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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 誠から見ても明らかに警備体制は厳重になっていた。いつもならマガジンを外した警備部の正式小銃のAKMSを下げている歩哨が巡回することになっているが、普段は歩哨など立てずに警備室でカードゲームに夢中になっている警備部員。
 それが重装備の歩哨はもちろん、いつの間にか警備室の前に土嚢を積み上げて軽機関銃陣地までが設営されていた。
「なんだ?戦争でもはじめるのか?」 
「違うわよ。これからシャムちゃんを首領にして篭城するのよ。猫耳の世界のために」 
「なんだそれ?」 
 くだらないやり取りをしている要とアイシャを無視してカウラはそのまま近寄ってきたヘルメットをかぶっている警備隊員に声をかける。
「例の件か?」 
 誠はここで思い出した。嵯峨の専用機『カネミツ』。シャムの専用機『クロームナイト』。ランの専用機『ホーン・オブ・ルージュ』。この本当の意味でのアサルト・モジュールの名前に足る三機の搬入作業が昨晩行われていたこと。
「まあ、そんなところですよ。しかし、フル装備での警備なんて。重いし……冬でもこれじゃあ暑くって……」 
 そう苦笑いを浮かべる兵士。ゲートが開き部隊の敷地に入るが、明らかにいつもと違う緊張感が隊を覆っているのを感じる。
「お望みの緊張感のある部隊の体制だ。優等生には最高なんじゃないのか?」 
 要のあざけるような笑顔が見える。アイシャはそれどころではないという表情で濡れタオルを折りたたんでいる。誠の目に駐車場の一番手前でジャッキアップしてすべてのタイヤを取り外した乗用車を囲んでロナルドと技術部の兵士達が談笑しているのが目に入った。
 手を上げるロナルド。さすがに吹っ切れたというように、昨日のまとっていた絶望的な雰囲気は消えていた。そのままカウラは数台先に車を止める。
 要に急かされて助手席から降りた誠。満面の笑みでそれを見つめるロナルド。そのつなぎには油がしみこんでおり、周りに照明器具まで用意されているところから見て一晩中彼が愛車の調整をやっていたことを意味しているように見えた。
「よう、元気そうだな」 
 昨日のロナルドからは想像もできないような笑顔に後部座席から降りたばかりの要も複雑な表情を浮かべていた。
「どうです?吹き上がりは」 
 要の言葉に満面の笑みで運転席に乗り込むロナルド。フロントをむき出しのまま彼はエンジンをふかす。
「いい吹け具合じゃねえか。がんばったねえ島田も」 
 そう言いながら狭い後部座席で今にも吐きそうなアイシャを目にしていた要は大きく伸びをする。
「本当にいい仕事をしてくれたよ。俺が留守の間にサードパーティーでも俺が目をつけてた部品をそろえていてくれてさ。そしてすでにくみ上げ前の再調整までしてくれていたんだ。本当にいい仕事をしてくれる男だよ」 
 軽快に回っていたエンジンを止めてにこやかに誠達を見つめるロナルド。それを迷惑そうに濡れタオルで頭を冷やしながら見つめるアイシャ。
「なんだ、クラウゼ少佐は飲みすぎか?何事も程々がいいぞ。じゃあ、彼等も仕事があるだろうから……」 
 島田の側近の技術下士官に目をやるロナルド。そのまま彼等はロナルドに敬礼すると走ってハンガーに向かう。
「元気がいいねえ。どうだ、アイシャ!見ていくだけ見ていくか?カネミツとか」 
 要は先頭に立ってにこやかな表情でハンガーに向かう。アイシャは仕方がないというようにそれに続いた。
「ああ、ベルガー大尉。後で……」 
「ガソリンエンジン搭載車の特性でも聞きたいんですか?じゃあ昼休みにでも」 
 一度話し出したらとまらないような様子のロナルドをやり過ごしてカウラはそのまま要達の後に続いた。
 三つのコンテナがハンガー前のグラウンドに並べられていた。ハンガーからは冬の豊川の気温をはるかに下回る冷気が流れ出して白い煙のように見えていた。先に歩いていた要はハンガーの中を覗き込んで少しばかり困惑したような表情を浮かべていた。
「おい、カウラ……」 
 同じく立ち止まったアイシャを制止するとカウラに目をやる要。誠とカウラはそのまま二人のところまで歩いていった。
「これは?」 
 誠の痛い機体を先頭に保安隊の保有するアサルト・モジュールが並んでいたが、先日まで嵯峨の四式改、シャムの05式特戦乙型、ランの07式特戦に変わり、はじめてみる機体が並んでいた。特に目を引いたのは調整を終えて装甲を装備している『クロームナイト』や『ホーン・オブ・ルージュ』よりも奥。関節部のアクチュエーターなどを露出している嵯峨の『カネミツ』の姿だった。
 腕と膝からは動力ピストンを冷やすための冷気が滝のようにこぼれてきている。さらにいつもならこんな時間には実働部隊の詰め所で音楽でも聴いているはずの吉田が、コックピットに伸ばしたコードをつけた調整用の端末を操作しているさまが異常に見えた。
 誠達を見つけた吉田は迷惑そうに目を逸らした。その動作に気がついたのか、コックピットに引っかかっている大きな塊が振り向く。
「おう、おはよう」 
 それは法術技術担当士官のヨハン・シュペルター中尉だった。
「どうですか!調整の方は!」 
 膝から下の装甲板の取り付け作業で響く金属音に負けないようにとカウラが大声を張り上げる。
「まあ、なんとかなりそうだ!」 
 ヨハンも叫ぶ。それを無視して作業を続ける吉田。
「こんな物騒なもの。よく同盟上層部が運ぶ許可を出したな」 
 階段を上りながら要がつぶやいた。昨日少しばかりカネミツの運用記録を見てみたが、ほとんど冗談のような戦績に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 出撃時に100パーセントの確立で撃墜を記録している。それは切り札的に使われた決戦兵器の宿命かもしれない。被弾率がほぼ0に近いのは慎重派の嵯峨がパイロットを勤めていれば当然の話と言えた。だが、一回の出撃の撃墜数の平均が10機を越えているのは明らかに異常だった。
 特に嵯峨が遼南皇帝に就任した前後、多く単機で戦線に投入され圧倒的な数の敵機を屠ってきた戦歴はほとんど異常と呼べるような活躍だった。
「叔父貴も本気になったのかねえ」 
 階段を上りながらも目はカネミツを眺めていた要の一言。決して笑っていないその目に寒気を感じる誠。
「おう!ついに来ちまったな」 
 そう言って階段の上で待っていたのは嵯峨本人だった。どうにも困ったことがおきたとでも言うような複雑な表情の嵯峨。誠達はそれに愛想笑いで答える。
「おい、よく許可が出たな。どんな魔法を使ったんだ?」 
 駆け上がった要の言葉に首をひねる嵯峨。そしてしばらく要の顔を見つめた後、気がついたように口を開いた。
「ああ、押し付けられたんだよ。実際維持費だけでも馬鹿にならない機体だ。遼南も東和も管理する予算が出ないということでな。それで俺のポケットマネーで何とか維持しろと言われて届いたわけだ。まあ輸送に関する費用はあちら持ちだけどな」 
 そうあっさりという嵯峨。国防予算に明らかに円グラフの一部を占めるほどの維持コストのかかる機体の導入。誠がちらりと管理部のオフィスを見れば、机に突っ伏しているように見える高梨の姿が見えた。
「さすが領邦領主としては最大の規模の嵯峨家というところですか」