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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 次々と名前の通ったブランドの店の前を通る。アイシャはちらちらと見るが、どこか納得したように頷くだけで通り過ぎる。要にいたっては目もくれないで颯爽と歩いている。誠とカウラはそのどこかで聞いたようなブランド名の実物を一瞥しては要から遅れないように急いで歩くのを繰り返していた。
「そこだ」 
 要が指差す店。大理石の壁面と凝った張り出すようなガラスの窓が目立つ宝飾品の店。目の前ではリムジンから降りた毛皮のコートの女性が絵に描いたように回転扉の中に消える。
「帰りたいなあ……」 
 カウラはうつむくと誠だけに聞こえるようにそうつぶやいた。
「よろしくて?行きますわよ」 
 振り返ってそう言った要の雰囲気の変わり具合に誠もカウラも唖然とした。悠然と回転ドアに向かう要。そこにはいつもの粗暴な怪力と言う雰囲気は微塵も無い。カジュアルな雰囲気のダウンジャケットも優雅な物腰の要が着ていると思うと最高級の毛皮のコートのようにも見えた。
「変わるものねえ」 
 そう言いながらついていくアイシャ。その言葉を聴いて振り向いてにっこりと笑う要は誠にとっても別人のものだった。
 回転扉を通ると店内には数人の客が対応に当たる清楚な姿の女性店員と語らっているのが見える。店のつくりは誠がこれまで見たことがあるようなデパートの宝飾品売り場などとは違って展示されているのは数は少ないが豪華なケースに入った指輪やネックレスやティアラ。その中身も誠は美術館等で目にしそうなものばかりだった。
「これは西園寺様……」 
 落ち着いた物腰で要に近づいてくる女性の店員。それほど若くは見えないが清潔感のある服装が際立って見える。
「お久しぶりに寄らせていただきましたわ。神田さんはいらっしゃるかしら」 
 所作も変われば声色も変わる。その豹変した要に生暖かい視線を送るアイシャ。カウラは店員が声をかけてきたときから凍ったように固まっている。誠も似たような状況だった。
「わかりました……それでは奥にご案内しますので」 
 そう言って歩き出す店員に当然のように続いていく要。そのいかにも当然と言う姿に誠もアイシャも戸惑いながらついて行こうとする。
「カウラさん!」 
 誠に声をかけられるまで硬直していたカウラが驚いたようにその後につける。店内でもVIP扱いされるにしては貧相な服装の要達を不思議そうに見る客達の視線が痛かった。
「どうぞ、こちらです」 
 黒を基調とする妖艶な雰囲気の廊下から金の縁がまぶしい豪華な客室に通された。誠達の後ろにいつの間にかついてきていた若手の女性店員がついてくる。穏やかに先輩とわかる店員が合図すると彼女達は静かにドアの向こうに消えていく。
「皆さんもお座りになられてはいかがです?」 
 すでにソファーに腰掛けている要の言葉。明らかにいつもの彼女を知っている三人には違和感のある言葉の調子。仕方なく誠達はソファーに腰掛けた。
「いつもお友達を紹介していただいてありがとうございます。この方達は……」 
 明らかに不釣合いな誠達を見回す店員を満足げに眺める要。
「職場の同僚ですわ。一応この二人に似合うティアラを用意して差し上げたくて参りましたの」 
 『二人』その言葉に口を開けるアイシャ。まさに鳩が豆鉄砲を食らった顔というものはこう言うものかと誠は納得した。
「あら、そうなんですか。大切なお友達なのですね」 
 そう言って微笑む店員。明らかに動揺しているアイシャとカウラ。
「いえ、友達ではありませんわ。ただの同僚ですの」 
 穏やかな声だがはっきりと響くその声に少し店員はうろたえた。だが、それも一瞬のことですぐに落ち着きを取り戻すとドアへと向かっていく。
「それでは用意をさせていただきますので」 
 それだけ言って女性店員は出て行った。
「貴賓室付……さすがというかなんと言うか……」 
 そう言って周りを見回すカウラ。呆然としていたアイシャがゆっくりと視線を要に向ける。
「要ちゃん。気持ち悪いわよ」 
「うるせえ。テメエ等は黙ってろ」 
 一瞬だけいつのも要に戻るが、ドアがノックされたころにはすでに西園寺家次期当主の姿に戻っていた。
「どうぞ」 
 そんな丁寧な要の言葉にかゆみを覚える誠達。ドアが開いた瞬間、誠とアイシャは息を呑んだ。 
「失礼します」 
「メイド!メイドさん!」 
 入ってきたのはフリルのついたスカート、白いエプロンがまぶしい典型的なメイド服の女性だった。胡州貴族の出入りする店だからといって、そんなものがリアルにいるなどとは誠は信じられなかった。
「ベルガー大尉、クラウゼ少佐、神前曹長。今日もアッサムでよろしいですわよね」 
 微笑む要。その妖艶にも見える表情に頭を掻きながら頷く誠。二人のメイドは静かに紅茶の準備を進めている。
 その光景を眺めている誠達の耳に再びノックの音が響いた。
「どうぞ」 
 再び凛とした要の声が響いた。開いた扉からは長身の紳士が現れた。誠は思わずアイシャに目をやったが、彼女は紅茶の準備を進めるメイドに夢中で誠のことなど眼中に無い様子だった。現れた紳士があまりにも典型的な執事のような姿をしているのがその原因であることはすぐに察しがついた。
「要ちゃん!」 
 思わず抱きつきかねないような感無量の表情を浮かべているアイシャが叫ぶ。それを見て爆笑しそうになる要だがつつしみの演技を思い出すようにして静かに目の前に置かれたティーカップに軽く触れる。
「何かしら?クラウゼ少佐」 
「ありがとう!本当にありがとう!」 
 ついに感激のあまり泣き出したアイシャ。だがその理由が良くわかる要は待たせている神田という名前の支配人風の男に笑顔を向けてアイシャを無視することに決めたようだった。
「これはお待たせいたしました」 
 タイミングを見計らって支配人風の神田という老紳士は静かに要の正面に座る。隣に雰囲気の違う人物に座られて誠はいづらい気分になった。
「このお二人に似合うティアラなどをお求めとか」 
「そうですわ。私の上司ですもの。恥をかかされてはたまりませんから」 
 そんな要の言葉に明らかに不機嫌になるカウラ。アイシャは紅茶を入れ終わってもそのまま待機しているメイドさんに夢中だった。
「いえいえ、ですが要様程のお方とお付き合いされている方という事で探しますとかなりお時間が……」 
「分かっておりますわ。ただ明々後日がこのベルガー大尉の誕生日ですの」 
 そう言って目の前のカップを見下ろして紅茶をどうするか悩んでいるカウラに目をやる要。その一瞬だけ見せるサディスティックな笑みに誠は大きくため息をつく。
「エメラルドグリーンの髪……もしかして……」 
「私はゲルパルトの人造人間です」 
 一言そう言うとまた難しそうな顔でカップを見下ろすカウラ。
「どういたしましたの?ベルガー大尉」 
 再び残忍な笑みを一瞬だけ浮かべた後にカウラに追い討ちをかける要。カウラはそれを見て覚悟を決めると机の中央に置かれた上品な白磁の上のレモンを手にとってカップに落とし込む。
「そんなに緊張なさらないでください」