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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「どうも私の部隊では一人が飲みに行くと言い出すと、いつでもこんな有様なんだ。ここはうちの隊舎みたいなものだ。楽にしてくれ」 
 カウラの一言で緊張していたエルマの表情が緩む。エルマについてきた小夏に手を上げたラン。小夏はそのそばにたどり着くとランの注文を受付始めた。
「もう五年経つんだな……社会適合訓練所を出てから」 
「ああ」 
 そう言って見詰め合うカウラとエルマ。その様子をこの上なくうれしそうな表情のアイシャが見つめている。
「昔なじみの再会だ。くだらねえこと言うんじゃねえぞ」 
 すでに自分のキープしたジンを飲み始めている要がいつものように奇行に走るかもしれないアイシャに釘を刺す。誠はその隣でまだ飲み物も運ばれてきていないと言うのに始まるかもしれないアイシャの悪ふざけに警戒しながら正座で座っていた。
「今の品の無い発言をしたのが西園寺大尉だ。あの西園寺家の次期当主だ」 
 カウラの言葉に眉を引きつらせながら要がエルマに顔を向ける。
「エルマ・ヒーリア警部補です」 
「これはご丁寧に。ワタクシは胡州、藤の内府。西園寺公爵息女、要と申しますの。よろしくお願いできて?」 
 わざとらしく上品な挨拶を繰り出す要の豹変振りに目がでんぐり返ったような表情のエルマ。時々こういう状況に出会ってきた誠は苦笑いを浮かべながらエルマが落ち着くのを待っていた。
「あらあら……皆さんどういたしましたの?ささ、皆さん今日はカウラ様からおごっていただけると言う仰せなのですから……どうされました騎士クバルカ様」 
「キモイぞ西園寺。それと払うのはテメーだ」 
 時々お嬢様を気取ることもある要だが、初めてその現場に立ち会ったランが複雑な表情で要をにらんでいる。タレ目の要は満面の笑みでランを見つめている。
「まあ、失礼なことを仰られますのね。おーっほっほっほ」 
 要が口に手を上げて笑い始める。カウラとアイシャの二人はこういう状況の要には慣れているので完全に普通に振舞っている。それを見てサラは階段の方に歩き始めた。
「小夏ちゃん!料理をお願い」 
「ハーイ!」 
 小夏の声が聞こえると要はそのまま目の前のグラスのジンを飲み干す。そうして大きくため息をつき。彼女を見つめているエルマを見つめながらにんまりと笑った。
「やってらんねえなあ」 
「ならやるな」 
 お嬢様モードからいつもの調子に戻った要。頭を掻きながら手酌でジンを飲み始める。
「それにしても本当に綺麗な髪よね。カウラちゃんもそうだけど……」 
 そう言ってアイシャがエルマに近づいていく。だが、危険を察知したカウラが彼女の這って来た道をふさいでしまう。
「ええ、本来は毛髪は不要として設計されていますから。起動前の培養成長期末期に毛髪の育成工程の関係で髪質が向上しているらしいんです」 
 エルマの説明を聞きながらさすがに彼女の髪をいじるわけにも行かず、手前のカウラの髪を撫で始めるアイシャ。
「便利よね。私の頃にはそんな配慮なんて無いもの。ああ、そう言えばサラも起動調整のときに髪の毛がどうとか言ってなかった?」 
 アイシャににらまれて階段の手前で苦笑いを浮かべるサラ。
「たぶん気のせいよ。エダも私も製造準備はゲルパルト降伏以前だもの。アイシャとは大差ないわよ」 
 パーラの言葉に納得するアイシャ。彼女はそのままエルマの後ろに座る。
「そう言えば紹介まだよね。私……」 
「順番にしろ。今回はエルマは私の部下に会いに来たんだ。次は……神前」 
 カウラがアイシャをさえぎって誠をにらんでくる。仕方なく誠は頭を掻きながら立ち上がる。彼を見るとエルマはうれしそうな表情で緊張している誠に目を向けてきた。
「おい、アタシはどうするんだ?」 
 頭を掻きながら要がカウラを見つめる。
「貴様はさっき済んだろ?」 
 カウラの言葉に拳を握り締める要。誠はカウラに見つめられるままに立ち上がった。
「ああ、済みません」 
「謝る必要は無いんだがな。そこの小さいのは別にして」 
 思わず発した言葉にエルマは切り替えしてみせる要。さすがの誠も少しむっとしながら彼女を見つめた。
「神前誠曹長です。一応カウラさんの小隊の三番機を担当しています」 
「ああ知っている」 
 一言で片付けるエルマに落ち込みながら座る誠。仇を討つというように彼に親指を立てて見せながら立ち上がったのはアイシャだった。
「私はアイシャ・クラウゼ。一応、運用艦『高雄』の副長をやっているわ」 
「ええ、存じております」 
 また一言。アイシャまで前のめりになるのを見てサラと島田が彼女の前に立ちはだかってその場を押さえる。
「じゃあアタシが……」 
「お待たせしました!」 
 ランが立ち上がろうとしたタイミングで小夏がお好み焼きを運んでくる。
「本当にいつも有難うね。すっかりごひいきにしていただいちゃって」 
 それに続いてきたのは紺色の留袖姿の小夏の母春子だった。手際よく小夏を補佐して料理を並べていく。
「へえ、お好み焼きですか」 
「エルマさんでしたよね。東都ではこんな店いくらでもあるでしょ」 
 春子はそう言いながらエルマの前にえび玉を置く。エルマは首を左右に振って珍しそうにえび玉の入ったどんぶりを覗き込んだ。
「そんなこと無いですよ。と言うかどうしてもうちは機動隊と言うこともあって、外食はカロリーが高めな食事ばかりなので」 
 そう言うとエルマは具の入ったどんぶりに箸を入れる。その表情が和らぐのが誠には安堵できるひと時だった。
「良く混ぜた方が良いな」 
 カウラの助言に頷くとエルマはどんぶりの中のものをかき混ぜ始めた。
 一方、誠はかき混ぜるのに夢中なカウラとエルマから見えないように春子から手招きされていた。同じように春子に呼ばれたキムと一緒に立ち上がると階段に向かって静かに歩き始めた。
「神前君。どうにかしてくれる?」 
 春子は困ったように階下を指差す。誠の背中に心理的な理由による汗が広がる。
「来てるんですか?スミス大尉」 
 そんな誠の問いに春子は大きく頷いた。
 誘われるままに誠は階下に下りた。そこには島田とキム、菰田に囲まれて赤い顔をして酒を飲み下しているロナルドの姿があった。その目だけ死んでいる上官の姿にすぐに誠は後悔の念に囚われていた。
「よう!」 
 島田が手を上げる。その複雑そうな笑みに弱ったように誠は軽くそれに答えながら近くの空いた椅子を運んで彼らの隣に腰掛ける。
「やっぱりノーマルがいいですよね。エンジンは下手にいじると……」 
 誠はそう言ってカラカラと笑うがさらに場の雰囲気は冷たくなった。
「それが……」 
 島田が口を開く。ロナルドはその表情を見ながら皮肉めいた笑みを浮かべた。
「なかなか調整がうまく行かなくてね。しばらく時間はかかりそうなんだ」 
 焼酎入りの炭酸を飲み終えた菰田の言葉。さらに場は落ち込んでいく。島田の頬が引きつっている。ロナルドは目の前のウィスキーのグラスを傾けている。
「でも調整とかはうちの機材で……」 
「さすがの俺も無理だわ。しばらくは搬入した新型の調整で動けなくなる」