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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 笑みを浮かべる紳士におどおどと頷くとカウラは静かにカップを手にして口に運ぶ。その様子を要は今にも噴出しそうな表情で見つめている。
「髪を映えさす為に緑で統一するということになりますと……」 
 そう言って紳士はテーブルの上のコンソールに手を持っていく。次々と画像が移り、そしてエメラルドのはめ込まれたティアラとネックレス、ブレスレッドのセットを表示させる。
「これなどはいかがでしょうか?現在帝都の支店に保管してあるものですが明後日には取り寄せることができると思いますが」 
「緑の髪に緑の石。いまひとつ映えませんわね」 
 要の言葉に神田という支配人は笑みを浮かべて静かにまた端末の操作に移った。その表情はこの写真を見れば要がどういう反応を示すかわかりきっているかのようで誠は感心させられた。
「それならこれなどはいかがでしょう?幸い当店にありますお品物です」 
 そう言って画面に現れたのは赤い宝石のちりばめられたティアラとネックレス、そして指輪のセットだった。はめ込まれた石は一つ一つは大きくないものの、その数、そしてその周りを飾る小さなダイヤも見事に輝いて見える。明らかに高嶺の花とわかる商品にただ誠は息を呑んだ。
「なるほど、ルビーですわね。確かにベルガーさんの緑の髪には似合うんじゃないかしら」 
 そう言って悠然とカウラに目を向ける要。そのタレ目の真意を測りかねて呆然としているカウラ。そこで紳士は微笑んで話し始める。
「よろしければ直接ご覧いただけますよ。早速用意させます。そしてこちらのご婦人のものは……」 
 今度はアイシャを一瞥して再び老紳士は検索を始めた。ただ呆然と二人の会話を聞いていたカウラ。もしそのまま彼女の気の抜けた顔を今の要が見たら演技のめっきは剥がれ落ちて大爆笑間違いないという状況だった。
 誠はただ老紳士の手元だけを見ていた。
「クラウゼ少佐のものは急がなくて結構ですわよ」 
 そう言うと自然な動きでレモンと砂糖をカップに入れて悠然の紅茶を飲む要。いつも寮で日本茶をずるずるすすっている御仁と同一人物だとは誠には信じられなかった。
「なるほど、では、まもなくオークションなどに出品されることが考えられているようなものでもよろしいわけですね?」 
 要を見上げて穏やかに笑う初老の支配人の表情は穏やかだった。
「そうですわね。とりあえずコンセプトを私が決めますからその線で品物が出てきたときに連絡していただければ幸いですわ」 
 ゆっくりとカップを置く要。彼女にこんな芸当ができるとは誠も予想していなかった。
「それではこれなどはいかがでしょう」 
 そう言って映し出したのはダイヤ中心の白を基調としたようなティアラと首飾り、それに腕輪のセットだった。
「あのー、要ちゃん?」 
 画像を見たとたんにそれまでの楽しそうな表情から一変して頬を引きつらせながら隣に座る要の袖を引っ張るアイシャ。
「どうされましたの?クラウゼ少佐殿」 
 今回要が浮かべた表情は見慣れた要の満足げなときに見せる表情だった。明らかに悪魔的、そして相手を見下すような表情。確かにこんな目でよく見られている小夏が彼女を『外道』と呼ぶのも納得できる。
 そんな二人の様子を老紳士は黙って見つめていた。
「そんなにお気になさらなくてもよろしいですよ。防犯に関しては定評のある銀行の貸金庫の手続き等、初めて購入される方の要望にもお答えしていますから」 
「神田さん。わたくしの銀行の東都支店。あそこを使いますからご心配には及びません」 
『わたくしの銀行』という言葉。誠、カウラ、アイシャはその言葉に気が遠くなるのを感じていた。
 神田と呼ばれた老紳士はやさしげに頷く。そしてこれまでと違う表情で要を眺めていた。
「そういえば神前曹長にと頼まれていた品ですが」 
 要の表情が見慣れた凶暴サイボーグのものに変わる。びくりと誠は震えるが、神田が手元の端末に手を伸ばしたときにはその表情は消えていた。
「ちゃんと手配しておきました。合法的に東都に輸入するには必要となる加工が施されていますので実用には……」 
「ええ、その点は大丈夫ですわ。機関部とバレルなどの部品についてはわたくしの部隊に専門家がおりますから。そちらの手配で何とかするつもりですの」 
「機関部?バレル?」 
 しばらく誠の思考が止まる。バレルという言葉から銃らしいことはわかる。しかし、ここは宝飾品を扱う店である。そこにそんな言葉が出てくるとは考えにくい。正面のカウラもアイシャもただ呆然と男が画面を表示するのを待った。
「これなんですが……指定の二十世紀のロシア製は見つかりませんでしたのでルーマニア製になります」 
 金色の何かが画面に映される。誠はまさかと思い目を凝らす。
「悪趣味……」 
 思わずつぶやいたアイシャの一言で、その目の前の写真の正体を認める準備ができた誠。
 小銃である。形からしてマリアの貴下の警備部が使っているAKMSに良く似ている。しかも金属部分にはすべて金メッキが施され、ストックやハンドガードは白、おそらく象牙か何かだろう。そこにはきらびやかな象嵌が施され、まばゆく輝く宝石の色彩が虹のようにも見えていた。
「AIMだな。ストックは折りたたみか」 
 それだけを言うのがカウラにはやっとだった。三人は呆れたように要に目をやる。
「あら?どうしましたの?だってお二人にも贈り物をしたんですもの。いつも働いてくれている部下にもそれなりの恩を施すのが道理というものではなくて?」 
 要の笑顔はいつもの悪党と呼ばれるような時の表情だった。誠はこんな要の表情を見るたびに一歩引いてしまう。
 ドアがノックされる。
「入りたまえ」 
 神田の言葉に先ほどカウラの為と指定したルビーのちりばめられたティアラとネックレス、そして純白のドレスを乗せた台車が部屋へと運ばれてきた。
「いかがでしょうか」 
 ゆっくりと立ち上がった紳士について要、カウラの二人が立ち上がる。額のようなものの中に静かに置かれたティアラと白い絹のクッションに載せられたネックレス。しばらくカウラの動きが止まる。
「ベルガー様。いかがです?」 
 そう言ってにやりと笑う要。いつのも見慣れた狡猾で残忍な要と上品で清楚な要。その二人のどちらが本当の要なのか次第に誠もわからなくなってくる。
「ドレスも一緒とは……」 
 そう言ってマネキンに着せられた白いドレスを眺めるカウラ。
「試着されてはいかが?」 
 追い討ちをかけるような要の言葉にカウラは思わず要をにらみつけていた。
「そうだな……」 
 もう後には引けない。カウラの表情にはそんな悲壮感すら感じさせるものがあった。
「それではこちらに」 
 メイド服の女性に連れられて部屋を出て行くカウラが誠達を残して心配そうな表情を残して去っていく。
「それではこちらのお品物はいかがいたしましょうか?」 
 老紳士の穏やかな口調に再びソファーに腰を下ろした要がその視線を誠に移す。
「僕は使いませんから。それ」 
 ようやく搾り出した言葉。誠もそれに要が噛み付いてくると思っていた。
「そうなんですの?残念ですわね。神田さん。それはお父様のところに送っていただけませんか?」