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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 ランの言葉にカウラが顔を上げた。それまでシャムの行動を見て必死に笑いをこらえていたので明らかに口元が震えて見える。
「とりあえず非番とはいえ何が起こるかわからねーのがアタシ等の仕事だ。連絡はいつでも取れるようにしておけよ」 
「はい?」 
 ランの言葉にカウラは端末の勤務予定表を開く。誠もあわててそれに倣った。
 12月19日、つまり明日から1月4日までが非番になっている。
「これ……どうしてですか?」 
 さすがに誠もランに声をかけたくなっていた。
「アイシャの奴がねえ……。それとアタシもハンガーのブツの慣らしがすんだら休みとりたいしな」 
 ランの笑顔がどこかはかなげに見える。さすがの要も毒舌を吐く気も起きないほど弱りきっているランの笑顔。
「我々が休む分がそちらに回っただけだ。羽根を伸ばすと良いんじゃないのか?」 
 そう何気なく言ったロナルドの言葉に誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。



 時は流れるままに 12


「起動準備!島田、固定状態はどうだ?」 
 明華の言葉がハンガーに響く。島田は黒いアサルト・モジュール、『カネミツ』の前で部下達のハンドサインを待つ。
「固定状況異常なし!」 
 空気がぴんと張り詰めたように感じられる。それが黒い機体の周囲に浮かんでは消える干渉空間の振動のせいだと気づいたとき、誠はヘッドギアをつけてタイミングを計っている明華の顔に目を向けた。
「よし!ヨハンの方はどうだ!」 
 明華がカネミツの隣に置かれている簡易調整装置をいじっている巨体の持ち主に声をかける。ヨハンはすぐに手を当ててコックピット内部にいる嵯峨の法術展開状況が最適値に達していることを示した。
「よし!じゃあ、隊長!起動開始してください」 
『ハーイ』 
 抜けたような返事をしている嵯峨の姿が一階のハンガーの隣にある管制室に響く。実働部隊の今日の当番の第一、第二小隊。そしてなぜか出てきている第四小隊の面々や、リアナやアイシャ等の運行部の面々もそこにつめていた。
「狭い……」 
 シャムがそう言うので隣に立っていた誠は少し反対に体をひねる。
「神前君……手が当たるんだけど」 
 やわらかい腕に当たる感触とリアナの声に手を引っ込める誠。彼を振り向いてにらみつける要。カウラは画面に映されたくわえタバコでエンジン起動実験を開始している嵯峨を見つめていた。
『とりあえず……現在維持している干渉空間を制御してエンジンのバイパスと連結させれば良いんだな?』 
 嵯峨はパイロットスーツではなく普段の勤務服のままコックピットに座っている。誠も何度か模擬戦の時に相手をしたことがあるが、嵯峨のパイロットスーツ嫌いは徹底していた。
「お願いします。展開率80パーセントを越えた時点で対消滅エンジンの炉を展開空間に干渉させますからそのタイミングを間違えないように」 
 慎重に指示を出す明華。熱気でむせる管制室。彼女は額の汗をぬぐうと後ろで固まっている野次馬達に目を移した。
「暇というか……何というか……」 
「まあ、言うなよ」 
 その隣で同じように振り向いてみせるラン。シャムは必死になって管制用モニターの空いているのを見つけて自分の機体のスペックを再確認していた。
「シャム……だからちゃんとさっきそこらへんの確認をしておけって言ったんだ」 
 ランはいらだたしげに必死に起動手順を暗記しようとしているシャムにため息をつく。
「でも大丈夫だよ。初めてじゃないし」 
「まあ、それでもミスは許されねーぞ。場合によっては神前に乗ってもらうことになるかも知れないからな」 
 そう言ってランは皮肉を言いそうな笑みで誠を見上げた。
『おーい、明華。どこまで出力上げればいいの?』 
 画像の中、嵯峨は余裕で鼻歌交じりである。スロットルインジケーターは順調に上がる。すでに出力は10パーセントを超えていた。
「この時点で05式と互角……化け物だな、こりゃ」 
 要は首筋にコードを差し込んで試験状態をチェックしながらニヤついている。誠も目の前の黒い機体が化け物と呼ばれる由来がよくわかってきた。
「とりあえずノーマルのシステムで対応可能なラインまで回してみてください。そこでデータを取った後で本稼動の試験を行うかどうかの判断をしますから」 
 明華の言葉に余裕でうなづく嵯峨。
「よくまああれほど余裕な表情ができるねー」 
 呆れたというようにランがつぶやく。そして急にエンジン音が途切れた。
「駆動炉を干渉空間に移行したか……」 
 場違いなほどに緊張した言葉に、誠が振り向けばつなぎを着たままのロナルドが親指のつめを口でかみながら画面を見つめていた。
「あんな芸当ができる法術師は他にいないんじゃねーかな」 
 そんなランの言葉にロナルドは大きくうなづく。エンジンの音が途切れて沈黙が支配するハンガー。固定器具の冷却液の吹き上げる音、ハンガーを渡る強い北風の風鳴り、そのような音が響いてまるで何も起きていないかのような錯覚にとらわれる。
『実に静かだねえ……こりゃあ環境にやさしいや』 
 笑う嵯峨。だが、真剣な表情で彼の様子と調査データ見比べている明華にそんな言葉は届くものではなかった。
「ヨハン!データは?」 
『ばっちり取れてますよ……ってこれは干渉空間がでかい!これだけのエネルギー退避領域があれば予定の倍ぐらいまで標準システムで回りそうですけど』 
 ヨハンの声に明華は複雑な表情で腕を抱えて考え込む。
『明華。エンジン回すのは良いけど俺の負担も考えてくれよな』 
 言葉の意味を逆用したように笑っている嵯峨。だが、しばらく考えた後明華は決断した。
「とりあえず30パーセントまで上昇後、そのままエンジンのエネルギーを正常空間内に誘導。停止ミッションに移行する」 
「だろうな。あせって見る必要もねーだろ」 
 明華の判断にランも同意するようにうなづいた。
「なんだよ……中途半端というか……煮え切らないと言うか……」 
 そんなことをつぶやく要をにらみつけるラン。
「わかってるよ。干渉領域に逃げてるエネルギーがエンジンに逆流してきたらドカンと行くって話だろ?確かに急いで稼動状態に持っていく必要も無いわけだし……」 
 合格点の言い訳と捉えたのか、ランはそのまま視線を明華に向けた。
「全てにおいて予想以上というところかしら。隊長!予定出力に達しました。後は……」 
『はいはい、絞ればいいんだろ?早速はじめるよ』 
 嵯峨はそう言うと口に左手を持っていく。それでタバコを口にくわえていないことを再確認するとそのまま大きくため息をつく。
「タバコなら後にしてくださいよ!以前どれだけその臭いで……」 
『すみません。申し訳ないです』 
 おどけたようにそう言うと嵯峨はエンジン出力を絞る。
『こちらも順調です。観測された干渉空間が縮小……エンジン通常空間に出力転移!』 
 ヨハンの言葉が届いたとたん、轟音が黒い機体から響きはじめる。再び機体の周りを制御を離れた干渉空間が覆う。
「つまらねえなあ。もっとやる気の出るようなアクションはねえのかよ」 
 ぼそりとつぶやいた要をランが見上げる。
「なんなら……」