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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 そんな要の突っ込みに首をひねるアイシャ。
「その点は大丈夫だ。全員の有給にはかなり余裕がある。私もクバルカ中佐から消化しろと迫られていたからな」 
 そう言って三人を置いて夕闇の中に消えようとするカウラ。三人はとりあえずは彼女についていくことにした。


 時は流れるままに 13


 突然の衝撃に誠は目を覚ました。揺れる視界、そしてすぐ罵声が聞こえる。
「おい!起きろって!」 
 怒鳴りつけてくるのは要。毎日アイシャか要が誠を頼んでもいないのに起こしにくることがカウラの気に障って、先週鍵を取り替えさせられたというのに要は合鍵を作って誠の部屋に侵入していた。
「あの……」 
「なんだよ」 
 誠は魔法少女の描かれた抱き枕を手にしている要からその枕を取り返そうと手を伸ばす。だが、要はそれをまじまじと見つめた後、誠にそれを投げつけた。
「これからお前の実家行くから。準備しておけ」 
 そう突然言われて誠はあたりがまだ薄暗いことに気づいた。
「え?今から準備するんですか?」 
 鈍くしか回転しない頭。時計を見てみれば四時過ぎである。鳥のさえずりもまだわずかにしか聞こえない。どこの高血圧人間かと恨めしそうに誠は要を見上げる。
「今日は世の人々は平日なんだ。早く行かねえと渋滞につかまるだろ?」 
「でも……」 
 とりあえず寝たいという一心が誠に言い訳をさせる。
「実家の家業も忘れたのか?今頃は朝稽古の最中じゃねえか」 
 要に言われてようやく誠は気がついた。実家を出て二年弱。それまでは今の時間帯は朝稽古も始まっている時間である。夏のコミケで道場に泊まった時に、母が健康のためと要達も一緒に稽古につき合わせたのを思い出し納得する。
「じゃあ、着替えますから出て行ってください」 
「わかったよ……って……」 
 要が後ろに気配を感じて振り向く。そこにはすでに旅行かばんまで持っているアイシャの姿があった。
「そんなに荷物もってどうする気だ!カウラの車だぞ。乗らねえよ、そんなもの」 
「大丈夫よ。どうせ誠ちゃんは身一つでしょ?それに要ちゃんはあまり荷物は持たないじゃないの。これくらい私が持って行ったって……」 
 そこまでアイシャが言った時にずるずると旅行かばんが部屋の外に向かって動き出す。突然荷物が動き出して驚いたようにアイシャが振り返る。
「これは後でサラにでも送ってもらえ」 
 ダウンジャケットを着込んだカウラがアイシャのかばんを取り上げたところだった。ものすごくがっかりした表情を浮かべるアイシャ。
「着替えるんだろ?こいつ等は私に任せろ」 
 そう言ってカウラはそのままアイシャの首根っこをつかんで立たせる。要は仕方がないというような笑みを浮かべた後、カウラに引かれるようにして部屋の外へと出て行った。
 大きなため息をついてそのまま着替えを済ませてドアを開けるとそこに仁王立ちしている要。
「あのー、西園寺さん?」 
「じゃあ行くぞ」 
 淡々とそう言って歩き出す要。誠はずっと待っていたのかと呆れながら要につれられて階段を下りていった。


 時は流れるままに 14


「しかし混むなあ、高速じゃねえよ。これ低速」 
「そんな誰でも考え付くようなことを言って楽しいか?」 
 要の言葉に運転中のカウラが突っ込みを入れる。
 誠の実家は東都の東側、東都東区浅草寺界隈である。東都の西に広がる台地にある都市、豊川市にある保安隊の寮からでは東都の都心を横切るように進まなければならない。
 都心部に入ってからはほとんど車はつながった状態で、さらに高速道路の出口があと3キロというところにきて車の動きは完全に止まった。
「すいませんねえ、朝食の準備までしていただいたのに……ええ、たぶんあと一時間くらいかかりそうなんです」 
 携帯端末で母の薫とアイシャが話しているのをちらりと見ながら、助手席で誠は伸びをしながらじっと目の前のタンクローリーの内容物を見ていた。危険物積載の表示。少しばかり心配しながらじっとしている。
「シャム達は仕事か……こんなことなら出勤のほうが楽だわ」 
 要がそう言ってようやく話を終えて端末を閉じたアイシャをにらみつける。
「なによ」 
 アイシャに言われて口笛を吹いてごまかす要。
「シャムと言えば……今頃はクロームナイトの方のエンジンの試験が始まったころだな」 
 そんなカウラのつぶやきに顔をしかめるアイシャ。そして大きく一つため息をつくと緊張した面持ちでカウラに食って掛かる。
「駄目よ!カウラちゃん。私達はオフなの、休日なの、バカンスなの」 
「バカンス?馬鹿も休み休み言えよ……あれ?バカがかぶって面白いギャグが言えそう……えーと」 
「要ちゃんは黙って!」 
 駄洒落を考えていた要を怒鳴りつけるアイシャ。その気合の入り方にカウラも少しばかりおとなしくアイシャの言うことを聞くつもりのようにちらりと振り向く。
「要するに仕事の話はするな。そう言いたい訳だろ?」 
 なだめるようにカウラがそう言うと納得したようにうなづくアイシャ。
「そう、わかっているならちゃんと運転する!前!動いたわよ」 
 タンクローリーが動き出したのを見てのアイシャの一言。仕方なくカウラは車を動かす。
 周りを見ると都心部のオフィスビルは姿を消し、中小の町工場やマンションが立ち並ぶ街が見える。
「あとどんだけかかる?」 
 明らかに要がいらだっているのを見て誠は心配になってナビを見てみた。
「ああ、この先100メートルの事故が原因の渋滞ですから。そこを抜ければすぐですよ」 
 そんな誠の言葉通り、東都警察のパトカーのランプが回転しているのが目に入る。
「なるほどねえ、安全運転で行きましょうか」 
 窓に張り付いている要に大きくため息をつくと、カウラはそのまま事故車両と道路整理のためのパトロールカーの脇を抜け目の前に見える高速道路の出口に向けて車を進めた。
「懐かしいだろ、誠!」 
「そんなに懐かしいほど離れていません。先月だって画材取りに戻ったし」 
 高速から降りて下町の風景を見るといつも要はハイになる。あちこち眺めている要をめんどくさそうに見つめるアイシャ。
 確かに新興住宅街が多い豊川とはまるで街の様子が違った。車はそれなりに走っているが歩いている人も多く、屋根瓦の二階家や柳の植えられた街路樹など、下町の雰囲気を漂わせる光景が要には珍しいのだろうと思っていた。
「でもいいわよね、こういう街。豊川はおんなじ規格の家ばかりで道を覚えるのが面倒で……」 
「どうでもいいが覚えてくれ」 
 カウラに突っ込まれてアイシャが舌を出す。要は完全におのぼりさんのように左右を見回して笑顔を振りまいている。
「胡州の帝都の下町も似たようなものじゃないのか?」 
 大理石の正門が光る工業高校の前の信号を左折させながらカウラが話題を振った。
「あそこはどちらかというと湾岸地区みたいなところだったぜ。もっとぎすぎすしてて餓鬼のころは近づくと怒られたもんだ」 
 要の言葉に誠は納得した。彼女は一応は胡州一の名家のお姫様である。何度かテレビでも見た彼女が育った屋敷町はこのような庶民的な顔の無い街だった。