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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「ええ、まあ……」 
 そう言う誠に微笑んでみせるカウラ。
「とりえがあるのは悪いことじゃない」 
 そう言うとカウラは誠から目を離して珍しいものを見るように誠の部屋を眺め回した。
「漫画が多いな。もう少し社会勉強になるようなものを読んだほうが良いな」 
 誠もアイシャも歩き回るカウラを制するつもりも無かった。どこかしらうれしそうなそんな雰囲気をカウラはかもし出していた。
「気にしないで作業を続けてくれ。神前は本当に絵がうまいのは知っている話だからな」 
 そう言うと棚の一隅にあった高校時代の練習用の野球のボールを手にするカウラ。
「カウラちゃんあのね……」 
 アイシャがようやく言葉を搾り出す。その声に振り向いたカウラ。引きつっているアイシャの顔に不思議そうな視線を投げかけてくる。
「あれでしょ?もらったときに見たほうが楽しみが増えたりするでしょ?」 
「そう言うものなのか?クラウゼのふざけた意見を取り入れた絵だったりしたら怒りが倍増するのは確実かもしれないが」 
 今度はその視線を誠に向けてくるカウラ。確かに先ほどの意見のいくつかを彼女に見せれば冷酷な表情で破り捨てかねないと思って愛想笑いを浮かべる。
「なるほど、内緒にしたいのか。それなら別にかまわないが……西園寺!」 
 カウラの強い口調に廊下で様子を伺っていた要が顔を覗かせる。
「こちらは二人に任せるが貴様の明日の都心での買い物。私もついて行かせてもらうからな」 
「なんでだよ。アタシも秘密にしておいて……」 
 そこまで言ったところで先ほどとはまるで違う厳しい表情のカウラがそこにいた。
「まあ数千円の買い物ならそれでもかまわないが貴様は……」 
 呆れたように要を見つめるカウラ。誠も昨日要が気に入らないと買うのをやめたティアラの値段が数百万だったことを思い出しニヤニヤ笑っている要に目を向けた。
「なんだよ、実用に足るものを買ってやろうとしただけだぜ。アタシの上官が貧相な宝飾品をつけてそれなりの舞台に立ったなんてことになったらアタシの面子が丸つぶれだ」 
 そう言うと立ち上がり、自分より一回り大柄なカウラを見上げる要。だがカウラもひるむところが無かった。
「身につけているもので人の価値が変わるという世界に貴様がいたのは知っている。だが、私にまでそんな価値観を押し付けられても迷惑なだけだ」 
 カウラの言葉がとげのように突き刺さったようで要は眼光鋭くカウラをにらみつけた。
「そんなに難しく考えるなよ。要するにだ。アタシの満足できる格好でそう言う舞台に出てくれりゃあいい。それだけの話だ」 
 そこで話を切り上げようとする要だが、カウラはそのつもりは毛頭無かった。
「貴様の身勝手に付き合うのはごめんだな。それならアイシャにも買ってやる必要があるんじゃないのか?」 
 カウラの言葉に手を打つ要。そんな要をまばゆい光をまとっているような目で見つめるアイシャ。
「ああ、そうだな。オメエいるか?」 
 嫌そうな顔の要。だが目の前には満面の笑みで紺色の髪を掻きあげるアイシャの姿がある。
「断る理由が無いじゃないのよ……お・ひ・め・さ・ま!」 
「気持ち悪りい!」 
 しなだれかかるアイシャを振り払う要。だが、その状況でカウラは要に高額な宝飾品を断る理由が無くなった。
「でもあまり派手なのは……」 
 そんなカウラの肩に自信を持っている要が手を乗せる。
「わかってるよ。アタシの目を信じな」 
 自信がみなぎっている要。そんな表情は模擬戦の最中にしか見れないものだった。隣のアイシャもうれしそうに妄想を繰り広げている。
「じゃあ私の目にもかなうもので頼む」 
 明らかに要のペースに飲まれていると不安げに誠に目をやりながら引き下がろうとするカウラ。だが、この状況で要が彼女を巻き込まないはずが無かった。
「あれ?ついてくるって言わなかったか?」 
 目じりを下げる要。おどおどと戸惑うカウラ。アイシャはまだ妄想を続けていた。
「安心しろよ。アタシが行く店は信用が置けるところばかりだからな。つまらないものはアタシが文句を言って下げさせて見せるぞ」 
 胸を張る要。それをさらに心配性な表情で見つめるカウラ。
「つまらないところで揉めないでくれよ」 
 すっかり四人で中心街に向かうことになってため息を漏らす誠だった。
「で……僕の絵は?」 
「楽しみにしている。西園寺の贈り物よりはな」 
 カウラはそう言って出て行った。
「結構な出費になりそうね」 
 にやけたアイシャだが、要は別のそれを気にする様子は無かった。
「まあ、何とかなるだろ。あんまり根はつめるなよ」 
 そう言うと要は右手を上げてそのまま出て行く。それにつられて興味を失ったようにアイシャも続いた。
 誠はようやく独りになって礼服姿のカウラを想像しながら下書きに取り掛かろうとした。



 時は流れるままに 19


「いつも混むわねえ、この道。地下鉄で正解だったわよ」 
 アイシャは東都の中心街、造幣局前の出口階段から外界に出ると、目の前を走る国道に目を向けた。そこには歩いたほうが早いのではと思わせるような渋滞が繰り広げられている。
「まあな。アタシがいつ来てもこんな感じだから……って、ここらに来る用事ってあるのか?特にオメエに」 
 ダウンジャケットを着込んだ要。これから彼女の顔が利くという宝飾ブランドの店に行くというのに、その服装はいつもと変わることが無かった。誠もアイシャもカウラも取り立てて着飾ってはいない。そして周りを歩く人々の気取った調子に誠は違和感を感じながら慣れた調子で歩き始めた要を見つめていた。
「結構ゲームの中の人のイベントとか新作発表会なんかがこのあたりのホールでやることがあるから。ねえ、先生」 
 にやけた目つきでアイシャに見つめられて思わず頷く誠。要はそれを見るとそのまま迷うことなく広い歩道が印象的な中央通りを歩き始めた。確かにアイシャの言うとおりだったが、大体そう言うときは同好の士も一緒に歩いて街の雰囲気とかけ離れた状況を作り出してくれていて誠にとってはそれが当たり前になっていた。
「でも、本当にこんな格好で良いのか?」 
 誠の耳元にカウラが口を寄せてつぶやく。誠も正直同じ気持ちだった。
 少なくとも公立高校の体育教師の息子が来るには不釣合いな雰囲気。現役の士官でもこんなところに来るのは資産家の娘の要のような立場の人間だろうと思いながらすれ違う人々から視線を集めないようにせかせかと歩く誠とカウラ。
「なによ、二人とも黙っちゃって」 
 要の隣を悠々と歩いていたアイシャが振り向いてにんまりと笑う。
「だってだな……その……」 
 思わずうつむくカウラ。アイシャにあわせて立ち止まった要も満足げな笑みを浮かべている。
「なにビビッてるんだよ。アタシ等は客だぜ?しかもアタシの顔でいろいろとサービスしてくれる店だ。そんなに硬くなることはねえよ」 
 そう言ってそのまま要は歩き始める。調子を合わせるように彼女についていくアイシャ。
「本当に大丈夫なのか?」 
 誠にたずねるカウラだが、その回答が誠にはできないことは彼女もわかっているようで、再び黙って歩き始める。