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遼州戦記 保安隊日乗 5

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『うれしいんですけど……うちは普通の家よ。それに夏にだっていらっしゃったじゃないの』 
「でも剣道場とかあるじゃないですか」 
 食い下がるアイシャだが薫は冷めた視線でアイシャを見つめている。
『道場はその日は休みだし、たしかうちの人も研修の予定が入っていたような……』 
 そこで少し考え込むような演技をした後、アイシャは一気にまくし立てた。
「そんな日だからですよ。みんなでカウラの誕生日を祝っておめでたくすごそうというわけなんです」 
 アイシャを見ながらカウラは烏龍茶を飲み干す。
「完全に私の誕生日ということはついでなんだな」 
 乗っているアイシャを見つめながらぼそりとつぶやくカウラ。
『そういうこと。じゃあ協力するわね。誠もそれでいいわよね!』 
 笑顔を取り戻した母に苦笑いを浮かべる誠。
「まあいいです」 
 誠はそう答えることしかできなかった。その光景を眺めていたエルマが不思議な表情で誠に迫ってきたのに驚いたように誠はそのまま引き下がる。
「今の女性が君の母親か?若いな」 
 エルマの言葉に要がうなづいている。ランは渋い顔をして誠を見つめているが、それはいつものことなので誠も気にすることもなかった。
「アタシもそう思ったんだよ。まるで姉貴でも通用するだろ?なにか?法術適正とかは……」 
「母からは聞いていませんよ。そんなこと。それにそういう言葉はもう数万回聴きました」 
 夏のコミケでいやになるほど要に話題にされた話を思い出してそう言って誠はビールをあおる。空になったジョッキ。ランの方を見れば彼女も飲み終えたジョッキを手に誠をにらみつけている。
「じゃあ、ちょっと頼んできますね。クバルカ中佐は中生で、要さんは良いとして」 
「引っかかる言い方だな」 
 要はそう言いながらジンのボトルに手を伸ばす。
「じゃあ、誠ちゃん私も生中!サラとパーラの分も。それと……」 
 アイシャが仲良くエダとミックス玉をつついているキムを眺めた。
「僕は良いですよ。焼酎がありますから」 
 アイシャの視線を浴びて仕方がないようにボトルをかざして見せるキム。カウラの烏龍茶のグラスが空になっているのにもすぐに気がついた。立ち上がる誠。
「私はサワーが良いな。できればレモンで」 
 エルマの言葉を聴いて誠は立ち上がった。そのまま階段を降りかけて少し躊躇する。
「まあ、神前君。注文?」 
 時間を察したのか春子が上がってこようとしていた。そして階下には皿を洗う音だけが響いている。
「ロナルドさん達は?」 
 誠の言葉に春子はそのまま一階に戻る。誠が降りてくるとすでにロナルド達の居たテーブルはきれいに片付けられていた。
「ええ、島田さんが部隊から呼び出しがかかったということでみんなついていかれましたわ」 
 そういいながら伝票を取りに走る春子。皿を洗っていた小夏がひょこりと顔を出す。そんな娘を見て安心した笑みを春子が浮かべた。
「神前君、クバルカ中佐、サラちゃんとパーラちゃん、それにクラウゼ少佐が生中。それにベルガー大尉が烏龍茶……でいいかしら?」 
 いつものことながら注文を当ててみせる春子。
「それとお客さんがサワーが良いって言う話しなんですが……」 
 誠の言葉に晴れやかな表情を浮かべる春子。
「それならカボスのサワーが入ったのよ。嵯峨さんがどうしてもって置いていくから保安隊の隊員さんだけが相手の特別メニューよ」 
 いつものように嵯峨の話をする時は晴れやかな表情になる春子。それを見ながら誠は笑顔を向ける。
「じゃあ、お願いしますね」 
 そういうと誠は二階への階段を駆け上がった。そこには沈痛な表情のカウラ。ニヤニヤ笑うアイシャと要。他人のふりのサラとパーラ、そしてキムが待ち構えていた。
「エルマさんも来たいんだってよ。カウラちゃんの誕生日会」 
 アイシャの言葉に大きくうなづく要。だが、明らかにカウラの表情は硬い。普段なら呆れるところだがそういう感じではなくどう振舞えば良いのか戸惑っている。そういう風に誠には見えた。
「駄目なのか?カウラ」 
 心配そうな表情でライトブルーの髪を掻き揚げるエルマの肩にカウラはそっと手を乗せた。
「そんなことがあるわけないだろ。私達は姉妹なんだ」 
「じゃあ、お姉さん命令。二人とも特例のない限り参加すること。以上!」 
 得意げに命令するアイシャ。確かにカウラもエルマもアイシャから見れば妹といえると思って誠は納得した。
「おい、特例って……」 
「馬鹿ねえ、要ちゃんは。急な出動は私達の仕事にはつきものでしょ?」 
 そうアイシャに指摘されてふてくされる要。だが、正論なので黙ってグラスのジンをなめる以外のことはできなかった。
「そうか……ありがとう」 
 エルマが不器用な笑いを浮かべる。その表情にサラが何かわかったような顔でうなづく。
「どうしたの、サラ」 
 アイシャの問いにサラはそのままアイシャのところまで這っていって耳元で何かをささやく。すぐに納得したとでも言うようにうなづくアイシャ。
「内緒話とは感心しないな」 
 カウラの言葉にアイシャとサラは調子を合わせるようににんまりと笑う。
「私が男性と付き合ったことがないということを話題にしているわけだ」 
 そんなエルマの一言に一歩退くアイシャとサラ。
「馬鹿だねえ……テメエ等の行動パターンは読まれてるんだ。こんな副長の指示で動くとはもう少し空気を読めよ」 
 階段をあがってきた小夏から中ジョッキを受け取ったランの皮肉めいた笑顔。キムとエダも大きくうなづいて彼女に賛同する。
「私達は生まれが特殊な上に現状の社会では異物だからな。仕方のない話だ」 
 そう言いながらカウラがちらりと誠を見上げる。その所作につい、誠は自分の頬が赤く染まるのを感じていた。
「これで後はお母さんと話をつめて……」 
 アイシャが宙を見ながら指を折っているのが目に入る。
「お母さんて……こいつとくっつく気か?」 
 要の一言に頬を両手で押さえて照れたような表情をつくるアイシャ。
「私は無関係だからな」 
 カウラはそう言って烏龍茶を煽る。
「本当に楽しそうな部隊だな。神前曹長」 
 そんなエルマの一言に引きつった笑みしか浮かべられない誠が居た。


 時は流れるままに 11


「大丈夫ですか?アイシャさん」 
 そう言って誠はカウラのスポーツカーの後部座席に座るアイシャを振り返った。
「駄目、死ぬ、あーしんど」 
 そう言って寮の食堂から持ってきた濡れタオルを額に乗せて上を向いているアイシャ。隣ではその様子を冷ややかに眺めている要がいた。
「どうでも良いけど吐くなよ」 
 そんないつもなら誠にかけられる言葉を受けて、熱い視線を助手席の誠に投げるアイシャ。見つめられた誠は思わず赤くなって前を向いて座りなおす。
「自己管理のできない奴が佐官を勤めるとは……どうかと思うぞ」 
 減速しながらつぶやいたカウラ。目の前には保安隊のゲートが見える。