小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 5

INDEX|28ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 カウラはそう言うと作業が続くカネミツを見下ろしていた。
 嵯峨家は胡州四大公家の一つ。泉州を中心としたコロニー群を領邦として抱え、そこからの税収の数パーセントを手にすることができる富豪の中の富豪と言える。その当主の地位は今は第三小隊体調の楓の手にあったが、嵯峨本人は泉州公として維持管理の費用が寝ていてもその懐に入る仕組みになっていた。
「ったく……面倒なものが来ちまったよ」 
 嵯峨はそう言うと口にタバコをくわえてハンガーに降りていった。
「ちょっとついてきてくれ」 
 カウラは実働部隊の部屋の前で要と誠に声をかけた。いつもなら反応するアイシャだが、額に濡れタオルを当てたままぼんやりした表情で廊下を更衣室へと歩いていく。
「おう、来たか」 
 隊長の机にはちょこんとランが座っている。昨日、ビールの量ならばかなり飲んでいたはずだというのに平気の体で端末の画面を覗き込んでいた。
「ハンガーのあれのことだろ?言わねーでもわかるよ」 
 そう言いながら苦笑いを浮かべるラン。その隣の机では必死に端末の画面の文字を追っているシャム。そしてその隣のケージには巨大な亀がおいしそうに野菜を食べていた。
「シャムは良いねー平和で。アタシは発狂寸前だよ」 
 先手を打ってそう言って笑うラン。
「……やはりクバルカ中佐の機体も押し付けられたんですか?」 
 カウラの一言にランは誠を見つめた。なぜ自分に視線が飛んだかわからない誠。それを見て大きくため息をつくラン。
「まあ同盟厚生局の事件が今回の急な搬入の直接のきっかけだな。厚生局とつるんでクーデターを画策していたシンパが芋づる的に見つかってな。特に東和軍はひどい有様だ。表には出ていないが内部調査で士官の10パーセントが何らかのつながりがあるという結果が出た。来年までにその全員が諭旨退職処分になる予定だ」 
 自分が動いた結果で起きた大変な事態。誠はそれに打ちのめされたように顔を青く染めていく。そんな誠の肩を要が叩いた。
「そりゃあ人件費が浮いていいことなんじゃないのか?」 
 そのままランの机の端に腰掛けてにんまり笑う要。ランは大きくため息をついて要を見上げた後、そのまま話を続けた。
「同盟加盟国では東和の二の舞を避けようと内部調査を実施したんだ。遼南の反地球運動とつながっている連中、胡州のはねっかえり、西モスレムの原理主義者、ゲルパルトのネオナチ。どれもまあよく見つかること……」 
 あきれたような調子で画面を切り替えたラン。そこには次々と各国の軍幹部の経歴書が映し出されては消える。
「つまりそいつ等に持たせとくと使っちゃいそうだからうちで引き受けたわけか……迷惑な話だな」 
 要の言葉にカウラもうなづいてみせる。ランもまた複雑な表情で誠達の顔を見渡した。
「まったく迷惑な話だぜ。アタシ機体はできればどこぞの海にでも沈めたいのが本音だが……えらいさんは許さないだろうからなー」 
 そう言ってランは大きく伸びをした。
 そんなランを置いてカウラは自分の席に着いた。誠もさすがにいつまでも手の届かない幹部の人事の話に付き合うつもりは無いので自分の席に着く。要は興味深げにランの端末の画面を見つめながら小声でランと話をしていた。
「そう言えばどうするの?クリスマス」 
 仕事に片がついたのか、シャムが亀吉の葉っぱを取り上げてかじりながらカウラを見ていた。
「仕事中だぞ、後にしろ」 
 そうは言っては見たものの、カウラに急ぎの仕事が無いのは誠も知っていた。むしろ『クロームナイト』を受領するためにいろいろな手続きが必要になるシャムの仕事のほうが心配だった。
「ああ、アイシャが任せろって言ってたな。それとこいつのお袋が……」 
 そう言って要が誠の隣まで来ると誠の髪の毛を左手でぐしゃぐしゃにする。
「止めてくださいよ、まったく」 
 誠は何とか手ぐしでもとの髪型に戻す。その時、部屋の扉が開いた。
「凄いな、あれ。どうするんだ?あんな物騒なもの運んできて」 
 スタジアムジャンパーを着たジョージ岡部中尉が両手に手提げ袋を提げて現れる。続くのはダウンジャケットを着たフェデロ・マルケス中尉。どちらも機嫌はけっして良いようには見えなかった。
「なんだ、お前等。休んでれば良いのによー」 
「つれないこと言わないでくださいよ、中佐。あ!これお土産」 
 岡部はそう言うと手にした袋をそれぞれに配る。誠も中を覗いてみる。
「シュウマイですか?」 
「まあな、俺生まれも育ちも横浜だから」 
 そう言って笑う岡部に続き、フェデロも土産を配った。
 奇妙な形の木の置物。誠はしばらく見つめてそれが人間の顔をディフォルメしたものだと気づいた。カウラも要も不思議そうに手にした像を見つめている。
「あのー……」 
「ああ、俺は生まれも育ちもサンフランシスコだから」 
「だとなんでそうなるんだ?」 
 要の突っ込みにカラカラと笑うフェデロ。
「冗談はやめとけよ。それにオメーはフロリダ出身じゃなかったか?」 
 像を手にとってにらんでいるラン。そして部屋にさらに客が訪れたようにドアが開く。
「どうしたんだ?貴様等は俺に付き合うことは無いだろ?ゆっくり休んでいれば良いんだよ」 
 油にまみれた白いつなぎのロナルド。重苦しい空気が部屋を包む。誠もカウラも要もただ彼が静かに自分の席に座るのをじっと待っているだけだった。
「ああ、そう言えば俺は土産がなかったな……失敗したなあ」 
 そう言って笑うロナルド。だが、その表情を見て顔を引きつらせる岡部とフェデロはロナルドの隣の席に座るのを譲り合うようにしながら引きつった笑みを浮かべるだけだった。
「おい!スミス。送っといたぞ今月と来月の勤務表」 
 とりあえず責任感だけでランはそう言ってロナルドに目をやる。その言葉を自然に聞いて自然に自分の端末を起動させるロナルド。
「しかしいいのか?結構きついシフトになるぞ」 
 ランの言葉に岡部とフェデロは顔を見合わせる。
「なあに、合衆国海軍上がりは伊達じゃないことを見せつけてやるよなあ!岡部、マルケス」 
 その一言で岡部とフェデロははじかれたように敬礼する。それを満足げに見つめるとロナルドは自分の起動した端末を眺めた。
「ほう、確かにこれはかなりタイトですねえ。でも第一小隊のシフトもきついんじゃないですか?年末までびっしりじゃないですか」 
 顔を向けてくるロナルド。見つめられて少しばかり引いているランに誠は同情していた。
「そりゃああのハンガーのお荷物を見ればわかるだろ?それにきついのはアタシ等だけじゃねえよ。明華や島田なんかもしばらくは泊まりになるな……ってシャム」 
「え?」 
 ぬいぐるみの亀を亀吉の背中に両面テープでくっつけようとしているシャムを見てさすがのランも声をかけた。
「餓鬼かオメーは」 
「だって……つるつるだから」 
 シャムのよくわからない理由に要が噴出す。それをきっかけにロナルドが笑い始めた。それを見て岡部とフェデロが手早く自分達の端末を起動させている。
「まあ、あれだ。とりあえず事故が無きゃそれでいいんだけどな。それと……カウラ」 
「はい」