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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 四式。先の大戦で使用された胡州のアサルト・モジュールと言えば97式特機だが、その後継機として開発を進められた特機。胡州製としては珍しい重装甲を施した駆逐アサルト・モジュールだが、アクチュエーターの出力のわりにメイン動力の反応炉の出力不足で試験機が遼南戦線に投入され、嵯峨の愛機として活躍しただけの知名度の低い機体だった。
 戦後、高出力の反応炉を搭載した四式は遼南内戦でも嵯峨の愛機として活躍。現在でもフレーム機構をそのままに現用のアクチュエーターを搭載した機体が保安隊には装備されていた。
「なんですか?新型でも出来るんですか?隊長は現在東和軍の開発の09式をぼろくそに貶してたじゃないですか!07式の配備が中止されて次期主力アサルト・モジュールの研究もほとんどの国で中止している時期に……」 
「だからよ。だからこれを出動待機状態に持ち込むのは効果的なのよ」 
 そう言ってアイシャは端末を操作する。注視していた誠の前に見覚えのある人型兵器のシルエットが浮かび上がった。その姿に誠は恐怖を感じなければいけなくなっていた。
「カネミツですか」 
 その印象的な外観には誠も覚えがあった。
 額に打ち付けられた汎用アンテナがまるで平安武将のクワガタのように伸びる姿。肩にマルチプル法術空間展開用シールドをぶら下げている格好。全体に嵯峨の好む暗い灰色を基調にしながら目立つ鮮やかな銀色のボディーの肩部分の装甲には先代の当主である嵯峨惟基泉州大公の搭乗機を現す笹に竜胆のエンブレム。
「これがついに……」 
 誠が唾を飲む様をカウラは緊張した面持ちで見つめていた。噂はあっただけにそれが警備部の資料として登場するとなると誠も手に汗を握った。
「叔父貴の奴。これは投入しないって話じゃ無かったのか?」 
 要の言葉も誠には良く分かった。この機体の正式名称は『特戦3号計画試作戦機24号』と言うものだった。先の大戦で法術の可能性に気づいた胡州陸軍兵器工廠。列強。特に胡州は遼南帝国との同盟締結以降、アステロイドベルトの紛争で威力を発揮した先遼州文明の決戦兵器『アサルト・モジュール』の開発に着手した。だが、遼南帝国女帝ムジャンタ・ラスバの肝いりで遼南が開発した『ナイトシリーズ』や『ホーンシリーズ』の開発コストがアサルト・モジュールの量産配備を目指す軍部と政府が対立、人型で装備的には先頭車両や攻撃戦闘機などの兵器を搭載しただけの人型兵器である97式を圧倒的ローコストで開発して装備することになる。
 そして同時期にアサルト・モジュールに目をつけていた地球列強とのアステロイドベルトおよび遼州外惑星、各植民星系の利権をめぐる争いからアメリカを中心とする国々との戦争に突入していくことになった。
 胡州陸軍はコスト的な問題により『ナイトシリーズ』や『ホーンシリーズ』並みの戦闘能力を諦めて97式を投入したわけだが、技術部門は両機体の圧倒的な戦闘能力を理解した上で法術師専用の本当の意味でのアサルト・モジュール開発を諦めることは無かった。『特戦三号計画』と名づけられた新規アサルト・モジュール開発計画だが、これは戦争の拡大で予算を削られながらも終戦までその開発計画は継続された。
 プラットフォームとして四式のフレームを使用して干渉空間展開領域利用式新式反応炉搭載による圧倒的な出力による機動性。専用アクチュエーターの開発により実現可能な格闘戦能力。小脳反応式誘導型空間把握式照準システム。どれも先の大戦時の使用アサルト・モジュールとは一線を画す画期的なシステムを導入する予定だったが、物資の不足、技術の未熟、何よりも対応可能な法術師のパイロットがいなかったところから終戦と同時にその資料は闇ルートに売却され表に出ることは無かった。
 嵯峨惟基は終戦の三年後、アメリカ軍の法術師実験施設から逃走して胡州、東和を経て遼南北部の軍閥、北兼閥に身を投じた。その時には彼は独自ルートで特戦三号計画の資料を入手して自らの専用機として胡州帝国の泉州コロニーで開発を続けさせていた。
 結果、24号機において要望されるスペックを持つ機体の開発に成功。開発スタッフは嵯峨の腰にいつもある西園寺家秘蔵の日本刀の名前からこの呼称を『カネミツ』と命名。遼南内戦でパイロットとしても活躍した嵯峨の愛機として名前をとどろかせることになる。
 そんな高コストで高性能な機体の搬入作業の計画があるなどと言うことはそれなりのタイミングを計るだろうと誠も思っていたが言われればそう言う時期だということを思い出した。東和国防軍の暴走が白日の下に晒されて東和軍への国民の不信が表面化した今のタイミング。確かに司法執行機関であり、遼州星系の統一の象徴である保安隊への強力な兵器の導入は今しかないとも思えた。
「誠ちゃん。これだけじゃ無いのよ」 
 アイシャはそう言うと端末の画面を切り替える。遼南内戦でシャムが愛機とした『クロームナイト』。そしてその前に立ちはだかった遼南共和政府軍所属のランの『ホーン・オブ・ルージュ』。
「確かこの二機は豊川の工場でオーバーホール中でしたよね……隣の……」 
 誠はそう言うとゲートの外、菱川重工豊川工場の敷地の方に目を向いた。運行部部長鈴木リアナ中佐の夫はこの豊川工場所属のアサルト・モジュール開発部門の特機開発チームのリーダーを務めていた。よく野球部の練習試合で対戦する関係から隣の工場群の建物の一隅に遼南帝国から搬送された『クロームナイト』や『ホーン・オブ・ルージュ』などが最新式の動力部品を搭載して待機中だということは誠も知っていた。
「まあな。ランの07式は東和軍からの借り物だからな。あの餓鬼共の専用機も必要なんだろ」 
 要はそう言うと目をこする。興奮気味だったのは一瞬で要は完全に興味を失ったとでも言うようにコタツの上のみかんに手を伸ばす。
 誠が周りを見渡すとカウラも興味なさそうに誠の顔を眺めていた。おそらくは二人ともその情報を知っていたのだろうと思うと少しばかり誠はがっかりした。
「まあ先月には新港にコンテナが運ばれてたって話しだから。後はタイミングの問題だったんじゃないの?」 
 アイシャもつまらなそうにファイルを要から受け取るとそのまま棚に返した。
『なんだよ……反応うすいじゃないか』 
 突然スピーカーから声が聞こえてきた。しかしその声に驚く人物は部隊にはいなかった。
「叔父貴。趣味が悪いぞ」 
 呆れたように要は戸棚の隣のスピーカーを見上げる。
 嵯峨の懐刀と呼ばれる第一小隊二番機担当兼情報管理室長の吉田俊平少佐。彼が部隊のあちこちに隠しカメラや盗聴器を仕掛けていることは公然の秘密であり、嵯峨がそれを利用していることも知られていた。
『ようやく満足が出来る設定になったって開発チームから連絡があってさ。とりあえずそれなら俺が見てやるから持って来いって言う話になったんだよ』 
 ぼんやりとした嵯峨の顔が想像できてついニヤつく誠。だが、隠しカメラの存在を思い出してすぐにそれを修正した。
「だったらシャムとランの姐御の機体を用意した理由はなんなんだ?」