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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 はじめの要の一言は誠も知っているきわめて常識的な一言だった。アイシャは例外としてもそれなりになじんだ日常を送っている人造人間達に憧れを抱いているように見えることもある。特にサラのなじんだ様子には時々羨望のまなざしを向けるカウラを見ることができた。
「それに衣装もあんまり薄着のものは駄目よ。あの娘のコンプレックスは知ってるでしょ?」 
 アイシャの指摘。たしかに平らな胸を常に要にいじられているのを見ても、誠も最初から水着姿などは避けるつもりでいた。
「あと、露出が多いのも避けるべきだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋でもあるからな。太ももや腹が露出している女剣士とかは避けろよ」 
 そんな的確に指摘していく要を誠は真顔で覗き見た。一年以上の相棒として付き合ってきただけに要の言葉には重みを感じた。確かに先日海に行ったときも肌をあまり晒すような水着は着ていなかった。ここで誠はファンタジー系のイラストはあきらめることにした。
「それならお二人は何が……」 
『メイド服』 
 二人の声があわさって響く。それと同時に誠は耐え難い疲労感に襲われた。
「要ちゃんまねしないでよね!それにメイド服なら……」 
「着せてそれを参考にして描けばいいじゃねえか。それに誠……」 
 ニヤニヤと笑いながら近づいてくる要に愛想笑いで答える誠。そのうれしそうな表情に思わず身構える誠。
「考えにはあったんだろ?メイドコスのカウラに萌えーとか」 
 心理を読むのはさすが嵯峨の姪である。誠は思わず頭を掻いていた。
「ええ、まあ一応」 
 そんな誠の言葉に満足げにうなづくタレ目の要。だが突然真剣な、いつも漫画を読むときの厳しい表情になったアイシャがいつもどおりに誠に声をかける。
「まあ冗談はさておいて、何が良いかしら」 
「冗談だったのか?」 
 要の言葉。彼女が本気だったのは間違いないが、それに大きなため息で返すアイシャ。そんな彼女をにらみつける要。いつもどおりの光景がそこにあった。
「当たり前でしょ?メイド服は私のプレゼントだけで十分。他のバリエーションも考えなきゃ」 
 自信満々に答えるアイシャ。要は不満げに彼女を見上げる。
「そこまで言うんだ、何か案はあるのか?」 
 もはや絵を描くのが誠だということを忘れたかのような二人の言動に突っ込む気持ちも萎えた誠は椅子に座ってじっと二人を見上げていた。
「一応案はあるんだけど……誠ちゃんも少しはこういうことを考えてもらいたい時期だから」 
 神妙な顔のアイシャ。
「何の時期なんだよ!」 
 突っ込む要。だが、アイシャのうれしそうな瞳に誠は知恵を絞らざるを得なかった。
「そうですね……野球のユニフォーム姿とか」 
 誠はとりあえずそう言ってみた。アンダースローの精密コントロールのピッチャーとして実業団でのカウラの評判は高かった。勝負強さと度胸からドラフト候補にも挙がったアイシャを別格とすれば注目度は左の技巧派として知られる誠の次に評価が高い。
「なるほどねえ……」 
 サイボーグであるため大の野球好きでありながらプレーができずに監督として参加している要が大きくうなづいた。
「でも、意外と個性が出ないわよね。ユニフォームと背番号に目が行くだろうし」 
 アイシャの指摘は的確だった。アンダースローで保安隊のユニフォームを着て背番号が18。そうなればカウラとはすぐわかるがそれゆえに面白みにかけると誠も思っていた。
「それにカウラちゃんのきれいな緑の髪が帽子で見えないじゃない。それは却下」 
 そんな一言に少しへこむ誠。
「そう言えば時代行列の時の写真があっただろ?あれを使うってのはどうだ?」 
 手を打つ要。豊川八幡宮での節分のイベントに去年から加わった時代行列。源平絵巻を再現した武者行列の担当が保安隊だった。鎧兜に身を固めたカウラや要の姿は誠の徒歩武者向けの鎧を発注するときに見せてもらっていた。凛とした女武者姿の二人。明らかに時代を間違って当世具足を身につけているアイシャの姿に爆笑したことも思い出された。
「あの娘、馬に乗れないわよね。大鎧で歩いているところを描く訳?それとも無理して馬に乗せてみせる?」 
 アイシャの言葉にまた誠の予定していたデザインが却下された。鉢巻に太刀を構えたカウラの構図が浮かんだだけに誠の落ち込みはさらにひどくなる。
「あとねえ……なんだろうな。パイロットスーツ姿は胸が……。巫女さんなんて言うのはちょっとあいつとは違う感じだろ?」 
「巫女さん萌えなんだ、要ちゃん」 
 満面の笑みのアイシャ。
「ちげえよ馬鹿!」 
 ののしりあう二人を置いて誠は頭をひねる。だが、どちらかといえば最近はアイシャの企画を絵にすることが多いこともあってなかなか形になる姿が想像できずにいた。
 要も首をひねって考えている。隣で余裕の表情のアイシャを見れば、いつもの要ならすぐにむきになって手が出るところだが、いい案をひねり出そうとして思案にくれている。
「黙ってねえで考えろ」 
 そう言う要だが案が思いつきそうに無いのはすぐにわかる。
「じゃあ……胡州風に十二単とか水干直垂とか……駄目ですね。わかりました」 
 闇雲に言ってみてもただアイシャが首を横に振るばかりだった。その余裕の表情が気に入らないのか口元を引きつらせる要。
「もらってうれしいイラストじゃないと。驚いて終わりの一発芸的なものはすべて不可。当たり前の話じゃない」 
「白拍子や舞妓さんやおいらん道中も不可ということだな」 
 要の発想に呆れたような顔をした後にうなづくアイシャ。それを聞くと要はそのままどっかりと部屋の中央に座り込んだ。部屋の天井の木の板を見上げてうなりながら考える要。
「西洋甲冑……くの一……アラビアンナイト……全部駄目だよな」 
 アイシャを見上げる要。アイシャは無情にも首を横に振る。
「ヒント……出す?」 
「いいです」 
 誠は完全にからかうような調子のアイシャにそう言うと紙と向かい合う。だがこういう時のアイシャは妥協という言葉を知らない。誠はペンを口の周りで動かしながら考え続ける。カウラの性格を踏まえたうえで彼女が喜びそうなシチュエーションのワンカットを考えてみる。基本的に日常とかけ離れたものは呆れて終わりになる。それは誠にもわかった。
「いっそのこと礼服で良いんじゃないですか?東和陸軍の」 
 やけになった誠の一言にアイシャが肩を叩いた。
「そうね、カウラちゃんの嗜好と反しないアイディア。これで誠ちゃんも一人前よ。堅物のカウラちゃんにぴったりだし。よく見てるじゃないのカウラちゃんのこと」 
 満面の笑みで誠を見つめるアイシャ。しかしここで突込みが要から入ると思って誠は紙に向かおうとする。
「それで誰が堅物なんだ?」 
 突然響く第三者の声。アイシャが恐る恐る声の方を振り向くとカウラが表情を殺したような様子で立っていた。
「あれ?来てたの」 
「鍵が無いんだ、それに私がいても問題の無い話をしていたんだろ?」 
 そう言って畳に座っている要の頭に手を載せる。要はカウラの手を振り払うとそのまま一人廊下に飛び出していった。
 カウラはじっと誠に視線を向けてきた。
「プレゼントは絵か」