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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 カウラ側に座らなければならなかった要が不満そうにみかんを剥いている。だが、その言葉にアイシャは首を横に振った。
「今回の設備導入は法術系システムなのよ。すでにシュペルター中尉が何度もそのシステムの調整を依頼していた大麗の会社と仕様の詰めで通信してたわよ」 
 そう言うとアイシャもみかんを手にとる。カウラは仕方がないと言うようにランから渡された書類に目を通していた。
「そう言えば誠ちゃん。今日は21日よ。間に合うの?」 
 アイシャの言葉に我に返る誠。さっとコタツを出ると立ち上がる。
「じゃあ、僕は作業に入りますから」 
「はいはい邪魔はしねえよ」 
 出て行こうとする誠に投げやりな言葉をかける要。誠はいつものようにそのまま居間を出て行った。
 階段を駆け上がり自分の部屋にたどり着く。
 誠はすでに準備ができている画材の揃った机を見つめてみるが、すぐに彼の右腕の携帯端末に着信があるのに気づいた。
『よう!ご苦労さんだな』 
 通信を開くと相手は要だった。ネットワークと直結した彼女の脳からの連絡。誠はしばらく不思議そうに端末のカメラを見つめていた。
『そんなに疑い深い目で見るなよ。一応アレはアタシの上司でもあるんだぜ。多少ご助力をしようと思って……これ』 
 そう言った直後、画像が展開する。
 それは昼間の宝飾店で見たカウラのドレス姿だった。時々恥ずかしそうに下を向いたり、要達から目をそらしたりして動く姿。いつもの堅苦しいカウラの姿はそこには無かった。突然振られたシンデレラの役に当惑している。そんな感じにも見えて誠はうっとりしながらその動きを眺めていた。
 そんなことを考えているといつもの要の不機嫌な顔が予想できた。
「あれですか、録画してたんですか?」 
『まあな。せっかくついている機能だから使わないともったいないだろ?』 
 引きつった笑みを浮かべているだろう要を思い出す。そしてそこにアイシャが突っ込みを入れていることも想像できた。
「ありがとうございます。早速保存しますね」 
『ああ、それとこの動画は24日には自動的に削除されるからな』 
「へ?」 
 誠の驚きを無視するように通信が途切れる。早速近くの立体画像展開装置にデーターを送信してカウラのドレス姿を映す。
「やっぱり……綺麗だな」 
 恥ずかしそうにエメラルドグリーンの髪をなびかせながらカメラへと視線を移すカウラ。誠も正直高級そうな雰囲気に押されて良く見ていなかったカウラをじっくりと見つめた。
 鍛えているだけあって引き締まった腕。慣れないドレスに照れているような瞳。
 自然と誠は下書きの鉛筆がいつもよりすばやく動いているのを感じていた。
「なんとか仕上げますから」 
 そう誰に言うでもなくつぶやくと誠は作業に没頭していた。冬の短い日差しはもうすでに無かった。いつの間にやら肉をいためた匂いが誠の鼻にも届く。
「今日は……肉か」 
 下書きを眺める誠。いつもアイシャの原作で描かされている18禁同人誌のヒロインの影響を受けてどうしても胸が大きくなっていることに気づいた。
「ああまあいいか」 
 そう言うと誠はペン入れをはじめるべく愛用のインクを机の引き出しから取り出した。
 ペンを走らせて、誠は自分でも驚いていた。
 圧倒的に早い。迷いが無い。下書きの鉛筆での段階とはまるで違うと言うようにペンが順調に思ったように動いた。絵は誠のこれまでの漫画のキャラクターと差があるわけでも無かった。そもそも写実的に描いたらカウラに白い目で見られると思っていたので自分らしく少女チックなキャラクターに仕上げるつもりだった。
 時々、誠もリアルな絵を描きたいこともある。だが、最近はその絵をアイシャから散々けなされてあきらめていたことは事実だった。
 自分の描き方に自信があるわけではないが、どんどんペンが順調に走っていく。誠はただその動作にあわせる様にして時々要のくれた画像を眺めては作業を進める。
『要さん!もっとこねるのは力を抜いて!』 
 母の言葉でようやく誠は現実の世界に戻ったような気がした。たぶん要は母、薫の得意な俵型コロッケを作るのを手伝おうと思ったのだろう。自然と笑みが漏れていた。
 そして誠は自分が描いたイラストを見てみた。漫画チックとカウラや要には笑われるかもしれない。そんな絵だが、誠には満足できるものだった。描き直すことは誠は少ないほうだと思っていた。だが今回はプレゼントだ。満足ができるまで何度か書き直しが必要になるなと思ってはいた。
 しかし、誠は主な線入れが終わった今。出来上がりが自慢の種になるのではないかと思えるほどに満足していた。
 カウラのどこか脆そうなところが見える強気な視線。無駄の無い体ののライン。どこか悲しげな面差し。どれも誠がカウラに感じている思いを形にしているようなところがあった。
『お母様!油の温度はこれくらいで良いんですか!』 
 今度はアイシャの声が響く。明らかに要とアイシャは誠から自分の声が聞こえるようにと大声を出している。そのことに気づいて誠は苦笑した。
 今度はペンを変えて細かいところに手を入れていく。
 その作業も不思議なほど順調だった。階下のどたばたに頬を緩めながら書き進めるが、間違いなく思ったところに決めていたタッチの線が描かれていく。そしてひと段落つき、インクが乾くのを待ったほうがいいと思い誠はペンを置いた。誠の部屋の下は先ほどみかんを食べていた居間。その隣がキッチンだった。なにやら楽しそうな談笑がそこで繰り広げられているのが気になる。
 それでも誠は作業に一区切りをつけると静かに立ち上がって本棚に向かった。
 漫画とフィギュア。そのフィギュアの半分は誠が自作したものだった。隣の押入れにはお気に入りのキャラの原型もある。
 だが一階で繰り広げられている料理教室の様子が気になって誠は仕方なくドアへと足を向けた。
 ドアを開くと階段にいるカウラと視線が合った。
 どちらも話し掛けるきっかけがつかめずに黙り込んでいた。先ほどまでペンを走らせていた緑の髪が揺れている。ただ二人は黙って見つめあうだけだった。
「早く呼んできてよ!」 
 アイシャの声に我に返ったカウラはぼんやりとしていた目つきに力をこめて誠を正面から見つめてきた。
「晩御飯だ」 
 それだけ言うとカウラは階段を降り始めた。誠はしばしの金縛りから解かれてそのまま階段を下りる。
「これ……うめー!」 
「要ちゃん、誠君を待たなくてもいいの?」 
「いいわよ気にしなくても。さあ、いっぱいあるから食べてね」 
 要、アイシャ、薫の声が響く。カウラに続いて食堂に入ると山とつまれたコロッケがテーブルに鎮座していた。見慣れないその量に圧倒される誠。
「母さんずいぶん作ったんだね」 
 少し呆れた調子でそういった息子に同調するように頷く薫。
「だって皆さん食べるんでしょ?特にカウラさん」 
 薫の言葉に視線を落とすカウラ。その様子を複雑そうな表情でアイシャが見ていた。
「だからとっとと食おうぜ」