遼州戦記 保安隊日乗 5
島田の言葉がさらに落ち込んだ空気に止めを刺す。キムは笑ったままロナルドを見つめている。ぼんやりとした表情でホルモンを転がすロナルド。
「でも……」
「ああ、お前さんにはわからんか。じゃあ上に行ってこい」
島田の一言。もうたまらなくなって立ち上がる誠。
「すまないな。俺の個人的な問題だと言うのに」
『酔っ払いアンちゃん!出て来いよ!』
ロナルドは強がった笑みを浮かべる。階段の上の階から何度と無く誠を呼ぶのは要。とりあえずいじる対象として誠を呼んだだけあって少し緊張したような調子の声が響いている。
「申し訳ないですね」
そう言うと座っていた椅子を元の位置に戻す誠。
「君の気にすることじゃない」
強がるようにロナルドが吐いた言葉になんとなく勇気をもらえた誠はそのまま彼らを置いて二階へと上がった。
「大丈夫なのかよ……」
弱ったように誠に囁く要。カウラも大きなため息をつく。
「大丈夫には見えないだろうが。それより島田はこんなことをしていて良いのか?」
「明華の姐御が気を使ったんだろうな。大変だな島田の奴も。たぶんこのままとんぼ返りで隊に戻ってカネミツの整備手順の申し渡しとかをやるんだろうから……つらいねえ」
そう言うと要は階下の男達を見捨てるように座敷の自分の鉄板に向かった。
「私に気を使う必要は無いぞ」
呼ばれたからと言うことで誠を気遣うエルマの言葉だが、さすがにカウラ達は下の階の葬式のような雰囲気に付き合うつもりは無かった。
「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから」
鬱陶しい空気を纏ったロナルドの雰囲気がうつっていた誠の肩をバシバシと叩く要。
「そうか?」
要の言葉にランは小さな彼女が持つと大きく見える中ジョッキでビールを飲んでいた。それを心配そうに見つめているエルマ。
「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから」
なだめるように言った誠をランがにらみつける。
「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて」
ギロリと誠をにらむラン。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。
「そんなこと無いですよ!」
ふてくされるラン。その様子をいかにもうれしそうに見つめているアイシャ。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアイシャはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。
「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月24日なんですか?」
焦って口に出した言葉に後悔する誠。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線をまことに向けてくる。
「誕生日?」
「どうやら起動した日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマの起動は私よりも二週間以上遅かったな」
カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばす。
「そうだな。私は一月四日に起動したと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな」
エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。
「あれ?誠ちゃん……」
誠の胸の鼓動が早くなる。声の主、アイシャがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってくる。
「レディーの胸をまじまじと見るなんて……本当に下品なんだから」
「見てないです!」
叫んでみる誠だが、アイシャだけでなく要やサラまでニヤニヤと笑いながら誠に目を向けてくる。
「こいつも男だから仕方がねえだろ?」
「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」
「ああ……」
突然サラに話題を振られて動揺しながら烏龍茶を飲むカウラ。それぞれの鉄板の上ではお好み焼きの焼ける音が響き始めていた。
「早く!誠ちゃんの烏賊玉、出来てるわよ」
「え?アイシャさん焼いちゃったんですか?」
誠は驚いて自分の空になった材料の入ったボールを見た。その前の鉄板には自分のミックス玉を焼きながら誠の烏賊玉にソースを塗っているアイシャがいる。
「もしかして迷惑だった?」
落ち込んだように見上げてくるアイシャ。それがいつもの罠だとわかっていてもただ愛想笑いを浮かべるしかない誠。
「別にそう言うわけでは……」
そう答えるしかない誠。アイシャの表情はすぐに緩んだ。そしてそのままこてで誠の烏賊玉を切り分け始めた。
「そう言えばクリスマスの話はどうしたんだ?」
誠に媚を売るアイシャの姿に、苛立ちながらそう吐き捨てるように口を開いた要。彼女の方を向いたアイシャは満面の笑みで笑いかける。
「なんだよ気持ちわりいなあ」
そう言って引き気味にジンの入ったグラスを口にする要。そんな要が面白くてたまらないというようにアイシャは指差して誠に笑いかける。
「あの、クラウゼさん。人を指差すのは……」
「誠ちゃんまで要の味方?……私の味方は誰もいないのね!」
大げさに肩を落としうつむくアイシャ。サラとパーラが複雑な表情で彼女を見つめていた。一方で下座の鉄板ではすっかり二人だけの雰囲気を作りながらエダとキムがたこ焼きを突いて微笑みあっている。
「クリスマスねえ。クラウゼも少しは素直にパーティーがしたいって言えばいいのによー」
ランは一人、エイ鰭をあぶりながらビールを飲んでいる。
「だって普通じゃつまらないじゃないですか!」
そう言ってランの前に立ち上がるアイシャ。ここで場にいる人々はアイシャがすでに出来上がっていることに気づいていた。
「つ……つまらないかなあ」
さすがに目の据わったアイシャをどうこうできるわけも無く。口ごもるラン。誠が周りを見ると、要は無視を決め込み、カウラはエルマとの話を切り出そうとタイミングを計りつつ烏賊ゲソをくわえている。
パーラとサラ。本来なら酒の席で暴走することが多いアイシャの保護者のような役割の二人だが、完全に彼女達の目を盗んで飲み続けて出来上がったアイシャにただじっと見守る以外のことは出来ないようだった。
「やっぱりクリスマスと言うと!」
そう言うとアイシャはランの前にマイクを気取って割り箸を突き出す。
「そうだなー、クリスマスツリーだな」
「ハイ!失格。今回はカウラちゃんのお誕生日会なのでツリーはありません!」
ハイテンションでまくし立てるアイシャ。その姿をちらりと見た後、ランは腹を決めたように視線を落とした。
「じゃあ次は……」
得物を探して部屋を見渡すアイシャ。偶然にも笑い会っていたキムの視線がアイシャとぶつかってしまった。顔全体で絶望してみせるキムに向かってアイシャは満面の笑みでインタビューに向かった。
「少佐!止めてください少佐!」
キムの叫びが響く。割り箸でキムの頭をむやみに突きまわすアイシャ。それを苦笑いを浮かべながらエルマは眺めていた。
「楽しそうな部隊だな。ここは」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直