小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 5

INDEX|24ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 半分以上は呆れていると言う顔の彼女に合わせて無理のある笑みを浮かべるカウラ。
「あんた、何か言いたいことがあってこいつに声をかけたんじゃねえのか?」 
 タコの酢の物に手を伸ばした要の言葉にエルマは表情を切り替える。
「ああ、そうだ。今夜は例のカネミツが搬入されるらしいな」 
「どこでその情報を?」 
 カウラの問いにエルマは首を振る。
「機動隊の方と言うことは警備任務があったんじゃないですか?」 
 誠が適当に言った言葉に頷き、そのまま腕の端末に手を回す。
「神前曹長はなかなか鋭いな。私は新港でのカネミツの荷揚げ作業の警備担当だった」 
「だけどそれだけで私に声をかけたわけじゃないんだろ?」 
 カウラの言葉を聞きながら端末の上に浮かぶ画面を検索しているエルマ。
「何も無ければ……確かにな。貴様のことなど忘れていたかもしれない」 
 そう言って笑みを浮かべるエルマが端末の上に画像を表示させた。
 闇の中に浮かぶ高級乗用車。見たところ東和では珍しいアメリカ製の黒塗りの電気自動車である。そこには少年が一人、窓の外に顔を出した運転手のサングラスの男の顔も見える。
「外ナンバーか……新港。監視している連中がいたところで不思議は無いな」 
 カウラはそう言って自分の端末にその写真をコピーした。それをわざわざ立ち上がって覗き込む要。しかし、それを見た要の表情が急に変わった。
「おい、叔父貴じゃねえの?この餓鬼。いつの間にか小さくなっちゃって……誰かみたいに」 
 誠もカウラもしばらくは要の言葉の意味が分からずに呆然としていた。
「おい、あたしにも送れ!」 
 上座で一人仲間はずれにされていたランが叫ぶ。要はしばらく呆れたように頭を掻くと自分の端末を起動させて、すぐに画像データを検索しその画像を三人の腕の端末に転送した。
 そこにはまるで中国の古代王朝の幼帝といった雰囲気の少年が映っていた。明らかに先ほどの少年と比べるとひ弱でか細い印象があるが、同一人物と思いたくなるぐらいに似通っていた。
「これは?誰だ」 
 カウラの一言に呆れたようにため息をついた要。そして彼女はそのまま自分の座っていた席の前に置かれていたグラスを手にとって口に酒を含む。
「遼南の献帝……ムジャンタ・ラスコー陛下。つまり叔父貴本人だ」 
 要の言葉にカウラと誠はしばらく思考が停止した状態になっていた。
 写真にひきつけられる誠達。ようやくカウラが口を開いた。
「エルマ。これは……」 
 カウラも意味がわかってまじめな顔でエルマに向かう。
「部下が撮影したものだ。私もこの少年と嵯峨特務大佐とのつながりを見つけたのは偶然でな。たまたまテレビでやっていたこの前の大戦の映像を見てピンと来ただけだったが……」 
 そんなエルマが要を見つめる。
「あれ?ジョージ君がどうしてこんな偉そうなかっこうしてるの?」 
 キムとエダをいじるのに飽きたアイシャがサラとパーラを引きずって誠の端末まで来るとそう叫んだ。その言葉で誠もこの少年のことを思い出した。寮の近くで何度か見かけた少年。その憎たらしい態度に頭にきたことは何度か有った。
「ジョージ君?知り合いか何かなのか?」 
 ランの言葉ににんまりと笑って頷くアイシャ。
「ええ、うちの寮の近くの子らしくて時々遊びに来るわよ」 
 そこまでアイシャが言ったところで要が飛び起きてアイシャの襟首を掴み上げる。そのままぎりぎりと締め上げていく要。アイシャはさすがに突然の攻撃に正気を取り戻して要の腕を掴んで暴れる。
「おい!なんでアタシを呼ばなかった!こいつは!」 
「苦しい!助けて!でもカウラちゃんも誠ちゃんも知ってるわよねえ。時々遊びに来る……って苦しい!」 
 アイシャがもがくのを見て要は手を放す。そして彼女の視線は自然と誠の方を向いてきた。
「え?確かに見たことがありますけど……でも……」 
「でもじゃねえんだよ!アメちゃんの外ナンバーの車に乗ってる叔父貴と同じ顔をした餓鬼。これだけで十分しょっ引いたっていい話になるんだぞ」 
 誠を怒鳴りつける要の肩を叩くラン。
「なんだ!姐御も怒れよ。こいつ等……」 
 ランは冷静な表情で階段の方を指差す。そこには要の怒鳴り声に気づいたロナルドが死んだような目をして部屋を覗き込んできていた。
「合衆国がどうしましたか?」 
 再び死んだ青い瞳が二階の宴会場をどん底の気分に叩き込んだ。
「そのーあれだ!大使館かCIAの連中が……」 
 要の一言。だが、どちらもロナルドが籍を置く海軍との間には軋轢がある。
「そうですよね。あいつらはいつだって好き勝手やるんだ。他にも陸軍の連中が……」 
「ささ、スミス大尉。お話は下で」 
 島田がそう言ってロナルドの肩を叩く。何かろれつが回らない調子で叫んでいるロナルドを見送る誠達。
「ったく……で。この餓鬼の身元。どこまで割れてんだ?」 
 すっかり場を仕切り始めたランの鋭い視線がエルマに飛んだ。
 頭を掻く誠。カウラもランの視線から目を背ける。
「実際近くの子供だと思ってたから……ねえ」 
 アイシャはそう言うと後ろで彼女を盾にしてランから隠れていたサラとパーラに目を向ける。
「あの……」 
「わかった。つまりオメー等は何も知らないと」 
 そう言って端末の幼帝時代の嵯峨をまじまじと見るラン。明らかにその異常な食いつきに気づいたのは要だった。
「なんだ?中佐殿は枯れ専だと思っていたのですが叔父貴が好きだとか?あれが小さかったらとか考えている……とか?」 
「何が言いてえんだ?あ?」 
 凄まれてすぐに引っ込む要。隊の笑い話にランが隊長の嵯峨に気があると言う冗談が囁かれているが、それが事実だったのかと思うと誠は少し引いた。
「大使館の車で動いているってことは……アタシ等は監視されていたってことか。目的はこいつだろうがな」 
 ランは視線を誠に向ける。ただ愛想笑いを浮かべる誠。
「確かに君に関するデータはどの国も欲しがっているのは事実だ。近藤事件での衆人環視下での法術展開。あれに食いつかない軍や警察関係者はいなかっただろう」 
 そう言いながら感心するように見つめてくるエルマ。それが気に入らないアイシャが誠の腹にボディーブローを決める。
「隊長のクローンの製造が行われたということだとすると……アメリカ陸軍の関係者と言うことか」 
 カウラの言葉にエルマも頷く。嵯峨は先の大戦でアメリカ軍の捕虜としてネバダ州の実験施設に送られていたことは隊では口外できない秘密の一つだった。誠達も生きたまま解剖され標本にされた嵯峨が再生して研究者を惨殺する映像を見たことがあった。
「……っておい。他にも乗っている人物がいるじゃねえか」 
 エルマに話せない事実を回想していた誠達にランが声をかけた。すぐに手元の端末の画像を拡大する。
 ランの言葉通り後部座席に後頭部が見える。そのまま拡大するとそれが長髪の女性のものであることがわかる。
「同行した研究員か何かか?」 
 要はエルマにたずねた。
「それは断定できないな。この状況の報告をしてきた者の話ではこの少年よりも少し年上の少女だったと聞いている」