遼州戦記 保安隊日乗 5
「何よ!カウラちゃんまでそんなこと言うの?」
アイシャの膨れっ面がバックミラーに映っている。誠は苦笑いを浮かべながら対向車もなく続く林道のを見渡していた。
「稼働時間を年齢とすると……8歳か、カウラは」
何気なく言った要の言葉にハッとした表情に変わるカウラ。
「ロリね……ロリキャラね」
アイシャが非常にいい顔をするので明らかにその様子を眺めていたカウラが渋い表情を浮かべる。
「でも8年で大尉に昇進なんて凄いですね」
「そうだな、どこかの誰かは三週間で少尉候補生から曹長に格下げ食らったからな」
「西園寺さん勘弁してくださいよ」
誠は自分の降格をネタにされて後ろで窮屈そうに座ることにすでに飽きている要を振り返る。
「そう言う誰かも一度降格食らったことが無かったか?」
カウラの皮肉に要は黙り込むことで答えようとしているように口をへの字に結んで外の枝だけが残された木々に視線を移していた。
時は流れるままに 2
助手席の窓から外を見ていた誠の目に初冬の木々は根に雪を残して広がっている。
「雪……積もるんですねここは」
惑星遼州の崑崙大陸の北東に浮かぶ島国、東和。そこの首都の下町で育った誠にとって枯れた木下の根雪は珍しいものだった。軍の幹部候補生訓練では雪山での行軍などの訓練もあったが、そこから一年も経つと凍えた手や凍傷寸前の足の感触などはまるで記憶の外の出来事のように思える。
「雪か……そう言えば私が覚醒して機能検査をしていた時期も雪が降っていたな」
山沿いのカーブの多い道に車を走らせるカウラの何気ない一言。それにアイシャは身を乗り出してくる。
「へえ、じゃあ誕生日もわかるんだ」
「誕生日?」
要は怪訝な顔でアイシャを一瞥した後、再び視線を急なくだりの道路に走らせる。
「あれよ……私達はお母さんのおなかから出てくるわけじゃないのは知ってるわよね。ほとんど成人になるまで培養液の中で脳に直接必要な情報を焼き付けながら覚醒を待つことになるの。そして晴れて全身の体組成が安定して、そこに知識の刷り込みも終わった段階で培養液を抜いて大気を呼吸することになるのよ」
「それが誕生日か?」
なんとなく言葉を返した要。誠からは彼女の顔が見えないが、要の焦った表情からはアイシャの表情がかなりの恐怖を引き起こすようなものだったらしい。
「それを誕生日と呼ぶのか……それなら12月24日だな」
何気ないその一言に要にじりじりと詰め寄っていたアイシャが身を乗り出してくる。誠の目の前に燦々と降り注ぐ太陽のような笑顔を浮かべているアイシャがうっとおしいと思ってしまった誠は思わず目を背けた。大体こういうときのアイシャと関わるとろくなことがない。それは配属されてもう半年が経とうとしている誠には十分予想できることだった。
「クリスマスイブだなあ」
要はアイシャが言葉を口にする前にポツリとつぶやいた。身を乗り出していたアイシャが要に振り向いた。そして誠からは明らかに焦っている要の表情が見えて思わず噴出した。
「なによ……誠ちゃん。誕生日よ!誕生日がクリスマスイブなのよ!」
「そりゃあなあ。この遼州は地球とほとんど自転周期が変わらないし、一年もうるう年無しの365日。地球と似ている部分が多すぎるところだからな。そんな偶然に比べたらカウラの誕生日が……」
「うるさい!ボケナス!」
そう言ったアイシャのチョップが要の額に炸裂する。だが、要はサイボーグであり、頭蓋骨はチタン合金の骨格で出来ていた。思い切り振り下ろした右手を押さえてそのまま後部座席にのけぞるアイシャ。
「貴様等、暴れるな!私の車なんだぞ!」
怒鳴るカウラの口元を見た誠は、そこに歌でも歌いだしそうな上機嫌な笑みを浮かべているのを見つけた。
「気づかなかったんですか?」
そう言ってみた誠だが、カウラはまるで誠の言葉が聞こえないようでそのまま一気にアクセルを踏み込んで急な上り坂に車を進めた。
時は流れるままに 3
遅い昼飯を本部のある豊川市の大通りのうどん屋で済ませた誠達はそのまま本部に着くとアイシャに引きずられて宿直室のある本部の別館へと連行された。
「どう?進んでる?」
別館の一階。本来は休憩室として灰皿や自販機が置かれるスペースには机が並んでいた。部屋に入ったとたん人の出す熱で蒸れたような空気が誠達を覆った。
「おう、早かったな」
コンピュータの端末を覗きこみながらポテトチップスを口に放り込んでいる第一小隊の三番機担当の吉田俊平少佐が振り向く。奥の机からはアイシャの部下の運用艦通信担当のサラ・グリファン少尉が疲れ果てたような顔で闖入してきた誠達を眺めていた。
「お土産は?何か甘いものは?」
「無いわよ。急いできたんだから」
アイシャのぶっきらぼうな一言に力尽きたようにサラのショートの赤い髪が原稿の山に崩れ落ちる。
「そう言えばシャム……逃げたか?」
「失敬な!」
バン!と机を叩く音。突然サラの隣の席に小学生のようなちんちくりんが顔を上げる。
「大丈夫かよ?」
カウラがそう言ったのは飛び上がって見せた第一小隊のエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉が頭から被り物をして飛び上がったのが原因では無かった。その目が泳いでいた。基本的に部隊の元気を支えていると言うようなシャムが頭をゆらゆらと揺らして薄ら笑いを浮かべている状況は彼女が相当な疲労を蓄積させているとしか見えなかった。
「アイツもさすがに三日徹夜……それはきついだろ」
吉田はそう言いながらモニターの中の原稿に色をつける作業を再開した。
「サイボーグは便利よねえ。このくらい平気なんでしょ?」
その様子を感心したように見つめるアイシャ。隣では複雑な表情の要が周りを見回している。
「他の連中……どうしたんだ?」
要の一言に再びサラが乱れた赤い髪を整えながら起き上がる。
「ああ、パーラとエダは射撃訓練場よ。今月分の射撃訓練の消化弾薬量にかなり足りなかったみたいだから」
パーラ・ラビロフ中尉とエダ・ラクール少尉もアイシャの部下である。当然、アニメーション研究会のアシスタントとして絵師のシャムや誠の作業を手伝うことを強制させられていた。アイシャはサラの言葉に何度か頷くと、そのまま部屋の置くの端末を使って原画の取り込み作業をしている技術部整備班班長、島田正人准尉のところに向かった。
「ああ、クラウゼ中佐……少佐?あれ?はあー……」
薄ら笑いを浮かべる島田。目の下の隈が彼がいかに酷使されてきたかと言うことを誠にも知らせてくれている。
入り口で呆然としていた誠もさすがに手を貸そうとそのままシャムの隣の席に向かおうとした。
「がんばったのねえ……あと一息じゃない」
島田が取り込みを終えた原画を見ながら感心したように声を上げたアイシャ。それにうれしそうに顔を上げるシャムだが彼女にはもう声を上げる余力も残っていなかった。
「あとは……これが出来れば……」
シャムがそう言うとアイシャから見えるように目の前の原稿を指差す。
「がんばれば何とかなるものね。それが終わったらシャムちゃんは寝ていいわよ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直