせるアイシャ。それを見ていて誠は朝のシャムを思い出した。
「そう言えば西園寺さん。ナンバルゲニア中尉は何しに来たんですか?」
「は?」
アイシャの後頭部の紺色の髪の根元を引っ張っていじっていた要が不機嫌そうに振り返る。そしてしばらく誠の顔をまじまじと見た後、ようやく思い出したように頭を掻いた。
「ああ、サイドアームの件だ」
今度はしばらく誠が黙り込む。要の言葉の意味がはっきりとわからない。
「シャムちゃん自慢のハンドキャノンが問題になってたって訳」
アイシャがそう言うので誠はようやく思い出した。サイドアーム。常備携帯することが定められている拳銃の話だった。
保安隊では任務の必要性により、各個人が自衛用の拳銃を携帯することが規則で定められている。そしてその銃での射撃訓練を行うことも職務の一つとなっていた。アイシャなどのブリッジクルーや技術部員、管理部の事務隊員などは一月に二百発の射撃訓練が目安とされていた。もっともリアナや明華、高梨などの部長の決裁でその数は変わり、アイシャ達ブリッジクルーは拳銃で百発、ライフルで五百発の射撃を課されていたが、技術部と管理部は予算の関係で作動不良の確認程度の訓練しか行っていない。
だが、誠の属する実働部隊やロシアの特殊部隊で鍛え上げられたマリアの警備部は桁が違った。それぞれ一万発近い射撃訓練を課されていて、消化できない場合には居残りで射撃をさせられることになる。
そこで問題なのが弾薬のコストである。
シャムの使うM500は二十一世紀初頭の大口径・大威力リボルバー競争の生んだ化け物のような拳銃だった。当然、弾の生産は現在では地球で細々と続いている程度で、不足する多くの弾は小火器管理部門による手作業での再装填で作られたものだった。
「やっぱり……あれは無駄ですからね。それで?」
「そういうわけで新しい銃を叔父貴のコレクションで使える銃の中からアタシがセレクトしたんだ。とりあえず40S&W弾以上、それであいつが握れる大きさ……」
「ああ、いいです」
要の銃の薀蓄に付き合うつもりは無い。不機嫌そうな要から目をそらすと荒いものを終えた母が誠を手招きしていた。
「ああ、出かけるみたいですよ」
誠の言葉にさっさと立ち上がるアイシャ。しゃべり足りない要は不機嫌そうにゆっくりと腰を上げる。すでに暖かそうなダウンジャケットを着込んだ母とカウラを見ながら誠はそのまま居間にかけてあったスタジアムジャンバーに手を伸ばした。
「この格好だと変かな?」
「この寒空にタンクトップ?馬鹿じゃないの?」
カウラから渡された濃紺のコートを羽織ながら鼻で笑うアイシャをにらんだ要だが、あきらめたようにダウンジャケットを羽織る。
「じゃあ、いいかしら」
薫の言葉で誠達は出かけることにした。
時は流れるままに 25
師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。
東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを、誠は感じていた。
そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。
豊川ではいつものことだが、要とアイシャが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。
お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して少しばかり学習していた二人。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。
東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。
「よう!誠君じゃないか!」
そう声をかけてきた八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。
「薫さんも今日もおきれいで」
「本当にお上手なんだから!」
薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。
「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方たちなんですって。凄いわよねえ」
確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアイシャは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のような要は目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。
「えーと、誠君は陸軍だっけ?海軍だっけ?」
「保安隊です」
たずねられたのでつい答えてしまった誠。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。
「ああ、この前官庁街で銃撃戦やった……」
予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように店頭に並ぶ品物を眺めている母。
「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」
そう言いながらみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る薫。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。
「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直